<   2015年 02月 ( 16 )   > この月の画像一覧

ビリー・ジョエル 「マイ・ライフ」

c0021859_17252159.jpg 学生時代、東北の地方都市で過ごして、そこでの生活はとっても楽しかったんだけど、でもやはり都会生活に、それもアメリカ東海岸には憧れて、その時に小林克也が「BEST HIT USA」って言うのを何曜日だったか深夜と言ってもまだ宵の口くらいだったんじゃないかと思う時間にやっていて、そんな憧れの気分を随分刺激されたんだけど、その元はと言えば、高校時代、FMエアチェックと言う言葉があった頃だけど、FM放送を録音したビリージョエルの「ニューヨーク52番街」のあたりが始まり。
 他にも「オネスティー」とか入っていて、今聴くと結構やっぱいいじゃん、これ。
 で、続けてボズとかELOとか懐かしいアルバムを聴きあさってみると、あの頃憧れていたもの、今どれほど手に入れたか、それからあの頃思いもよらないような収穫もあったりとか、ちょっと切なくなったりもした。
 学生時代、この歌聞いて歌詞に出てくる都会生活脱出の彼、地方都市生活の時にそんな彼と自分を重ね合わせたりしてたっけ。

by yurikamome122 | 2015-02-27 17:26 | 今日の1曲 | Comments(0)

中島みゆき 「捨てるほどの愛でいいから」

c0021859_174974.jpg 今の中島みゆきは怖い。幾多の苦難を乗り越えた彼女の人生そのもののその音楽には、有無を言わせない絶大な説得力があるのは確かなんだけど、かつての彼女の泣き節にはその苦難を乗り越える強さがあった。
 それは人生の負け組のエレジーのようで、弱虫のように聞こえて、それらを全てのみ込んで実は人生肯定の賛歌だった。
 でも、最近の彼女の歌は「薹が立つ」たというか、苦難を乗り越える術を身につけた彼女のお説教のようになった気がする。
 それはそれで説得力があるのだけど、でも、この頃の苦難を乗り越えた彼女を同情したり愚痴を聞いたりする、そして彼女と一緒に悲しんだりするいじらしい彼女はいなくなってしまった。
 でも、自分も自分の歳や自分のまわりを見れば自分自身そうだった。
 1982年のアルバム「寒水魚」より
 青木望のアレンジで。

by yurikamome122 | 2015-02-26 01:12 | 今日の1曲 | Comments(0)

コルンゴルド作曲、組曲「シュトラウシアーナ」

c0021859_1225315.jpg 甘酸っぱいトロピカル・フルーツをあしらったホイップクリームのたっぷり載ったケーキの側面は、真っ白な変形パールやスワロフスキー、丸特小ビーズで覆われ、可愛いバラが飾られて、部屋を暗くして何本も添えられたかわいいろうそくに灯がともると真珠やビーズが美しく輝く。
 コルンゴルドのチャーミングなこの曲は、ワルツ王、J・シュトラウスⅡの新ピチカート・ポルカに始まり、オペレッタや歌劇からのパラフレーズ。
 甘いコクのある生クリームのような洒落た旋律に、妖しく暖かく灯るろうそくの輝きを反射して眩く久煌めく宝石のように散りばめられた打楽器たち。
 先ずは、言葉はいいから下のリンクをクリックして各自お試しあれ。
 山田一樹指揮、スイス・ロマンド管弦楽団で。
 冴えたキラキラが魅力的な演奏をしております。

by yurikamome122 | 2015-02-25 12:37 | 今日の1曲 | Comments(0)

シューベルト作曲、交響曲第8番「未完成」 ブロムシュテット指揮、シュターツカペレ・ドレスデンで

c0021859_17225392.jpg シューベルトって初めて耳にしたときに「ハッ」と思うような優しい旋律もいっぱい書くんだけど、それのどれもが凍えそうな寒い冬の夜に自宅に戻り、ストーブの前で飲むあったかいミルクのようで、つまり、いやんなっちゃう絶望のさなかに差しのべられる暖かいぬくもりのようで、で、この「未完成」はそんなシューベルト像がいかにもツボにはまったような曲だと思うのは、ウィーン・フィルの演奏するこの曲よりも、若き(と言っても50代の前半だけど)ブロムシュテットがドレスデン時代に録音したこの演奏を聴くと歌よりもそんなドラマ性を強く感じたりするのです。
 低い声で呟くようなベースのあと、荒涼とした木枯らしの吹く荒れ地をさまようようなあの旋律。
 ヒタヒタと迫り来る悪魔の影のような弱音からクレッシェンドするヴァイオリンの高音。
 そして、運命の定めにより降りかかる苦難のようなティンパニの一撃は聴き耳を立てている私を怯えさせて、そしてやがて優しい旋律でつかの間、小さい頃に母親に抱かれたあのぬくもりを思い起こさせる。
 でもそれはホンのつかの間なのでした。
 2楽章は既にもう死んでいる。
 でもマーラーのように達観して解脱して浄化されていくのではなく、死後の闇を彷徨いながら感情も無く繰り広げられるドラマの中で、そんな自分を見て慟哭する自分自身がいるような。
 救いが無い中に、それでも一縷の救いを夢見ているような残酷さ。ひどすぎるだろう、こんな曲。
 恐ろしい曲なのは知っていたけど、この演奏を聴いてもっと恐ろしい、イヤな曲なんだと。
 でも、辛いときはこういう音楽がいごこちが良かったりするんだよね。

by yurikamome122 | 2015-02-23 17:23 | 今日の1曲 | Comments(0)

オーディオ自作記事雑感

 オーディオアンプは真空管はあまり好まないのでトランジスタで組もうと思う。
 そんなわけでパワー・アンプを自作しようといろいろと記事を読みあさっていると、「ラジオ技術」がいつの間にか本屋さんから姿を消したので、今参考になるのは「MJ無線と実験」のみとなってしまった。
 いにしえの執筆陣が今でも活躍していらっしゃるのは嬉しいし。。。。。はともかく、トランジスタでアンプを組もうとすると金田式、安井式、落合式あたりが参考になるかなと。 巷の評判はともかく、回路図を素人なりに眺めてみる。
 安井式が上下対称の2段増幅NON-NFB、ノイズ対策として様々な工夫を凝らしておいでで、その中身は誰でも自分の装置に応用、または搭載できそうな簡単なもので効果が大きいと言っておられる。
 また電源回路は、なんと定電圧回路が誤差増幅なしのただのリップルフィルターで、しかも電源出力後のコンデンサが電圧増幅部がたったの0.022㎌
 落合さんは昔ながらの(失礼)初段にFETを使った差動2段かと思ったらやはりトーテムポール型を採用していたのは、同じチャンネルのFETを使うための工夫と言うことらしい。電源はわりとありがちな誤差増幅回路付き。
 金田さんは初段に真空管を使ったりいろいろやっているけど、つまりは初段を差動回路で受けてトーテムポール型の終段。目的は違うような言い方をしておいでなのだけど、たぶんノイズ対策と言うことで電流伝送をして、また電源回路は誤差増幅回路付きの普通のものと言うことでしょうか。
 正直、金田さんの回路、プリなどはシェル内にカートリッジに直接FETハンダ付けをして組み込み電流に変換してアンプにというのは、もうかれこれ35年くらい前にどこかのメーカーがやっていたりして、金田さんのアイデアってその他のところでも見たことあるような気がする。もちろんそれが悪いというわけではないのだけど。

by yurikamome122 | 2015-02-23 03:50 | オーディオ | Comments(0)

マーラー作曲、交響曲第3番をバーンスタイン/NYPの87年の録音で

c0021859_19371514.jpg バーンスタインは長らく敬遠している指揮者でありました。特にいきなり抱きつかれて、タバコ臭いキスをブチュ~とやられそうなマーラーなんてもう正直やめてもらいたい。
 そう思っておりました。
 ボーイソプラにを起用したマーラーの4番やデッカに入れたバリトンにフィッシャー=ディスカウを起用した「大地の歌」なんてバーンスタインの男性への偏重を感じたのは彼の性的嗜好がどうのだけではないのです。
 私にはあの舌で身体中を舐めまわすような粘るフレーズ、彼の熱い息を心臓で感じるような感情の発露と言い、もう既にパブリックドメインになってしまったNYPとの61年の録音はまだ聴けたのだけど、80年代に入って2度目に始まった全集などは、もう私には恐ろしくて聴けたモノではない、そう思っておりました。
 でも、改めてこのバーンスタインの死の3年前の録音を聴いて、それはそうなんだけど、でも、ここで出会ったバーンスタインは年老いて達観して、過去を追憶する彼の姿でありました。
 「愛が私に語る」第6楽章の語り口は、もうマーラーの9番の第4楽章のように浄化されて澄み渡った彼岸の世界でありました。
 なぜか聴き終わったあとに悲しみでいっぱいになりました。

by yurikamome122 | 2015-02-22 19:37 | 今日の1曲 | Comments(0)

ブルックナー作曲、交響曲第8番をハイティンク指揮、コンセルトヘボウ管弦楽団の81年の録音で

c0021859_2201036.jpg ハイティンクがこの曲を公式に録音したのは何種類あるのかはよく知らないけど、このコンセルトヘボウ管弦楽団で3種類、あとはウィーン・フィル。ドレスデンのシュターツカペレ、あとシカゴ交響楽団やロンドン交響楽団ともなかったかどうか。
 でも81年録音のこの演奏が一番好きなのです。
 オケと指揮者の一体感と言いますか、オケのニュアンスの細やかさというかデリカシーというか、そのあたりここまでくるともうエクスタシーの領域ではないのかと。
 落日の夕日を見るような充実感とやるせなさと、そして懐かしさと。
 響きが途切れるときの込められた想いとか、フレーズの呼吸の生き物のようなぬくもりとか、様々な表情の旋律の綾がいろいろな光を帯びて紡がれてゆく、その立ちのぼるような神秘とか、そんなのは巨匠ハイティンクでも天下のウィーン・フィルを手兵としても、あのドレスデンのシュターツカペレを持ってして、そしてその後にこの楽団に客演したときの録音でもここまでの完成度は結局再現できていないのでした。
 豊かな響きのホールと一体になった、全部がツボにハマった美しいオーケストラの響きは、暗く、重く、そして深い。
 この地上に確かにあった、指揮者とオーケストラの理想的な一体感が音楽を聴いてブルックナーの重厚な神秘の響きに包まれる幸せを味わえる録音を残してくれたことに感謝と、追憶の彼方の記憶を呼び戻すような切なさに包まれる演奏でありました。

by yurikamome122 | 2015-02-21 22:00 | 今日の1曲 | Comments(2)

メータ/LAPでJ・ウイリアムス作曲、スター・ウォーズ組曲

c0021859_1614120.jpg このレコード、学生時代のクラシックマニアとおぼしき人たちの下宿やアパートにはなぜか一家に1枚はあった。
 若きズービン・メータが好調なマーラー・シリーズを連発し、シェーンベルクやクラフト、ヴァレーズなんかを録音して、それがまたなぜかヒットして評価がうなぎ登りの時に、おんなじノリで(かどうかは知らないけど)このスター・ウォーズを録音して、一部のうるさ方の批判を浴びたという代物で、でも私の記憶が間違っていなければカラヤンも確か録音していたはずで、でもカラヤンのは何で日の目を見なかったんだろう。
 ショルティだって「がんばれベアーズ」なんて録音してるし、オーマンディーだってムード楽団のような曲目の録音をしていたはず。アメリカってそういうところなんだよ、きっと。
 演奏はというと、派手にあの頃のメータらしくやっていて、深みよりも官能を、端正よりもダイナミズムを、煌びやかさをといった感じの演奏は、オーディオ的にも大音量でオケを聴く楽しさを大変に味わわせてくれた演奏でありまして、荒削りだけどグラマラスでちょっと神秘を感じさせるスペクタキュラーな演奏から、街で会った実際のズービン・メータが私よりチビの意外な小男(失礼)だったのにはちょっと驚いた。(ただ、オーラだけは異常に凄く、やけに横からなんか来ると思ったら、隣にいたのがメータだった。第三種接近だった。あまりの威圧感にサインをねだるのを忘れた)
 ともあれ、今聴いても若武者メータの快刀乱麻でありました。

by yurikamome122 | 2015-02-18 16:14 | 今日の1曲 | Comments(0)

小澤征爾指揮ボストン交響楽団でマーラー作曲、交響曲第1番「巨人」

c0021859_16574316.jpg 学生時代、マーラーにハマりにハマって寝ても覚めてもマーラばかり聴いていた頃、クラシック音楽ってこんなにも心地よくってドラマチックで熱くて、そして宇宙的だったんだって思った。
 そう思うとベートーヴェンはおろか、ハイドン、モーツァルトなんて幼稚園の遠足のようで面白くも何ともない。
 音楽のそんな聴き方をしていたあの頃、マーラーのスペクタキュラーで広大で目眩く世界を目の当たりにしながら身悶えるような官能に酔いしれながら聴いていたこの演奏。
 ボストンシンフォニーホールの芳醇で豊かな残響に征爾さんの指揮する高原の朝のような爽快な演奏は瑞々しくも颯爽として、そしてドラマティックで、あの頃の征爾さんのうねるような指揮ぶりに憧れて、そう、まさに嵐を呼ぶ指揮者だった。
 そんな征爾さんが目一杯詰まったこの1枚は今聴くと演奏もとっても素敵なんだけど、それに加えてあの頃を思いしだしてグッとくるものがある。
 あの頃の友人に30年ぶりに明日会える。
 そして、私たちが暮らした福島県は、まだまだ苦労が多いのでした。

by yurikamome122 | 2015-02-13 16:58 | 今日の1曲 | Comments(0)

プレヴィンのピアノで、ガーシュイン作曲、サムワン・トゥ・ウォッチ・オーヴァー・ミー

c0021859_17224519.jpg プレヴィンのピアノが好きなのです。
 モーツァルトの協奏曲を弾き振りしたときのちょっと不思議な翳り方が結構ロマンティックで、彼はJazzミュージシャンだった。そんな偏見で結構苦労したらしいので、そう言われることは好きではないらしいけど、でも彼の指揮だって、あのノスタルジーをかき立てるようで、それでいてオシャレな音楽なんかクラシックぽくないところがあったりすると思うのはたぶん私だけではないと思う。
 でも、このガーシュインのアルバムは都会的に洗練されたような80年代のオシャレが感じて、それでいて知的で、こう言うのは女にモテる。
 その中でもサムワン・トゥ・ウォッチ・オーヴァー・ミーを。

by yurikamome122 | 2015-02-12 17:23 | 今日の1曲 | Comments(0)