「第9」の後の祭り② 演奏の伝統に関して、ベートーヴェン、交響曲第9番(ワーグナーによるピアノ版)など

c0021859_6125917.gif 実は「第9」の初演はベートーヴェン自身耳が聞こえていないので、あの演奏が正しかったのか初演時の伝統などアテにならない。実は初演から約2週間後の再演の失敗はこの辺にもあるのではないかと勘ぐりたくなるわけで、今日の「第9」の演奏の伝統をひもとく。

 パリの音楽院管弦楽団の創設者で初代指揮者、フランソワ=アントア-ヌ・アブネックはかなりのベートーヴェン・ヲタクであったらしく、私の知っているあのクリュイタンスのパリ音楽院管弦楽団で(と言うかパリで)ベートーヴェンばかり演奏しまくり、彼がいないと今日のベートーヴェン像のでき方が違ったものになったかも知れない。
 彼は「第9」を徹底研究した、3年間も。そして何度も何度も何年にもわたりそれをひたすら披露し続けた。
 そのアブネックの「第9」を聴いて感銘したのがワーグナーで、ワーグナーはその「第9」のスコアが高くて買えなかったので図書館に通い詰め1831年、ピアノ編曲版を完成させる。そしてこの曲に関する論文も発表し、今日「第9」の演奏の基本になるのはこの論文によるところが大きいのだそうだ。
 先の理由でアテにならない初演時の伝統をなんとか考証し検証し、できうる限り意図をあの殴り書きスコアからすくい上げ。それをアブネックが長年丹念に研究し、また他の人もいくつかの試みをして、そしてワーグナーによりやっと作品本来に相応しいかたちが日の目を見たと言うことらしい、そう言う専門家もいる。
 ワーグナーは後にバイロイトの歌劇場で演奏する自身のオペラ以外はこのベートーヴェンの「第9」以外は許さなかった。ワーグナーはアブネックのおかげで「第9」ヲタクになった。
 そして今日の「第9」演奏の伝統がここに確立されたといって過言ではないワケです。

 ところで、ワーグナーも作ったというピアノ編曲版。最初のものは誰なのかはよく知らないけども、ベートーヴェンが没する1年前の1826年に17才のメンデルスゾーンが演奏した記録がある。その後に1829年にベートーヴェンの高弟で教則本で高名なツェルニーが出版しているし、翌30年にはシューマンも試みている。
 そしてこのワーグナー、先に書いたとおり翌年31年にやはりメンデルスゾーンと同じ17才で「第9」のアレンジをするけど彼はピアノがそう上手ではなかった。時々無理な音があった。またそしてベートーヴェンの雰囲気によく似た交響曲を作るけどもイマイチパッとしなかった、若いし。
 ワーグナーの岳父でありながら2最年長の伝説のピアノの名手、フランツ・リストはやはりアブネックの演奏に感銘し、この曲を2台のピアノ版にアレンジするのはワーグナーのアレンジから20年後の1851年のことであったのでした。
 ワーグナー版は小川典子さんのピアノと鈴木雅明とバッハ・コレギウム合唱団ほかの演奏がCDで聴ける。3楽章なんてやはりベートーヴェンのピアノ・ソナタのような澄んだ心が聴けるし、4楽章、スッキリと澄み渡った真っ新のこの曲のイメージが胸にしみてきたし、私にはこの演奏を聴くにつけ、ピリオド奏法の演奏よりも培った伝統の上の演奏の方がこの世界に近いような気がする。

by yurikamome122 | 2015-12-21 07:00 | 今日の1曲 | Comments(0)