senza Basso ~J.S.Bach 無伴奏チェロ組曲全集~ 山本裕康

c0021859_23124772.jpg 透明な、本当に透明な音楽が、唯々、極々普通に流れてゆくのだけど、でもこの音楽が流れているのはスピーカーを通してなのだけど、そのスピーカーの音がいつもと違って緊張感を放っていて、それをオーラというのかどうかはよく知らないけども、聞き流しているはずなのに、不思議とGiovanni Grancinoの深く明るく豊かな歌が胸に染み渡り、困ったことに4番のサラバンドでは泣けてきてしまった。
 もっと静謐で圧倒的な演奏は他にもあるし、威厳と貫禄に満ちら録音も他にはあるのだけど、この演奏の澄み渡った空気のように自由な演奏は他にあるのかしら。
 聴いていて苦しくない、極々自然に、優しく、だけど無言の思いやりのようなこの感じ。音の流れに身を委ねるこの夢のような世界。でもそこに感じる緊張感は決して穏やかではない。そうか、バッハってこれだったんだ。バッハの音楽は垂直に立ち上がるものだと思っていた。宗教との関係や膨大なカンタータの世界のバッハも、その中にあるものはこれだったんだ。バッハの祈りってこれだったんだ。

by yurikamome122 | 2015-07-30 15:27 | 今日の1曲 | Comments(0)

プリアンプの制作 その5 電源トランスの結線とアースラインの引き回し

 安井先生のアンプの回路では、というか基板のパターン制作の段階での話だけど、アースラインを信号ラインの流れに合わせてあるのはきちんと配慮されてのことなのはもちろんのことなのだけど、ということで、トランスを2台使い、左右両チャンネル独立させるというよくありがちなものではなく、安井先生提唱の1台のトランスの巻き線をそれぞれ左右両チャンネルに振り分けるという結線方法を先ずは試してみた。それが一つ目の図(Fig.1)。もちろんなんの問題もなく動作している。
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 安井先生の回路での一つの特色であるアースの取り方なのだけど、外部からのアースもケースのアースも高周波ノイズ遮断のコイルが入れてある。これの効果が絶大なのは先に実験したとおり。
 ところで、トランスを2台使うのが高級品での一つのステータスのように感じる向きもあるのだけども、実は1970年代から80年代のオーディオ・ブームの頃、メーカー各社もこのような方法を採用して、左右独立のモノーラル構成の2in1としてクロストークと混変調歪みを改善し、音質の向上を目指すというのはよく聞く話だったし、現在でも時折採用されているやの話はよく見るのだけど、私自身、いくつかのアンプを作成した中で左右独立が単独電源に勝った例はない。
 今回、そこで一つの実験として以下を試してみた。

① 安井先生の結線(Fig.1)ちょっと変わった結線方法で、これだと巻き線は左右独立しているが、トランスの1次側は共通となってしまい、厳密には左右独立にはならない。

② 2台のトランスを各々1個ずつ左右に振り分けた、完全な左右独立型。

③ 2台のトランスのうち、1台の結線を外し1台のみで両チャンネルへの供給としてみた。

④ 2台のトランスを並列にして容量を増やしたのと同等にしてみた

⑤ 2台のトランスを直列にしてトランスにかかる電圧を半分にして、両チャンネルへ供給としてみた。

 結論から言うと⑤のトランス直列が一番結果がよかった。一番劣ったのは予想されるとおり③で、その次に劣ったのが②。
 つまり結果はよい順に⑤>①>④>②>③と言う結果。
 但し①と④に関しては僅差というか、音の傾向が違うというか、パンチと繊細さでは①、力強さでは④と言った印象。
 なんだ、安井先生のトランスの使い方がまり意味はないではないかと言うことではない。2台のトランスを使い、完全に1台ずつで左右両チャンネルにわけるよりも、安井先生の結線方法の方が結果としては全然よい。その理由は先生ご自身で記事にされている。ただトランス2台を搭載する余地があって、経済的にもそれを許すなら、可能な限り大きなものを1台にした方が、右左を独立にするよりも結果がよいということはあるのではないか。
 実はこれ、プリアンプよりもパワーアンプの方がこの差は大きかったりするのは、経験上確かなことだと思う。
 トランスを左右独立にするというのは、実はレギュレーションという意味では実はデメリットの方が多いのではないのか?。
 ところで、⑤が音がいい理由はリケージが減るからとかなんとか様々な理由を聞くけども、実際ノイズの量は明らかに減っているようだった。
 ということで、トランスの結線は⑤の方法に変更。となると、アースラインの引き回しに関しては若干の変更が必要になる。
 トランスの結線方法とアースの取り方を変更した結線図はもう一つの方。
 回路アースへはトランスの中点からに変更せざるを得ない。
 但し、ここでの音は深みのある低音と生々しいフレッシュな音楽が力強く響くようになった。 
 その他、若干の補足も図上に記しておく。
 これでプリアンプも一応完成。
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by yurikamome122 | 2015-07-30 14:40 | オーディオ | Comments(0)

暑中お見舞い申し上げます。ノーマン・デル・マー指揮、ボーンマス・シンフォニエッタでディーリアス作品集

c0021859_18132759.gif暑中お見舞い申し上げます。

 盛夏の候 皆様方におかれましては益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。
 当方もおかげさまで、無事つつがなく過ごしております。
 酷暑の折、皆様方におかれましては熱中症などにならぬよう何卒ご自愛のほどお祈り申し上げます。

 およそ30年前、東北の地方都市に住んでいた私は、今時期、部屋にクーラーなどあるわけもなく(住んでいたところが東北だからではなく、関東でもクーラーがそう普及していたわけでもなかった。そういう時代だった。)朝から30度くらいになるその地方都市では、というか、あの頃音楽雑誌やFM放送でも「夏に聴く音楽」というのが必ず企画としてあって、定番としては今でも覚えているのはヘンデルの「水上の音楽」とかレスピーギの「ローマの泉」とか。
 これらの曲はタイトルだけはいかにもなんだけど、ヘンデルなどは騒がしいばかりで暑苦しく個人的にはいただけないし、それならブルックナーの7番などの方がよっぽど爽やかな気がしたし、「ローマの泉」にしてもオケが鳴りすぎるのだよ。そして、間違ってもA面の1曲目に入っているからすぐに針が下ろせると思ってオーマンディーのLPなど掛けてはいけない。静かに曲が終わって余韻に浸っていると、いきなり古代ローマの皇帝ネロのキリスト教迫害の時代の残虐な祭りが阿鼻叫喚のどん底へと突き落としてしまうのであったから。
 あとはというと、今ひとつ話題としては地味だったけど、それでもFM放送では結構流れていたディーリアス、ヴォーン=ウイリアムスなどのイギリス音楽で、東北に居たせいか、手に入ると言えばビーチャムかバルビローリなのだけど。
 そこでも、ヴォーン=ウイリアムスのや「海の交響曲」や「南極交響曲」などをチョイスする馬鹿者がいて(「南極交響曲」の方が幾分かはマシだが)、あの曲のどこが涼しいのかとそこに座らせて小一時間・・・・・・・
 それから七夕に掛けてホルストの「惑星」などと、だったらいっそワーグナーやブルックナーやマーラーでもかけてくれた方が暑い夏に激辛を食べるような効果が期待できたのではないかと思ったりもした。

 夜更かしして遊びすぎ、でも暑くて7時過ぎにはもう寝ていられなかった学生アパートでの気怠い朝にはやはりディーリアス。そしてビーチャムも悪くないのだけどビーチャムの弟子のノーマン・デル・マーの演奏が今は好み。
 しかもご近所への手前も気にしながら、それでも部屋を閉め切るのは耐えられず、玄関も窓も全開で遠慮がちに聴いていたあの頃とは違い、外回りをして汗のしみたシャツを着替えて、クーラーの涼やかな風に当たりながら、ウイスキーのロック片手に豊かな拡がりを感じる音量で聴くノーマン・デル・マーのディーリアスはまた格別。
 どうぞ皆様方、お試しあれ。

平成27年盛夏

by yurikamome122 | 2015-07-28 18:14 | 今日の1曲 | Comments(2)

プリアンプの製作 その4 その他のチャレンジ

c0021859_1743827.jpg OP-AMPによる試作アンプで様々試していて、電源周りの整流回路、安定化電源回路については、基本的に安井先生の回路がよかった。3端子レギュレターという便利なものもあるのだけど、音は安井先生が多用している単なるリップルフィルターの方が断然音の鮮度では勝っている。但しその際は電源の出力に付けるコンデンサの容量は注意が必要。
 そして整流回路から電源回路に至る所に入れるコイルと抵抗も、入れた事による効果も十分に検証できた。拡がりと低音域の力強さが一段と向上。
 あとは、ノイズ対策の一環として大胆な気がしたけども、試作プリアンプの入力端子にカットオフを50kHz位にしたCRによるハイカットフィルターを挿入。あわせてアースにはフェライトビースを入れてみた。これは大いに効果があった。音の堅さが取れてしなやかさが増してくる。
 それからアンプの出力にコモン・モード・ノイズフィルターを挿入し見たがこれも一定の効果が認められた。
c0021859_16573872.jpg それから、整流用のダイオードのシールド、能動素子なので当然多くの電磁波を出すはずという理由で試みたところ、これもやはり変化が認められた。ノイズ感が減っている。
 と言うことは、電磁波を出すパーツといえばトランス。トロイダルトランスを手持ちの関係で使っていたんだけど、元々漏れ時速が少ないというトロイダルトランスをこれもシールドしてみたらやはり効果がある。 
 この時点でたかがOP-AMPのバラックで組んだこのアンプはOP-AMPとは思えないスケール感と力強さを持った、それでいて高分解能のその録音場所の部屋のスケール感までおも再現できるものとなった。メンデルスゾーンの「スコッチ交響曲」の弦のしっとり水がしたたるような透明なウエット感、オーケストラのパースペクティヴはなかなかの再現力だと思う。

 ということで、安井式オリジナルにはないのだけども、プリアンプ部のハイカットフィルター、出力のコモンモードフィルター、それからダイオード等の能動素子のシールド、それからトロイダルといえども漏れ磁束対策は必要と言うこと、これらを盛り込むことにした。

 ケースは以前はよく使っていた鈴蘭堂はもうこの世にはなく、タカチが普通なんだけども、好みがなく、しかも値段も高くはないが安くもない。ということで、オリジナルに挑戦。オリジナルのサイズでアルミケースをタカチに発注して、それに合わせて前面のパネルを発注。それぞれ穴開け加工込みで依頼した。
c0021859_176126.jpg アンプの構成は、やはりイコライザーはどうしても入れたいので、プリアンプ部がMJ2015年03,04月号掲載のもの、イコライザーがMJ2011年03,04月号掲載のもので考えていて、それらの基板は安井先生のお世話になった。
 それらの基板のサイズとトランス、アッテネーターなどを配置する計画をして、しかも後々改造することを前提としているので、大きめのケースで45㎝×46㎝、高さが7.5㎝というもの。合計で1万5千円かからなかったように記憶している。

 これで大体揃うものが揃ったので組み立てをすると言うことになり、その際にトランスの結線とアースの引き回しにはまた頭を悩ませることになる。

by yurikamome122 | 2015-07-23 17:08 | オーディオ | Comments(0)

ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界から」をストコフスキー指揮、ニュー・フィルハーモニア管弦楽団で

c0021859_64837100.jpg どうも軽く見られるフシがある「新世界」、人に言わせると8番の方がいい曲だとか、俗っぽいとか、でもそんなこと言うならマーラーの方がもっと俗っぽいような気もする。
 そんなことよりもドヴォルザークのメロディアスな旋律に様々に絡み合った旋律の綾がきこえてくると、その精緻さに興味が沸いてきて、征爾さん(発売当時、わざわざウィーンの音楽監督になって「新世界」でもなかろうと思った征爾さんの新世界なんだけど、本番での成功は立ち読みした「レコ芸」にも載っていて、ついつい手に取りレジへ)、メータ、カラヤンにジョージ・セル、ブルーノ・ワルター、スイトナー、そしてストコフスキー(90才過ぎてから録音したヤツ、さすがストコフスキーだった)まで一気に聴いてしまった。
 伸び縮みするテンポはストコフスキーが若かった頃は誰でもやってたことなんだろうし、響きを煌びやかに演出する改変なんて、聴き応えありますゼ。第1楽章のコーダの金管はビックリしたり、第4楽章での展開部の思いっきり落ちるテンポに追加されたシンバルはコーダで大活躍、最後、銅鑼の響きが夕暮れのお寺の鐘のように響き、そしてラストの余韻は様々な楽器を重ねてある。
 ショウマンシップややりすぎって言うのは簡単だけど、この曲のツボを押さえてとっても解説的に聴き所を解りやすく、聴き手がポイントを逃さないようにくっふしてあるように思うのだけどな。
 実は個人的に私には「遠きビルに日が落ちて」にきこえる「遠き山に日は落ちて」で有名なこの曲の2楽章は、実は猛烈な鉄道ヲタクであったドヴォルザーク(ドヴォルザークのアレグロはどうも爆走する蒸気機関車を連想するのです)の活躍したニューヨークの息吹を感じ取ったりするのですが、それが合っているかどうかはさておき、誰でも音楽の時間に聴かされたこの曲に関しての解説は大体において以下のようなもの。
 「新世界から」の「から」は当時「新世界」と言われていたアメリカ「から」なんであって、ドヴォルザークがアメリカの学校で教鞭を執る傍ら、故郷に思いを馳せつつ、ドヴォルザークにとっては新しかったアメリカの音楽にインスパイアされて作った、「ドヴォルザークの故郷ボヘミアへの音楽の手紙」。だから、初演当初からアメリカの音楽からの引用があるのではないかという疑惑は持たれていた。が、ドヴォルザーク自身は「アメリカの旋律の精神に従って書いたのは事実だが、そのまま引用はしていない」と言っている。
 というのは、いろいろなところで読んだこともあるだろうし聞いたことがあるよく書かれるこの曲のプロフィールなのです。でもそんなことを言うなら、弦楽四重奏曲「アメリカ」やチェロ協奏曲だって同じ事、この曲がよく聴かれるあまりに総花的な理由として、なんだかよく解ったようで解らない。
 
 で、もっと曲をよく聴き、眺めてみると、それはウケるべくしてウケるワケがだんだんと、ちょっとだけ私にもきこえてきた。
 ドヴォルザークが「新世界から」では、先ず曲の冒頭、第1楽章の序奏はヴィオラとコントラバスの憧れに満ちたチェロのメロディーで聴く人にノスタルジーをかき立て、そしてそれにフルートとオーボエが静かにそれに応え、そして突然のドラマティックな盛り上がりから第1主題を予告しながら序奏のクライマックスを迎え、冒頭に強烈なスフォルツァンドのアクセントの付いた弦のピアニシモのまるで草原を思わせるような静かなトレモロで主部に入り、遠吠えのようなホルンの奏でる第1主題から主部に突入。つまりノスタルジックな導入で思いを馳せながら、突然拡がる草原の大パノラマってワケ。この第1主題がアメリカ的とかチェコの民族的とかいろいろと言われているところ。
 第1楽章が激しく力強く終わったのを受けての第2楽章もここの管楽器群で奏でられる厳かで神秘的な序奏は、激しい第1楽章から第2楽章への橋渡し。これは、この楽章のあの有名なノスタルジーをかき立てる憧れに満ちた主題よりも更に大事な部分。この後続く第3楽章、第4楽章への序奏の意味もある。
 第3楽章での見事にメリハリと歯切れのよく本題へ突入する序奏の後、主題はフルートとオーボエによって奏でられた後、1小節遅れてのクラリネットのエコー、カノンの手法、ノスタルジーをかき立てる。
 そして第4楽章の激しい本題への熱狂を期待させる序奏の後のフルオーケストラの叩き付ける和音の後の力強いトランペットの第1主題、そして全曲でたった一回だけ響くシンバルの後の第2主題の息の長いクラリネットの望郷のメロディー。その後の盛り上がりの行き着く先はふるさとへ帰った喜びに満ちあふれたような盛り上がり。
 そしてその後に展開部ではまるで様々な出来事を回想するかのように前の3つの楽章の主題が回想され、再現部からスケールの大きい集結部のここでも登場する全3楽章の主題を回想しつつ傲然と情熱的に曲を閉じるが、そこに余韻までちゃんと残している。
 ドヴォルザーク自身、前作では採用しなかった前奏をここでは効果的に使っているのは、ウケ狙いなのかどうなのか、そういえば、この曲は8番で採用しなかったハイドン以来の規範的なソナタ形式を採用している。
 そればかりではない、実は各楽章の主題はおよそその登場の前に予告がされていたり、変形があったりして、各楽章それらが有機的に結びつき統一感を出している。
 つまり、もちろんブラームスが羨んだほどのドヴォルザークメロディーが素晴らしいのはに加え、音楽の常套手段を模範的に使いこなした王道の作曲技法による音楽と言うことで、そこに込められたドヴォルザークのインスピレーションが何の障害もなく聴き手にスルリスルリと流れ込むという仕掛けになっているのでありました。

by yurikamome122 | 2015-07-14 06:50 | 今日の1曲 | Comments(0)

アイヴズは楽しくないと。アイヴズ作曲、交響曲第2番をMTT指揮、コンセルトヘボウ管弦楽団で

c0021859_10385894.jpg 数年前、ヒラリー・ハーンのリサイタルを聴いた。そこで演奏された曲の中にアイヴズのヴァイオリン・ソナタがあった。彼女の演奏するアイヴズは、彼女自身の美貌と知的な佇まいで、超絶技巧を駆使して、パッと聴くと難解に感じるアイヴズは、アイヴズの感じた時代や大自然の風景を大自然そのもののように唐突だったり冗長だったり不可解だったりしながら、でもヒラリー・ハーンの演奏はそれをスカッと鮮やかに私たちの前に拡げて見せてくれた。ヒラリー・ハーンは、知的な演奏とその所作で、まるで私たちに「アイヴズは楽しくないといけないのよ!」と言っているようだった。私も、アイヴズは楽しくないといけないと思う。

 交響曲第2番はアイヴズの入門編で取り上げられる機会も多い曲だと思うのだけど、たとえばリュドヴィク・モルロー指揮、シアトル交響楽団の演奏はライヴ録音のようで、終演後に盛大に拍手とともにブラボーと笑い声が入っている。どう?、本場アメリカ人だって楽しんでるじゃないか。
 アイヴズ自身こう言っている、「この作品は、1890年代のコネチカット州のこの近辺(ダンバリー、レッディング)の民衆の気持ちを音楽的に表現したものである。つまり田舎の民衆の音楽という訳だ。これには当時彼らが歌ったり演奏した曲がいっぱいつまっていて、そのうちの数曲をバッハの旋律と対位法的にからませるのは、粋なジョークみたいなものじゃないか、と考えた」、やっぱりジョークだって。
 この曲を初演したのがバーンスタインというのは有名な話で、アイヴズはというと、なぜか初演には立ち会わず、その放送を聴いていたそうだけど、そのときのバーンスタインの苦労は素人の私でもちょっとは感じる。というのは、あの当時のバーンスタインがマーラーにしたのと同じようなスタンスでアイヴズを演奏している。様々なところを強調して解説的に、「ここはこんなに面白いところがありますよ」、「ほら、ここ、ここ、よく聴いて」、「ここが聴き所、いいかい」みたいに。だから実際に初演に使われた楽譜がバーンスタイン自身の手の入ったものではないにしろ、その演奏解釈というものがあるのなら、「バーンスタインの解釈も、第2楽章や終楽章に致命的なカットを加えたり、アイヴズの速度記号を無視したり、最後の野次るような不協和音を引き伸ばしている」(wikipedia)わけで、それはその後にスタンダードになってしまったフシがあるのは、その時代に録音されたオーマンディーやメータも同様に引き延ばしている。
 テンポ設定も全然違う、バーンスタインもオーマンディーも結構ゆっくり、第5楽章はカットありで9分17秒のバーンスタイン、オーマンディーは10分35秒。でもヤルヴィ指揮デトロイト交響楽団はなんと8分9秒。アイヴズ協会の会長のマイケル・ティルソン・トーマスはアムステルダムのコンセルトヘボウ管弦楽団との演奏ではカットなしで9分48秒。もっともMTTは途中の「藁の中の七面鳥」のメロディーが伴奏でなるノスタルジックな部分で思いっきりテンポを落としてしみじみやっているので、主部はタイミングで予想するよりも快速で進む。
 そして、「最後の野次るような不協和音」はヤルヴィもMTT もスカッと短く切り上げている。たぶんこっちが本当なんだろうと思う。
アイヴズは(ヒラリー・ハーンと征爾さんのおかげで)個人的に大好きな作曲家なんで、2番も集中的にいっぱい聴いてしまった。バーンスタインはやはり初演者の責任を十分に果たすべく、この曲のポイントを思いっきりロマンティックに誇張して教えてくれた。
 でも今この曲を聴くなら、私が「楽しかった」のはやはりヤルヴィとMTT。ヤルヴィはあの乱痴気騒ぎの第5楽章がお見事に整理されて、そのわかりやすさはまるでディズニー映画のよう。でもロマンティックで心にしみる、そしていっくら楽しいとは言え、やはりアメリカ的知性を感じるのはMTTはアメリカ人だった。

 アイヴズが音楽家の道を選ばず、保険会社の経営者として辣腕を振るいつつも、趣味で作曲を続けていたということ、作品はイェール大学在学中から40代中頃までに集中していること、またそんな経緯から、実はあまり実際に演奏することなど考えて作曲をしていなかった。だからその楽譜にはいろいろと支離滅裂なところや意味不明なところ、演奏不可能な点がある。さらには改訂癖で後世が版の問題で悩んで迷惑しているブルックナー以上に自作に手を入れて、彼自身どのヴァージョンが最終なのか、何番目のバージョンなのか解らないこともあった(実際、出版社から出版されるに当たり、そんないい加減なことはないと思うのだけど)なんて言うことはアイヴズのプロフィールとしてはよく聞かれる話。
 今回演奏されるこの交響曲第2番から4年後に作曲された第3番は、グスタフ・マーラーの目にとまり、マーラーはこの曲をヨーロッパで演奏しようとしたが、マーラーの死去によりそれはかなわなかったなんて話もある。
 また、アイヴズという人は、かなり奇異な曲を書いた人のような印象があるのかもしれない。指揮者が3人も必要な曲を作ってみたり、街角からきこえてくる様々な音楽をいっぺんに曲の中にブチ込んで、それらをいっぺんに聴かせるもんだから、聴いてるこっちは何を聴かされているのかよくわからない。
 もっとも、街角の音楽や様々な民族的素材を音楽に組み入れるのは、バルトークなんかもやっていて、もっと古くはベートーヴェンだってやってるし、それほど実はビックリするような手法ではないのだけど、ごった煮を作るような無造作に感じるあたりがこの人らしいところ。アメリカの風景がいっぱい詰まっている、そしてアメリカ的な自由をその音楽から感じてしまう。

 この曲が作られたアイヴズがまだ23歳のイェール大学に在学していた頃のアメリカはというと、南北戦争が終わって、保護主義工業先進側の北軍の勝利、リンカーンの奴隷解放がアイヴズの生まれる約11年前という時代、ヨーロッパの様々ないざこざもあって、アメリカは独立時の13州から急速に領土を拡げた。
 大陸横断鉄道も開通して先住民のインディアンを迫害しながら西部開拓時代が始まり、そのまっただ中の1874年にアイヴズはアメリカの独立時の13州のうちの一つのコネチカット州のダンベリーと言う町で生まれた。
 アイヴズ16歳の時にインディアンの制圧を完了し、西部開拓時代が終わりを迎え、その頃はトーマス・エジソンなども活躍していた第2次産業革命のアメリカは経済的にもめざましく発展し、景観としては随所に田舎の風情や情緒を残しながらも、近代化、工業化も進み、未だに国王や貴族たちがいざこざを起こしているヨーロッパを横目に、自由、平等の精神に法り、様々な問題を抱えながらも発展を続け、いよいよ海外へ目を向ける。アメリカの帝国主義時代の幕開けとなる。
 この曲が作曲された頃は、アメリカはスペイン領だったキューバ独立の動きに便乗して、スペインと戦争を起こし、これに勝利してキューバの独立をスペインに認めさせ、またスペイン領だったプエルトリコ、グアム、フィリピンはアメリカが買収をする。そしてこの時期にハワイも併合してしまうという覇権の始まりの頃。
 で、この曲が作られた頃アイヴズが住んでいたコネチカット州はというと、紡績の町で、とても自然に恵まれた四季の美しいところのようだ。
 そんな風景がこの「何でもござれ」の交響曲第2番には詰まっている。そして最後、素っ頓狂な不協和音が最後の最後に聴き手は足をすくわれる。

 問題はその(不協和音での終わり方)あたりだと思うのですよ。いろいろなところでもそうなのだけど、アイヴズの問題提起はここではないのかと。
 「アメリカ・ルネッサンス」というのがあって、それはアメリカに移り住んだイギリス人の、そのバックボーンである文化の呪縛から離れようとした、アメリカの開拓時代から南北戦争へと続く、そのあたりで発生したアメリカならではの文化の曙であった。イヴズはその影響を多分に受けたのは、マサチューセッツ州に近いコネチカット州の出身でることも関連しているのかもしれない。
 アイヴズがこの交響曲を作曲してから5年後の28歳の時にピアノ・ソナタ第2番を作曲していて、そのタイトルが「マサチューセッツ州コンコード 1840-60年」、通称「コンコード・ソナタ」というもの。この「コンコード・ソナタ」にはやはり様々な実験がよく知られた大作曲家の引用などを散りばめて作られている。
 ところで、このタイトルになっているマサチューセッツ州コンコードの1840-60年は何があったかと言えば、もともとアメリカ・ルネサンスの作家たちゆかりの場所で、このコンコードで超越主義運動が興り、アイヴズはそれに着想を得てこの曲の作曲を行ったとのこと。
 そのアメリカ・ルネサンスの代表的な思想家で、「コンコード賛歌」というものを書いたラルフ・ウォルドー・エマソンの岩波文庫にある講演会の記録の中から一部を引用。

「私たちはあまりにも長くヨーロッパの優雅な詩神に耳をあずけすぎました。アメリカの自由人の精神は、臆病で、模倣好きで、覇気に欠けるのではないかと、すでに疑われ始めています」
「兄弟たち、そして友人の皆さん――願わくは、わたしたちの意見はそうあってほしくありません。自分自身の足で歩きましょう。自分自身の手で仕事をしましょう。自分自身の心を語りましょう」
「人間に対する畏れ、人間に寄せる愛こそ、いっさいをとりまく防壁、喜びの花輪でなければなりません。人間寄りつどうひとつの国が初めて出現することになるでしょう。人間ひとりびとりが、万民にいのちを吹き込む『神聖な愛』によって、自分もいのちを吹き込まれていると信じるからです」

そしてアイヴズは言っている。

 「なぜ調性そのものを永久に放棄しなくてはならないのか、私には分からない。なぜいつも調性がなくてはいけないのか、私には分からない」と。

by yurikamome122 | 2015-07-10 10:39 | 今日の1曲 | Comments(2)

プリアンプの製作 その3 使用するコンデンサに関して

 コンデンサの選定については、容量の大きいものに関しては電解コンデンサを使わざるを得ないのだけど、ブロック形の大容量のものは選定の自由度がないので、基板上の縦型の電解コンデンサで、いくつか聴いた感触でニチコンのMUSE-KZとしたのは一番シャープな感じがするからで、MUSE-FGは中域の押し出しがよいという話もあり、聴いてみたところ、低域の量感もなかなかよろしく、滑らかでシルキーな中高域はそれはそれで魅力的。あと、シルミックも好かったけども透明感と奥行き感の再現性など個人的好みでKZとした。
 ただ、正直言って電解コンデンサのエージングは半月くらいではまだまだのようで、これからその後にどう音が変わるかは、実際に搭載したMUSE-KZ以外はよくわからない。
でも現在MUSE-KZは低音の締まりと高域の透明感、パンチ力と空間再現力では大変に満足をしているのは事実です。

 それからフィルムコンデンサは、特にカップリング用の10µFは売っているものだとASCとか、WIMAのMKS位しか手に入りにくく、あとは安井式純正のシーメンスのMKMを絹糸で締めたヤツ。
以下、聴き比べの結果。シーメンスのMKMは現在手に入るのが6.8µFが最高なので、これで試してみる。

ASC X335 200V 10µF
 雰囲気もよくでていてカチッとした音、エージング後には透明感が向上。

WIMA MKS 63V 10µF
 こちらの方がASCよりも更にスッキリした印象で、音が前後に拡がる。音像もシャープで好感が持てる。
 エージング後は更に空気感を感じるようになった。

糸締めシーメンスMKM 250V 6.8µFc0021859_652322.jpg
 これがもう大変で、何がって作るのが。電極の大きさよりもやや小さく切り抜いたグラスエポキシ樹脂でコンデンサを挟み込み、プライヤーで握りしめながら絹糸を200回巻く。プライヤーを握る左手がだんだん感覚が麻痺してくるほど大変。
 記事中にどれくらい巻いたらいいのか、どれくらいの聴力で巻いたらいいのかハッキリなかったので、とにかく力任せでガンガンやって、できあがったコンデンサは、写真で判るとおり真ん中が多少凹むくらいになったが、これをエポキシ樹脂で固める。
 1日2個作ったらもうたくさん。
で。その結果はといえば、中域の実在感がないというか、ピアノタッチのアタックや弦のピチカート、シンバルやドラムのパンチはやたらと強く感じるのだけど高域も中域も何か前に出る力強さがない、かといって低域もドスンと来ない。
 が、10分も聴いているうちにそうではなく、全体に歪み感がなくなったせいで、分解能が格段に上がり、そして音域の強調がなくなったせいで今まで張り出していた中域がナチュラルになっただけ。なんと言っても音場感の出方は目覚ましい。低域は締まりがあって、バスドラムの張り具合やダブルベースのピチカートなんかもピシャリと決まる。量感がないのではなく今まで聴いていて「ドスン」は何か余計なものがあったような気がする。音の決めの細やかさとしなやかさ、そして柔らかさは断然こっち。
 これを聴いてしまうとWIMAのMKSはずいぶん荒っぽく音が濁ってきこえる。ASCは更に詰まった雰囲気。
 ただ、あくまで糸締めシーメンスMKMに比較しての話。
 ていうことで、もうこれに決定。容量の不足分は2パラにし13.6µFにすることで解決。
 それにしても、このコンデンサを作るのは大変。でもそれは報われる。

 ちなみに値に関しては、安井式オリジナルが10µFなのだけど、値を変えたらどうなのかと言うことで、徐々に2µFまで減らしてみた。これで大体カットオフが安井式の470kΩとすると0.18Hzなので全然問題ない。
 が、しかし音の様相はずいぶん変化してくる。糸締めシーメンスMKMで可能な6.8µFにすると、身体に感じる音圧感が全然変わってしまう。2µFにしたら、これはもう店先でよく聞くようなあの音場。カチッとしているけど臨場感では6.8µFに全然劣る。10µFでは包み込まれるような雰囲気が素晴らしい。
 今度はどんどん増やしたらどうなるかと言うことで、50µFまで大体10µFづつWIMAのMKSで試してみたその感じの改善は大体30µF位までは改善の変化が認められたけども、それ以上になるとあまり感じられなかった。
 カップリングコンデンサはやはりない方がよい、DCアンプ(つまり直流まで増幅できるアンプという意味で、たとえばサーボをかけるなどと言った手法でカップリングコンデンサを排除するとか言う意味ではないし、金田式という意味では全くない)の優位性はここにあったワケなんだと再認識。
 ちなみに、信号ラインというものを勘違いしている話をよく聞くので、ちょっとここでの考え方をハッキリさせておくと、負荷に並列になった部分に関しては、その並列部分の先はたとえばアースに落ちるので、音としては影響はないと思っている話をよく聞くのだけどそうではない。並列分の差分として直列分にはその歪みが影響するので、結局は直列部分に挿入したのと同じ影響があると言うこと。たとえばサーボをかけるとドリフトを初段に戻すの事になるのだけども、そのドリフト分はローパスフィルターによる。そのローパスフィルターは音質に影響すると言うことを認識しておく必要がある。

by yurikamome122 | 2015-07-06 12:53 | オーディオ | Comments(0)

サヴァリッシュ指揮 ウィーン交響楽団で、ハイドン作曲、交響曲第100番「軍隊」

c0021859_6352852.jpg サヴァリッシュのハイドンなんて誰も褒めないのだけど、あの端正な姿勢で、知的な顔立ちとつぶらな眼鏡の奥の鋭い瞳の校長先生のようないでたちの彼は、以前は何を聴いても音楽がホッとしない結構強引な印象を受けて、このハイドンなどは、あの頃自分のハイドンの印象は、「怖くないグリム童話」のような多少のメルヘンと、甘いミルクたっぷりのビズケットのような印象があったような気がするのだけど、サヴァリッシュのハイドンのリズムは強引に、「楽しそうに強制されて強引に」スイングしていたような、そんな違和感を持っていたのだけど、どういうわけか、今ではもっと乱暴な演奏のハイドンばかり聴かされているせいか、サヴァリッシュの強引さをこの録音から今は聴き取れていないのは何でなのか自分でもよくわからないのです。
 テニスボールが弾むような彼の手の動きと、マヨネーズをこねるような左手にオーケストラが一糸乱れずコントロールされている様が聴き取れて、しかもその弾むようなリズムに堂々としたベースの響きが知的な遊びがこぼれ落ちるハイドンののこの曲の、ハイドンらしい惚けた感じと下品にならない、文部科学省御用達の典型のようなところのバランスした、そう、このバランス感覚。悪意とユーモアのバランス、下品と上品のバランス、しなやかさと過激さのバランス。サヴァリッシュのコントロールが最高にニクいと思わせるところ。
 そして、ウィーン交響楽団の魅力的な事と言ったら。この頃のウィーン・フィルの魅力的なことは格別なのだけど、よりスタンダードなウィーン風がハイドンには心地よくて、ウィーン・フィルほど個性が強くなく、そしてフェロモンも少なく、その分清涼で構成感があって、このオケも全然イケてる。
 この曲ではこの当時1300円で買ったこの演奏が個人的には一番しっくりくるのです。

 とはいえ、ハイドンがこんなに好きになったのはクラシックを聴き始めてもうかれこれ40年くらい経つけど、ここ20年と言ったところ。ハイドンはたとえばベートーヴェンやブラームス、チャイコフスキーや今ではマーラー、ブルックナーなんかよりも聴いていてつまらないというか、そう思っていたのですよ。
 まぁ、それは、当然作られた時代からして曲の目的がルールに従いつつもウィットで知的好奇心をそそるような貴族たちの知的なエンターテイメントとしての役割というか目的というか、ロマンは以降の一般民衆を相手に大見得切って人をうならせたり、泣き節で人を泣かせたりするのとは違うから、聴く人、その対象にする聴衆が違うからなわけで、だから当然マーラーやブルックナーのように聴かれたらたまらないわけで、ハイドンが生きた時代と今私たちが生きる現代の違いがそこにはあるのだけど。
 でも、ハイドンの頃のそんな音楽の語法が耳にきこえてくるようになると、ハイドンがとっても身近に感じて、いろいろな楽器のメロディーや表情の対話や戯れるのを楽しんで、ハイドンの粋が心地よくも楽しかったり。

 この「軍隊」だって、以下、独断と偏見で。
 冒頭「レ~ソ」って言う上る音での序奏、「(このクッキー、はい)ど~ぞ」の「ど~ぞ」のところだけのような。ここで私は思うわけです、何を「どうぞ」ナンだろうって。そして、「ほらっ、ほら、ど~ぞ」また声色変えて「どうぞ」って、そして「これは、だから、・・・・」的勿体ぶったり、そして、幾度も「どうぞ」とすすめられて、どうもちゃんと説明をしてくれない音楽は、そのうちに優しかった「どうぞ」が脅すようにすごみを帯びて、またニッコリ微笑んで、「ジャンジャンジャンじゃ~ん」と、ちょっとハイドンに悪戯されたような気にもなりながら、その後に始まるのが軽やかな笛の音による本当の始まり。
 でも、その後もコロコロと軽快に流れながらも、椅子取りゲームでうまく取れた椅子に座ろうと思った瞬間サッと椅子を引かれそうになったりと、思わず転ばないように気が抜けない。
 そんなウッカリするとからかわれた気もしないでもなかったり、悪戯されたような感じだったりゲームのように、どんどん進んでゆくわけで、そのあたりはもう音楽の知性のゲームの様相を呈しているというわけで、これにはまるともうハイドンの虜。

 ところで、「軍隊」の名前の由来はと言えば、それはもちろんそこらでこの曲の解説の定番のようによく書いてあるのだけど、その軍楽隊に関して少々。
 ハイドンが活躍した18世紀、ヨーロッパでは「テュルクリ」と呼ばれるトルコ趣味がはやったわけで、これが広範に及び、トルコ風ファッション、音楽、コーヒー、アラビアンナイトなど大変な流行をしたらしい。たとえばモーツァルトやベートーヴェンも「トルコ行進曲」、モーツァルトはオペラなんかでもトルコが出てくるのはご承知の通り
ハイドンもその流行を取り入れたワケなのだけど、。
 これはオスマントルコが西方へ侵攻し、15世紀半ばにはバルカン半島一帯を、16世紀には中央ヨーロッパ、北アフリカを掌握。そして1529年、1683年と二度にわたりウィーンを包囲し、ヨーロッパに「オスマンの衝撃」をもたらすワケです。
 火砲の扱いに習熟し一糸乱れず行動するオスマントルコ軍とそれにともなった「メヘテル」と言われる音楽は、ヨーロッパの人々に恐れられ、そしてエキゾチックな趣味と響きは興味の対象となり、この「メテヘル」が今日の、そこいらでよく演奏される行進曲の基になったと言われている。
 そんなわけで、この音楽は次第にヨーロッパ各国の宮廷や軍楽に取り込まれてゆくことになった。

 ハイドンは「テュルクリ」全盛の1761年、29歳の時から20年以上にわたり奉職していたヨーロッパ随一と言われたエステルハージ家で、代替わりによる経費節減リストラのため、オーケストラの大幅人員削減(ハイドン自身とコンサートマスター他数名を残して全員解雇)で58歳で暇になって、幾つもの転職(と言うか事実上の再就職)の声はかかっていたが、楽団員同士のいざこざに頭を痛めながらも当時ヨーロッパで一番と言われたエステルハージ後としてはどれもあまり魅力的に感じなかった。
 そんな彼の元に、「ハイドン先生、私はロンドンのザロモンでございます。お迎えに上がりました」とやってきたヨハン・ペーター・ザーロモンの非常識に破格の待遇のロンドン招聘の話に乗るわけで、モーツァルトの「先生、あなたは年を取り過ぎています」と言う大反対に「イヤイヤ、私はまだ若いから大丈夫」と言って、自分を若いと思っている初老のハイドンが渡英をすることになり、結果後世はその初老の冒険心の恩恵でこの交響曲を含むザロモン・セットやオラトリオ「天地創造」などの名作を今でも楽しめることになるわけだけど、(モーツァルトは、ハイドンにこの後会うことはなかった。ハイドンが戻る前に亡くなってしまった)
 おそらくはこれらはよく聞くこの曲の話で音楽に時間にも習った気がする。(ザロモンというのは、フェリックス・メンデルスゾーンの母方の親戚という話は、関係ないからたぶんあまり話されないだろう)

 ところでそのロンドンの成功には、たぶんハイドンやザロモンが意図したわけではないけども、実はちゃんと下準備ができていた。
 当時のロンドンは産業革命による恩恵で豊かだった。ヘンデルの前例があるように、音楽家には大変に魅力的だったらしいく、そこにバッハの息子のヨハン・クリスチャン・バッハもロンドンで大活躍をしいて、そのときのクリスチャン・バッハの演奏会でハイドンの作品を取り上げて、大変に評判がよかった。
 そんな状況があってこそ、ハイドン本人の登場は大歓迎を受けた、当然この楽旅は大成功だった。(但し、演奏中「しゃべる」、「眠る」、「笑う」のロンドンの聴衆のマナーの悪さには恐れ入っていたようだ)
 これに気をよくして2度目の渡英が62歳の時。この時に今回演奏されるこの曲が作られた。前回の反省も踏まえ、今回のシリースは曲そのものをやや解りやすくしてあるのだそうで、いやいや、そんなことはない。
 初めに記したようにこんな子供の歌のような親しみやすさの中に様々なことが起きていたわけだった。これにハマるともうハイドン大好き。

by yurikamome122 | 2015-07-05 06:36 | 今日の1曲 | Comments(0)