ベートーヴェン「第9への道」最終回 ベートーヴェン作曲、交響曲第9番Op.125を「バイロイトの第9」で

c0021859_23244047.jpg 今まで約半月にわたって10代のベートーヴェンがずっと温め続けてきたこのテーマと、この曲のためにあったような彼の人生をかいつまんでみた。
 そして、この意志の強さというか、若い頃から揺るがなかった彼の理想を晩年やっと具現した、その強靱さとスケールは、個人的にはやはりクレンペラーの晩年の演奏を第一にこのシリーズの終わりに聴いてみたくなるのだけれども、戦後に復帰したフルトヴェングラーの演奏は、やはり同様に大いに興味をかき立てる存在であった。
 改めて聴いてみて、この演奏の前半の3楽章、特に第3楽章は感銘深かった。第4楽章はドラマだと思う。バイロイト祝祭歌劇場の熱気と恐らくは大編成なのだろう合唱団のスケール感とオーケストラの響きと歌手たちの熱演と。
 聴いているとこのドラマティックで祝典的な高揚感は、この姿こそこの曲にはふさわしいのかも知れない。

by yurikamome122 | 2015-12-14 23:25 | 今日の1曲 | Comments(0)

ベートーヴェン「第9への道」第13回 ミサ・ソレムニスOp.123

c0021859_6495228.jpg 「第9」への道の最後は「第9」初演時に一緒に初演された「ミサ・ソレムニス」。
 ベートーヴェンのあまり多くない宗教曲の一つで、しかも「実際にミサの式典中に演奏すると儀式とこのミサ曲との調和が殆ど見られない」ため実際のミサで演奏されることはほとんどないのはWikiにも書いてある。「クレド」以降が「歌詞の取り扱い方が伝統的なそれとかなり異なっている」ということらしい。
 クレドのその部分、「ミサ曲のテキストと『ミサ・ソレムニス』」という礒山雅さんの文章にもあるとおり、多くの作曲家が精霊への信仰告白をするところを印象深く作っているのに対し、ベートーヴェンはアッサリ早口で通り過ぎてしまう。
 そしてクレドの動機の力強い再現、その後「Et vitam venturi saecli. Amen.」(来るべき世の命を信ず)から静かに変ロ長調のフーガが開始されるあたりはベートーヴェンの真骨頂で、圧倒的な盛り上がりのあとあ「アーメン」と続く。
 そしてもう一つ、アニュス・デイの 「Dona nobis pacem」(私たちに平和(平安)を与えて下さい)で、再びWikiによれば「トランペットとティンパニによる、戦争を暗示するといわれる不穏な部分が激しく奏される。その後またアレグレット・ヴィヴァーチェに戻り、平和への祈り『ドナ』の部分となり『pacem』が繰り返される」ということで、ここもこの曲の中で強調されている。
 あのころヨーロッパは戦争ばかりやっていた、そんな事への批判と抗議もこの曲に込められていたようにも感じる。
 「心より出て、再び心に帰らんことを」と書かれたこの曲、「第9」の習作という人は少なからずいて、たとえば「グローリア」と「クレド」はソナタ形式になっていると言うことらしく、そのあたりも「第9」と符合するということらしい。
 そして初演、「Et vitam venturi saecli. Amen.」(来るべき世の命を信ず)から「Dona nobis pacem」(私たちに平和(平安)を与えて下さい)で混乱を乗り越え、そして「第9」あのシラーの詩の第4楽章へ続くという大きなプログラムであったわけでした。
 演奏は、ジンマン指揮、チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団他のものを。こう書いてきたことが一番音になっている演奏に思うので。
 そしてその後やはりクレンペラーを聴いた。圧倒的。

by yurikamome122 | 2015-12-14 07:30 | 今日の1曲 | Comments(0)