冨田勲作曲、勝海舟[オープニング・テーマ~咸臨丸の船出]
 冨田勲作曲、勝海舟[オープニング・テーマ~咸臨丸の船出] 。大友直人指揮、東京交響楽団。
 今日は中区民ミュージカル・横浜ガス燈物語「キリシタンの魔法未来への扉2012」でありまして、レビューは別途なんだけど、舞台に関わった皆さんとそれを支えて来られた皆さんの今日までの努力は報われたんじゃないのかな。
 充実の舞台、お疲れ様でした。
 そして横浜でこれをやっていることの、横浜が日本開国のシンボルになっていて、そしてそれを誇りに思っている皆さんの心意気と、そして未来への希望も感じた舞台だった。
 今日の1曲はそんなわけで、大河ドラマのテーマ曲なんだけど、未来への活力と息吹を感じるおおらかな希望に満ちた音楽が雄大に鳴り響くようなこの曲を。
 写真は本町通り走行中に車の中から撮った横浜の未来への象徴みなとみらいの夜景。



# by yurikamome122 | 2012-01-29 23:59 | 今日の1曲 | Trackback | Comments(0)
神奈川フィルハーモニー管弦楽団第277回定期演奏会
神奈川フィルハーモニー管弦楽団第277回定期演奏会
公演日:2012年01月28日(土)
開演:14:00
会場:横浜みなとみらいホール   
指揮:サッシャ・ゲッツェル 
ヴァイオリン:松田理奈

ゲスト・コンサートマスター:
   廣岡克隆

R・シュトラウス/交響詩「ドン・ファン」
ブルッフ/ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調
ヴァイオリン・アンコール
 イザイ/無伴奏ヴァイオリンソナタ第2番より第1楽章

~~15分休憩~~

ブラームス/交響曲第4番ホ短調作品98 

 ううむ、無理して行ってよかった。
 「ドン・ファン」の出だしでもうこれはイケる事を確信、あの溌剌とした出だしから果敢に攻める意欲と引き締まった官能と言いますか、熱い情熱とオケから香り立つものがあるのが感じられた。
 世紀末的爛熟の世界の絢爛豪華な目眩く音の饗宴、響きが次々に輝きを変えて、いつもの神奈川フィルの透明で輝かしい響きがこんなにも艶やかに潤いをもって、しかもそこここで弾けるパッションの凄まじさ。
 さすがゲッツェル、ウィーン子、R・シュトラウスにはこういう響きはやっぱり似合うと思う。
 ブルッフは松田里奈嬢が黒い服で華やかな外見よりも音楽を聴いてくれといわんばかりの出で立ちで奏でられたブルッフはその通り、音楽がしっかりと語りかけてくる充実の響きからたっぷり情感をたたえた演奏で、それをサポートする神奈川フィルがまた素晴らしく高品位の演奏をしていて、情景がくっきりと浮かび上がる一つ一つ丁寧にひだが刻まれたブルッフでありました。
 私は今までブルッフからこんな音楽の充実を聴いたことがあったかな?。
 そう自問したくなるような幸せな演奏でありました。
 アンコールでも松田嬢は安定感抜群、アクロバティックな曲を歌心たっぷり丁寧に聴かせてくれました。
 そして、休憩後のブラームス。
 かなりテンポを揺らす、ちょっとあざとさもないではなかった気もする演奏ではありましたが潤いをもった弦は魅惑的と言うよりは儚く切なく、まるでバルビローリとVPOのような表情を見せる時もあるのだけど、テンペラメントを感じる情熱的な演奏は燦めきに満ちていたと思う。舞台から迫る音楽の迸る様子はシュナイト時代を思い出した。あの頃神奈川フィルは毎回こんな演奏を聴かせてくれていた。
 とはいえ、シュナイトさんのドイツ的な演奏とは全然違う、爛熟したロマンチズムを感じる、ウィーン風のブラームス。むせるような香りが立ち上るちょっと不健康な香りのするこの演奏にもう酔いしれるしかなくて、1楽章の勿体ぶった再現部の入りのあそこ、そして弦がまたため息をつく、でもそれは運命が非情に流れてゆくような切なさを感じて、そんなことを思っているうちにたたみ込むようにコーダを迎えた第1楽章はもう危うく泣くところだった。
 そしてアンダンテと言うにはちょっと遅い第2楽章がもう圧巻の素晴らしさ。ここに感じた歌と哀しさはシューベルトの世界にも通じるのではないのかな。この楽章でこんないろいろな景色を魅せられたのは初めて。1楽章で芳醇なブランデーをロックで一気に酔わされた私は、ここで濃厚で豊かな拡がりの味わいのフルボディのワインの誘惑に翻弄されて、第3楽章はいきなり目の醒めるような鮮やかさ、けど色気と品位は決して失わない。
 第4楽章は人によってはアタッカのように始めるけど、シュナイトさんのようにインターバルを充分にとり再び集中してあのコラールでパッサカリアの主題を提示する。この響きに思わず目頭が熱くなる。うねるような情熱が交錯しながら憧憬に満ちた中間部の私には切なかったこと、こう言う時には私は山田さんのフルートのに右に出る人はそうはいないと思うのです。
 そして第16変奏、怒りが爆発したようなそこから一気に曲は、と言うか演奏は感情剥き出しのなりふり構わないような勢いになるのだけど、その表現をする今日の神奈川フィルは爛熟した妖艶でキュートな響きで、そして輝くその目がとても鋭く、っていうかそんなふうに感じて、神への怒りの表現ともとれるってプログラムに書いてあったこの楽章、クララを幸せにできないこの境遇への切ない哀しみ、そしてその出会いの残酷さをの怒りを神へぶつけたのかどうかは知らないけど、勝手にそんな風に思ってブラームスのその哀しみを勝手に感じて泣けた。
 ゲッツェルはやっぱりよく飛び上がった。でも以前ほどではない。だけど飛び上がる高さよりもテンションの高さが素晴らしかった。
 その彼にオケが必死に喰らいついて行く、それをまた攻め立てる、オケと指揮者の丁々発止のやりとりが見えるような気がしてそんなスリリングな舞台を観て胸がときめき興奮した。
 ヲレ様石田様、あとホルンの森さんは居なかったけど廣岡君も頑張った。
 いつもより艶やかなヴァイオリンは素晴らしかった。ヴィオラの深い美しさも本当に素敵。チェロの想いのこもった歌い廻しは、あれにやられちゃうんですよ、いつも。コントラバスもよかった、量感が、もう少し響けばもっとよかった。
 清水さんのティンパニ、今回はいつものシャープだけど軽めの音ではなくて私の好み。金谷さん、府川さんのトランペット、まろやかでロマンティックだった。トロンボーンも優しかった。フルートは山田さん、もうウットリ。鈴木さんのオーボエ、斉藤さんのクラリネットの冴えた風を感じる歌が好きです。
 なんだか久しぶりに堪能した神奈川フィルの本来のパフォーマンス。このオーケストラはこれなんですよ。
 これが聴けて嬉しい、今回は幸せでした。ありがとうございました。
 ゲッツェル、第4代音楽監督なんて、ダメですか?。


# by yurikamome122 | 2012-01-29 07:07 | 神奈川フィル | Trackback | Comments(0)
ブラームス作曲、11のコラール前奏曲
 今日は神奈川フィルの定期演奏会でありまして、偶然と、いろいろな方の協力でホールに足を運ぶことができました。
 そして演奏はと言えば、そうまでして行ったことを裏切らない、シュナイト以来聴けなかった神奈川フィルのあのパフォーマンスの素晴らしさ、あの感興を浴びることができたのは素晴らしいものでありまして、レビューは別途。
 その余韻にふさわしい今日の1曲は、もうこれしか浮かばないのでした。
 ブラームス作曲、11のコラール前奏曲。クララの死の年、自身の死の1年前に書かれたブラームス最後の曲と言われているけど、地味な割には結構いろいろな録音があって、オリジナルであるオルガンのものはもちろん、ブゾーニがピアノに編曲したものや、誰かがオケに編曲したものなんかもあるけど、やっぱりリヒターの弾いたオルガンのもの。
 これは、ドイツ・レクイエムで死によって残されたものへの慰めを表現したブラームスの遺言。人生の最後を目前にした「諦観と贖罪と悔悟」そしてやはり優しい慰めを秘めた「死への憧れ」をこのオルガンの響きから感じると思うのです。
 仕事の予定が急に予定が変わり自宅に居なければならず、ならばということでコンサートへ。
 写真はみなとみらい、クイーンズスクエアの夜景。




# by yurikamome122 | 2012-01-28 22:28 | 今日の1曲 | Trackback | Comments(4)
神奈フィル定期連動企画、鈴木雅明指揮でバッハ作曲、カンタータ 150番「主よ 私はあなたを求めています」
 神奈川フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会連動企画、鈴木雅明指揮、バッハ・コレギウム・ジャパン, ほかでJ・S・バッハ作曲、カンタータ 第150番「主よ 私はあなたを求めています」BWV.150 。
 これはバッハの作った最初のカンタータと言われていたり、バッハの作ではないと言われたり、そう言う作品なのだろうけど、この終曲である第7曲がブラームスの第4交響曲の第4楽章のパッサカリアの主題に引用されていると言うことになっているわけだけど、この主題がまたパッヘルベルのシャコンヌの主題と同じものが出てくるため、パッヘルベルへのオマージュともいわれる作品でもあるらしい。
 このあまり有名でない、と言うか私でもこの曲を知っているのはひとえにブラームスのおかげなんだけど、この曲の第1曲、シンフォニアはブラームスの第4交響曲の第4楽章の雰囲気によく似ていて、第2曲で男声合唱が

  あなたを、主よ、私は仰ぎ望み、私の神よ、
  私はあなたに望みを置きます。
(訳:川端純四郎)

 と歌い出す。
 情熱を秘めながらも静謐な吸い込まれそうに透明な世界が拡がるカンタータであるのだけど、そのブラームスが引用した第7曲では

  悲しみの中で過ごす私の毎日を
  苦難の中の私の日々を
  神は終わらせて喜びへと至らせて下さいます。
  いばらの道を歩むキリスト者たちを
  天の力と祝福が導いて下さいます。
  神が私の真実の守り手であるならば、
  私は人間の抵抗など気にも留めません。
  キリストは私のそばにいて下さって
  日々に私を助けて勝利させて下さいます。
(訳:川端純四郎)

 と言う歌詞がどこかで聴いたような主題のシャコンヌで演奏されて繰り返し繰り返し波のように押し寄せて、盛り上がり、最後に「私のそばに今たっているキリスト」が私の戦いを「日々に私を助け」ともに勝利するわけですな。
 この静謐な憧れと情熱をうちに秘めた敬虔な音楽をあそこまで情熱的にしてしまうブラームスはどうしたのかと言えば、ここでもクララとの思い出を秘めたとのこと。
 そういえば、クララが右肘を脱臼した時、バッハの「シャコンヌ」を「ただ、貴女への愛情のためだけで書きました」と書き添えて左手だけで演奏するピアノ作品に編曲したらしく、いくつかの点で「シャコンヌ」とこのカンタータの第7曲で共通点もあるらしい。
これがそのクララとの思い出かどうかは知らないけど。
 そんなわけで、第1交響曲同様にここでもブラームスは「クララ~」と内で叫んでいるわけであったのだけど、この第4交響曲の第4楽章は何だったのか私にはまだわからないなぁ。
 本社~藤沢鵠沼T邸~本社~藤沢鵠沼T邸~H商会~本社(6024)。
 写真は象の鼻パークから見た大桟橋に停泊中の「飛鳥Ⅱ」。

 明日の神奈川フィルの定期演奏会、一旦は現実的選択をしてあきらめたのだけど、某チェリストのリハーサルの様子のツイートを読んで居ても立ってもいられず、非現実的な選択をして明日コンサートに向かいます。
 だから皆さん、名演をして下さい、お願いします。



# by yurikamome122 | 2012-01-27 21:29 | 今日の1曲 | Trackback | Comments(0)
ベルグルンド追悼企画、ベルグルンド指揮、ヨーロッパ室内管弦楽団でシベリウス作曲、交響曲第7番
 ベルグルンド追悼企画、ベルグルンド指揮、ヨーロッパ室内管弦楽団でシベリウス作曲、交響曲第7番。
 またまた訃報、今度はサウスポーの指揮者ベルグルンド。
 指揮者のサウスポーは何人いるのだろう、日本に来て何度か日本のオケも振ったことがあるはずだけど、残念ながらその時は私は彼の真価を全然わかっていなかった。
 でも今の私にとってのベルグルンドはやはりシベリウスのスペシャリストでありました。やはり彼でないと聴けない響きが明らかにありました。
 特にこの7番、ヘルシンキ・フィルとの有名な全集もあるのだけど、あれはやっぱり貫禄と言いますか、フルサイズのオーケストラからオーロラの輝く極寒の大地の厳しさと雄大さを感じる演奏で、最後などまるで大地が地鳴りをたてて彼方まで照らす太陽が昇るような素晴らしい演奏なのだけど、このヨーロッパ室内管弦楽団との演奏は体感温度の低いこの透明な響きは、湧き出る泉の清流のようで、しっとり輝く川底を見渡せるような澄み渡ったものだと思うのです。
 そしてそこからきこえる世界は小編成の透明感だからこそのリアリティと奥行きを感じさせてくれる演奏だと思うのです。
 そんな演奏を聴きながら、ベルグルンドを忍ぶことにします。
 合掌。
# by yurikamome122 | 2012-01-27 18:19 | 今日の1曲 番外編 | Trackback | Comments(0)
神奈川フィル定期演奏会連動企画、カイルベルト指揮、ハンブルグ・フィルでブラームス作曲、交響曲第4番
 神奈川フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会連動企画、カイルベルト指揮、ハンブルグ・フィルハーモニー管弦楽団でブラームス作曲、交響曲第4番。
 私が学生時代、この演奏と出会った時はオーケストラ名に「国立」と入っていた気がするけどどうしてなくなったのだろう。
 この演奏はこのシリーズの初っぱなに取り上げたバルビローリとは地球の裏表くらい違うブラームスで、愛想なんて振りまかない、真実一路のこの演奏は私のこの曲のイメージ、ドイツの作曲家が作ったこの曲のイメージを胸に刻んだ思い入れのある演奏なのです。
 鋼のように揺るぎないこの響きから感じるリリシズムが胸に迫る煌びやかさよりも真実で迫るリリシズムが容赦なく迫ってくる。
 ハッキリ言ってオーケストラはピッチがちょっと危うい気がするし管も心許ない気がしないでもないけど、でもいかにもドイツの指揮者とドイツのオーケストラのコンビから期待する響きに満ちあふれ、峻厳な岩肌のような表現も、だからこそ感じる柔らかなフレーズの慈愛も真剣そのもののニヒリズムをたたえて、圧巻は第4楽章!!。
 3楽章までのそんな険しい岩肌を顕わにいろいろな表情を見せるかのような表現から、熱くうねり、叫び、ドラマチックにこの渋い響きがたたみ込むそれは決して壮麗ではなく「圧巻」。
 スピーカーから響き一気に部屋に満たされた時に、それだけでドイツの歴史と重みににたされるような演奏だと思うのです。
 いろいろ意見はあろうと思うけど、この曲はやっぱりこういう表現が一番据わりがいいように思う。
 本社~藤沢鵠沼T邸~KDF~本社(6024)。
 写真は今朝の鵠沼海岸。
 神奈川フィルのリハーサル、なんだか期待できそうなことが起こっているらしい。




# by yurikamome122 | 2012-01-26 23:59 | 今日の1曲 | Trackback | Comments(6)
神奈川フィル定期演奏会連動企画、ザンデルリンク指揮、ベルリン交響楽団でブラームス作曲、交響曲第4番
 神奈川フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会連動企画、ザンデルリンク指揮、ベルリン交響楽団でブラームス作曲、交響曲第4番。
 ザンデルリンクのブラームスと言えばドレスデンの全集をあげる人が多いのはやっぱり指揮者と言うよりオケが有名なのとRCAと言うメジャーから発売されているせいもあったのかも知れない。このベルリン交響楽団との全集はザンデルリンク自身今ひとつ地味なのとCAPRICCIOというレーベルから出ていたのに、このレーベルが解散してしまったせいもあるのかと思うけど、私はこっちの方がザンデルリンク自身熟成されて深い表現が全然好きだしいいと思う。
 神奈川フィルの音楽監督だったシュナイトさんを思い出すようなテンポを思いっきりゆったりとって(前に取り上げたジュリーニ指揮、ウィーン・フィルより遅い)、豊に歌うプロイセンの弦が深い森の風に吹かれて揺らぎうねる木々のように雄大で、そして感じるあたたかさに深みがあって、その味わいはとても深いと思うのです。
 絶妙な響きの陰影は微妙にいつも変化をして、そして幹はしっかり根を張って動かない大樹のような揺るぎなさ。
 響きの渋さの中から澄んだ深い芳醇な味わいが滲み出る演奏だと思うのです。
 ナクソス・ミュージック・ライブラリにCAPRICCIOレーベルのものがあって今はお手軽に聴けるのでぜひにオススメしたい。
 本社~サンハイツK~藤沢鵠沼T邸~川崎S邸~サンハイツK~川崎S邸~商工中金~本社(6024)。
 今日までの立て替え分の現金は精算。
 M氏向けスピーカーシステムの鉄製のフレームがやっと納期解答があった。あとは鉛のインゴットと鉛裏打ちのベニヤ板だな。
 川崎で行われる展示会に出展する作品を今年は真空管アンプで決めた。使用する真空管は6082。リーズナブルで入手しやすく低電圧で使えるのではあるけどバラツキが大きい。
 そんな球を使いOTL、PTLで組んでみることにしたのはローコストでしかも高音質が望めるからで、ただ出力は24Vしかかけないためどう頑張っても3W以上はでない。
 でもこれくらい普通は不自由は感じないはずだし、何よりトランスレスの存在を感じさせない音が得られるのは凄い魅力。超高級の貴腐ワインをちっちゃなグラスでたしなむような楽しみがあると思う。
 写真は今日届いたそれに使う真空管6082。



# by yurikamome122 | 2012-01-25 23:59 | 今日の1曲 | Trackback | Comments(0)
神奈川フィル定期連動企画、チェリビダッケ指揮、シュトゥットガルト放送soでブラームス、交響曲第4番
 神奈川フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会連動企画、チェリビダッケ指揮、シュトゥットガルト放送交響楽団でブラームス作曲、交響曲第4番。
 この曲では個人的に思い出のある演奏。学生時代、マイクが嫌いな割には放送局のオケとばかり仕事をしていたミュンヘンに行く前のチェリビダッケなんだけど、日本ではその存在だけが知られて、録音はヘンテコな自作自演の曲のLP1枚のみ、あとはROCOCOあたりから海賊盤が多少出回る程度。でも現地で聞いた評論家には大絶賛されていて幻の指揮者と言われていたチェリビダッケ。
 まだカラヤンもベームもバーンスタインも存命だったあの頃、桁外れの巨匠と勝手に思いこんでいた私がある時FMからこの演奏がきこえて一気にのめり込んだのでありました。
 その後の彼への私の印象は86年のミュンヘン・フィルとの来日公演で落胆をするわけなんだけど、改めてこの演奏を聴き直したら凄い演奏だと思う。
 透明な冷たい響きから迫る耽美的な儚さも感じるような切なさ、それはもううちに秘めた哀しみなどというものではなく目からこぼれる涙を抑えきれず頬を濡らし、それでもシリアスに笑顔を作る哀しさはとうとう咽び泣く事をもう押さえきれずに音楽が心の奥の号泣を隠すことなく現したような演奏でありました。1楽章でもう泣けた。
 寂寥感が無惨に漂う2楽章もまるで荒野を黄泉の国に向かってさまよい歩くような足取り。中間部のあの憧憬がまた泣けるし。
 ゾクゾクするように不気味に虚しく壮麗な3楽章が死に神の踊りのように冷たく思えて問題の4楽章、あのパッサカリアの主題提示は死の宣告の音楽のように恐ろしく切なく迫るようで、続く変奏はもううねる感情と運命の非情さの交錯するような死の淵を観たかのような演奏でありました。
 ときおり響くチェリビダッケの声楽的参加もその不気味さを倍増させていてなかなかよろしい。
 この頃のチェリビダッケは絶妙な響きのバランス感覚を駆使したこんな仕掛けがそれほど嫌みにきこえなかった。でもミュンヘンに行ってくどく、あざとさもちょっと感じるようなわざとらしくなってしまった。
 本社~藤沢鵠沼T邸~J設計~資格者センター~本社(6024)。
 残念なことに今週末の神奈川フィルの定期には行かないという選択をするのが今の自分の置かれている状況を総合判断すると現実的であるという事を知ってしまった。残念!!。
 写真は今日のお昼に食べた関内「芳ずし」の「ちらし寿司」大盛650円。

 



# by yurikamome122 | 2012-01-24 23:59 | 今日の1曲 | Trackback | Comments(3)
神奈川フィル定期演奏会連動企画、クーベリック指揮、バイエルン放送交響楽団でブラームス、交響曲第4番
 神奈川フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会連動企画、クーベリック指揮、バイエルン放送交響楽団でブラームス作曲、交響曲第4番。
 あとこの曲で私には外せないのはこのケンペとクーベリックとワルター。
 クーベリックの柔らかなメロディーの優しさがミュンヘンのこのオーケストラの柔らかな響きを操って、ここで繰り広げられている演奏の音楽の拡がりと奥行きは、黄昏時の西の空のあの赤い吸い込まれそうな夕焼けのような奥行きを感じるのです。
 音の綾が幾重にも重なり合ったり絡み合ったり、その綾の肌触りのなめらかで優しげでふくよかで、2楽章なんてもう幸せ。
 同じミュンヘンのオーケストラでもミュンヘン・フィルではこうはならないけど、ミュンヘン・フィルでの演奏もケンペのヤツではやっぱり素晴らしいと思う。
 はさておき、こんなに優しい演奏でも、4楽章の日の落ちた吸い込まれそうな西の空の彼方から響くあのコラールに続くどうしようもない残酷でドラマチックな運命のうねりを感じる演奏には、心臓までそのうねりに飲み込まれているのではないかと錯覚してしまう。
 残念ながらお褒めの言葉はあまり聞かないのだけど、でも聴いたあとに心に感じるものが大きい演奏だと思うのです。
 今日は本社~藤沢鵠沼T邸~サンハイツK~本社~二ツ屋町M邸~サンハイツK~本社(6024)。
 写真は春節で賑わう横浜中華街、水餃子で評判の「山東」にいた獅子舞。



# by yurikamome122 | 2012-01-23 23:59 | 今日の1曲 | Trackback | Comments(0)
ウクライナ国立オデッサ歌劇場「トゥ-ランドット」
ウクライナ国立オデッサ歌劇場「トゥ-ランドット」
公演日:1月22日(日)
開 場:15:30
開 演:16:00
会 場:神奈川県民ホール大ホール

 思いっきり裏のキャスティングの公演で、残念ながら入りも6割から7割程度なんだけど、とはいえ終演時はやはり大感動の素晴らしく楽しい公演でありました。
 勿体ぶらないなかなかあっさり味の演出はどうも中国の紫禁城と言うよりはベトナムかカンボジアあたりと勘違いしているのではないかと思うような衣装とセットでありました。
 そして2幕の冒頭もピン・ポン・パンがうねうねダンスを踊っているのもなんだかよくわからなかったし、あちこち若干端折っているところもあり。だけど、とはいえちょっと呪術的な神秘も感じる舞台セットも共に進むうちに歌手と演奏に結構魅了されてしまいました。
 タイトルロールのスクヴォルツォワ、艶やかでけっこう迫力あり、合唱の中でもその艶やかさに光るものを感じたのはこれがあるとソプラノを聴く快感。
 レプチンスキーのカラフもカラフと言えば福井さんばかり聴いている私にはこういうイメージの方がしっくり来る。
 あとリューを歌ったリャバコニィもなかなかだったけどもう少し切なさがあると嬉しかった。
 指揮のヤコヴェンコと言う人は知らなかったけど職人技の光る堅実な演奏で、オケもロシア系を感じる太めの響きの木管や金管の威力もさすがなんだけど、そんな管楽器群を相手に頑張る弦楽器群はたぶん8型か10型。体格がいい連中ばっかりなので結構ピットの中は充実して見えるけど実は小編成。だけど全然管に負けない威力を出せるその底力にちょっとビックリ。
 またロシア系お約束の金管のワカメのようなヴィヴラートもナシ。弱音でも透明感を失わない幻想的で美しい響きでした。
 ただ歌もオケもだけど、全体にイタリアオペラらしい歌心と言うよりは重量感と力で押しまくるところがないではないのはやはりお国柄、響きに感じる温かみのベクトルがやはり独特だったように思う。
 最後ではオールスターキャストの合唱も加わりの圧巻の大音響。豪華絢爛でありました。
 こんな機会を下さったことに心から感謝です。


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# by yurikamome122 | 2012-01-23 23:58 | コンサート | Trackback | Comments(0)
神奈川フィル定期連動企画、スウィトナー指揮、シュターツカペレ・ベルリンでブラームス、交響曲第4番
 神奈川フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会連動企画、スウィトナー指揮、シュターツカペレ・ベルリンでブラームス作曲、交響曲第4番。
 ボールトに続き私の大好きなこの曲の録音ではスウィトナーのもの。これもさんざん聴いた。
 プロイセンの栄光と誇りを感じるオーケストラの響きの凛としたたたずまいにスウィトナーの柔らかい音楽が魅せる時折激しい表現とのコントラストがあまりに切なく、冷たい木枯らしのような弦に、それに吹かれてハラハラと落ちる枯葉のような木管。
 ここにきこえるリリシズムの高貴さ、ロマンチズム。
 2楽章の黄昏時の呼びかけのようなホルンは感謝と祈りがきこえるように思うのです。そして中程でヒタヒタと弦が切なく歌う主題の変奏のところ、ゾクゾクするくらい美しいと思うのです。
 毅然とした貫禄を感じる第3楽章もどこか祈りと自然を感じる。
 でも、スウィトナーの本領発揮は第4楽章。拡がりを感じる天の声のようなあの堂々とした威厳のシャコンヌの主題の提示。
 でもあの知的でビューティーな若い頃のブラームスのポートレートの面影を残すような知性と気品は絶対に失わない。
 そんな演奏が私にはこの曲の中にある哀しさ、切なさを真正面から見つめる凛とした武士道にも通じるような厳しさを感じるのでした。
 今日は本牧O邸、そして午後は神奈川県民ホールにウクライナ国立オデッサ歌劇場「トゥーランドット」を観にいった。レビューは別途。
 写真はPEACEBOATでお馴染み「ザ・オセアニック」38.772㌧が停泊する大桟橋の夜景。
 24日にこの船はタヒチのパペーテに向かい出航。世界一周へ旅立つわけです。
 午前中雨で午後から日差しもあった。



# by yurikamome122 | 2012-01-22 23:59 | 今日の1曲 | Trackback | Comments(0)
神奈川フィル定期演奏会連動企画、ボールト指揮、ロンドン・フィルでブラームス作曲、交響曲第4番
 神奈川フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会連動企画、ボールト指揮、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団でブラームス作曲、交響曲第4番。
 ジュリーニと言えばこの曲では昨日のウィーン・フィルの他にあとかの名演と言われているシカゴとのもの、それからそのシカゴと同じ時期に録音されたフィルハーモニアとのがあるのだけど、ジュリーニの演奏では個人的にはやはり歌に精気が満ちてメロディーが疾風のように充実して流れるシカゴとのものか今ひとつお褒めの言葉を聞かないけどフィルハーモニアの方が好きだったかも知れない。でもウィーン・フィルとのを取り上げたのは同じオケでの聞き比べをしてみたかったのとオケの変化を聴いてみたかったから。
 今週末に定期が迫るとあといくつもアップをできないわけで、私がこの曲ではぜひ聴き直したいいくつかの演奏のうちの一つ、今日は抜群の安定感を誇る孤高の職人指揮者サー・エードリアン。
 LP時代から長く聴いてきた、私にとりこの曲のもっと好きな演奏の一つ、と言うか最高の演奏の一つ。
 大人の演奏だと思うのです。
 ここできこえる響きは私が感じるブラームスのイメージそのもの。切なさを背負いながら咽び歌う弦、うねる低弦、切なさをたたえた木管、教会のオルガンのように響き渡る金管、それぞれが渦を巻きながら熱く煮えたぎるような感情をうちに秘めて表面はあくまで大人の演奏の気品を崩さない。
 でも4楽章の最後、私は音楽の大きなうねりについ胸がつまり顔を崩し涙を抑えるのです。
 今ではこの名盤はナクソス・ミュージック・ライブラリにもあるようです。
 今日はエステイトK~藤沢鵠沼T邸。
 写真は江ノ電鎌倉高校駅前から撮った江ノ島。

 ツイートしたけど、やはりシュナイトさんの来日は無理だったようだ。あの響きはもう日本では聴けない、あの音楽に普通に浸っていた日々をおくれたことに感謝をしないと。
 そしてシュナイトさんの体調が心配でもあります。


# by yurikamome122 | 2012-01-21 23:59 | 今日の1曲 | Trackback | Comments(0)
神奈川フィル定期演奏会連動企画、ジュリーニ指揮、ウィーン・フィルでブラームス作曲、交響曲第4番。
 神奈川フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会連動企画、ジュリーニ指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団でブラームス作曲、交響曲第4番。
 流れるような旋律がこの上なくしなやかで麗しく高貴に歌い流れてゆく演奏でありました。 久しぶりにこの録音を聴いてパースペクティヴの拡がりにちょっと驚く自分に戸惑う。
 ウィーン・フィルの艶やかな弦の描くメロディーの軌跡は貴婦人のような清楚なたたずまいで、響きながら変わってゆくどんよりとした曇り空から漏れる日の光のように変化する陰影のせいか、聴いているうちに哀しみと怒りの情熱が奥行きと立体感をもって目の前に現れるような演奏と思う。
 この哀しいほどの美麗さは、でも私にはこの曲の私のイメージする哀しみをとはホンのちょっとだけ違うかも。
 ブラームスって知的でインテリだけどやっぱり私はゲルマン人だと思うのです。
 猛烈に寒い今日は本社~老健E~藤沢鵠沼T邸~本社~ほのぼの~サンハイツK~当社資材~KDF~本社(6024)。
 写真はみぞれの中、海面からの湯気の向こうの江ノ島。こんな時でもサーファーはいた。そういえば「真冬のサーファー」って言う歌、あったっけ。




# by yurikamome122 | 2012-01-20 23:59 | 今日の1曲 | Trackback | Comments(0)
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