美しすぎる響き、ブロムシュテット指揮、シュターツカペレ・ドレスデンでブルックナーの4番を

c0021859_22195760.jpg 「ブルックナーは9曲の同じ曲を作った」と言うのは誰が言ったのか忘れたけども、「千と一つの子守歌」(「一つの子守歌」はもちろん「ブラームスの子守歌」)を書いたと言われるブラームスが「交響的大蛇」と宣ったブルックナーの交響曲、ナルホドナと思う。
 ブルックナーの交響曲第8番の初演(1892年12月)後に曲の感想を直接求められたブラームスは、「ブルックナーさん、あなたの交響曲は私にはわかりません」、するとブルックナーも「私もあなたの交響曲について同感です」、と応じたとのこと。
 でも、いろいろな本を読んでみると、多分にユダヤ人を含む「金持ち、知識階級」対科学技術の利用や社会の合理化や中央集権化を推し進めて社会の近代化をリードしてきた「自由義的な教養市民層」の争いに巻き込まれ利用されていたフシがないでは無い気がする、その当時に盛んだった、「絶対音楽」対「標題音楽」の戦いに関しては、ブルックナーはワーグナーに心酔していたため「標題音楽」陣営とみられていたのだけど、彼の音楽は「絶対音楽」ではないのか?。(もっともこの曲はブルックナー自身手紙で「ロマンティック交響曲」と書いていたように、それなりのイメージはハッキリ持っていたようだ)

 ブルックナーがベートーヴェンが第9を、シューベルトが「死と乙女」を作曲していた1824年に生まれたとか、ベートーヴェンやシューベルトの影響を強く感じる独墺の流れの中にあること、そして教会のオルガニストだった生まれや育ち、教会との関わりや彼の作曲した初めての長調の曲であると同時に唯一作曲者自身が説明書きを付けた曲だとか、また混乱を招きやすい版の問題も含めたこの曲の出で立ち、「原始霧」や「ブルックナーリズム」、持続低音を多用する曲のアウトラインやなどは、もう語り尽くされた感もあるし、それでもなお語りたくなる話でもあるわけだけど、この「交響的大蛇」は取っつきが悪いのです。
 平面的に拡がりながらゆっくり盛り上がるブルックナーの曲は長いし、ぶっきらぼうだし、繰り返しが多いし、特にこの曲は金管の活躍が目立って、そしてブルックナーではいつも語られる宗教性なんて物を持ち出されると、いつもは宗教を意識しない日本人にはなおさらのこと敷居が高くなってしまう。そんなブルックナーの曲を「逍遙」と言った人もいたけど、逍遙なんて言ったって。。。。
 今から30年くらい前の話、ブルックナーの交響曲全集がヨッフムがバイエルンの放送局のオケとベルリン・フィルで入れたものと、ウィーン・フィルのブルックナー全集というのがあって、そんなのは一人の指揮者ではなく、一つのオケをいろいろな人が振ったという異色のコンセプト、あとはカラヤンとバレンボイムが進行中で、今では結構普通に手に入るハイティンクのものが廃盤、あ、そうそう、朝比奈さんも出していた。カタログにはそれくらいしかなかったんじゃないかな。
 なにせ、4番と7番、9番、それに8番あたりまで語れたらもうブルックナーの専門家と言われそうな時代だった時にU野さんという人がブルックナーの魅力をさんざん書きまくり、語りまくり、クナッパーツブッシュやシューリヒトなんて薦めたもんだから、録音は悪いし、語り口は古くさいし、とにかく彼の薦めるブルックナーは私には暇だった。

 でも実際、ブルックナーの交響曲の魅力は、まさにこの取っつきにくさの原因かも知れない「長さ」、そしてやたらと多い「繰り返し」、そして「リズム」。
 「原始霧」から始まる音楽は、大概は多少厳しさや聳えるような雰囲気を出しているのは、神奈川フィルの前音楽監督のシュナイトさんが「ブルックナーはアンスフェルデンと言うところで生まれて、アルプスの見えるところだ。そのアルプスは日本のような優しい森ではなく峻厳な岩や氷がむき出しの冷たいものである」と言うようなことをブルックナーのコンサートで言っていたけども、それも影響しているのかも知れない。
 主題の提示からして、というか初めのメロディーからして既にたたずんだ森の中の風で次々表情を変える木々や草花のようにのように微妙に、そして絶妙に休むことなく表情を変えていく。実際、交響曲第4番で私が初めて感動した演奏のブロムシュテットとドレスデンのシュターツカペレの演奏は第2主題が出てくるまで様々な音色の変化があって、それがまた聴き惚れるのだけど、曲が始まって第2主題にたどり着くまで1分30秒くらいかかっている。15秒のCMが6本終わる長さ。でもそこにはたっぷりと情景が詰まっていてそれはもう。
 そして山々に響く木霊のように、またベートーヴェンの「田園」の、小林研一郎が言うところの果てしなく続く田園風景のような短いフレーズの繰り返しが、時に原始的な神秘を感じさせて、また違う場面では幸福な景色の雄大さを、またあるときは、土俗的な力強さになる。
 初めて聴けば、次々変化する長大な音楽は、初めて登る山の登山のような苦痛と息切れを感じるかも知れないけども、二度目の登山は一回目では気付かなかった様々な絶景に目を奪われることになる。これこそまさにブルックナーの魅力11曲あるブルックナーの交響曲はブルックナー11名山の登山を楽しめるというわけ。
 様々な場面で宇宙の鳴動のような分厚いオーケストラの全奏やスペクタキュラーな音楽の展開は、これはもう神々しさまで感じてしまう。
 人々が、連休にはこぞって高原の温泉付きの保養地に出かけるように、ブルックナーに開眼した人はブルックナーの音楽を、響きを欲しくなってしまう。
 フーゴー・ヴォルフなんて「ブルックナーの交響曲は、どちらかといえば美的価値の低いような作品であっても、それはチンボラソ山(海抜ではエベレストよりも高い山、すなわち世界一)のごとくであり、それに比べればブラームスの交響曲などモグラの盛り土に等しい」なんて言っている。
 でも、ブラームスのように緻密な部品を組み合わせたような技とベートーヴェン以来の、恐らくは「田園」ではなく「運命」の伝統を融合させたレンガ造りのドッシリとした建物のような音楽を作るブラームスには、長く、微妙な変化でベートーヴェンの「田園」の第1楽章のような短いフレーズの繰り返しがあって、そしてフレーズがウネウネうねっているようなブルックナーの音楽はまさに「交響的大蛇」であったろうと思う事はおおよそ私には想像に難くなく、うまいことを言うなと。
 そんなわけで、ブルックナーは、楽曲分析なんて面白そうで、やはりそれなりにブルックナーの霊感をより身近に感じることができるのだろうと思うけど、この曲も含めて大自然の中のように聴き所が延々続くブルックナーには、アルプスの登山で、「この山々はアフリカ大陸がヨーロッパ大陸へ衝突したことで、白亜紀にテーチス海で堆積した地層が圧縮され盛り上がって出来た」なんてことを考えながら、足下の岩肌や自生する植物を採取観察しながら上るのも一興ではあるけども、純粋に景色を楽しんではどうだろう。
 この曲は、聴けば聴くほどアルプスの大自然の中にたたずむ古城や教会などが、まるでメルヘンの絵本をめくるように現れる気分になってくる。
 実際、萌える木々の緑のような分厚い弦に、聳える稜線のような金管楽器に打楽器。そして鳥のさえずりのような木管楽器、「神奈川フィルの音楽案内」で前ヴィオラの首席の柳瀬さんが言っているように、第2楽章のヴィオラの歌う旋律のロマンティックで美しいことといったら。

 この曲の出会いは実はベームとウィーン・フィルの録音だった、件のU野さんが「本当は別の人がいいけど、録音もいいし、これも結構聴けるよ」的な推薦をしていたので購入、でもこのぶっきらぼうな取っつきにくさに交響曲第4番「ロマンティック」山は遭難の憂き目に遭ったわけで、その後にU野さんのミソクソに言うカラヤンも途中で遭難、ハイティンクもケンペもダメで、クーベリックもなんだかのびきったラーメンのよう。メータはロスがスター・ウォーズ的な音がして登山の気力をなくしてしまった。(これらは今聴くとなかなかなんだけどね)
 で、その時出たのがこのブロムシュテット盤。冒頭から美しかった、そして雄大でスマートで、神秘的で。これで一発開眼した私は、その数年後にこのコンビの解消直前か解消直後に来日したコンサートで金管の強奏に決して負けない、それこそオルガンのペダルのような分厚く圧倒的に響く弦の威力と凄い音量でありながら決して瑞々しいニュアンスを失わない管楽器群にすっかり魂を奪われて、4楽章の最後で感動のあまり本当に震えが来て、目眩がして、不覚にも演奏直後に真っ先に、いの一番に手を叩くという失態をした苦い経験があって、それ以来この演奏で「ロマンティック」山制覇をした私はその後なんどこの山に登った事だろう。
 正直に告白すると、今でもこの曲の録音では、たとえブロムシュテットゲヴァントハウスでより深い演奏をしようが、サンフランシスコでスペクタキュラーな演奏をしようが、なんと言ってもオケの威力が絶大なこの演奏が私の「オンリー・ワン」であり続けておるのです。やっぱりブルックナーは景色がよくないと。

 ところで、この曲に関してブルックナーは言っている。

 「中世の町-暁の時刻-朝を告げる合図が町の塔からひびいてくる。城門はあけられ,立派な馬にまたがって騎士たちは,野外へと駆って出る。美しい森が彼らを受け入れ,森はささやき鳥は歌う,みごとなロマンティックな情景である」

 と言うことは大自然に囲まれた高原ではなく、中世ヨーロッパの城塞都市ではないか。
 そして昨今驚いたことに、この曲の作曲者の意向を無視して響きをワーグナー風に変えて、大胆なカットを施してある、噴飯物の改悪版であるとされていた「シャルク・レーヴェ改訂版」がベンジャミン・コースヴェットという学者の話ではブルックナー本人の全面監修の元に行われていて、そこにはブルックナーの意思が確かに反映されていたと言うことも判明してきて、と言うことは、今まで私がこれこそブルックナー本人の最終的な意思に一番近いと思っていた、たぶん一番録音が多い版であろうノヴァーク版第2稿1878/80年版が実はブルックナーの最終的な意思とは違うと言うことになる。
 この曲の大成功した初演時の楽譜はこの噴飯物の改悪版であるとされていた「シャルク・レーヴェ改訂版」だった。ワーグナーの「パルシファル」初演の前年、死の2年前、ブラームス第4交響曲の3年前の話。
 他の交響曲から感じるようなブルックナーらしさを感じるのはブロムシュテットがこの録音で演奏している「ノヴァーク版第2稿1878/80年版」だと思うのだけど、でも試しに久々に「シャルク・レーヴェ改訂版」のクナッパーツブッシュを聴いてみたら響きがやっぱり違うけども、ブルックナーのイメージの言葉に近いのはこっちかななんて思ったりして。
c0021859_2224302.gif で、そのあたりを今度「シャルク・レーヴェ改訂版」をもう少し整理改訂した「コースヴェット版」の演奏もヴァンスかとミネソタ管弦楽団で聴いてみたらば、これがどうもクナッパーツブッシュには到底及ばないスケールの小ささは、U野さんの言いたいことは今頃になってわかる。 

 でも、こんなふうに、ブルックナーの曲は幾つかの楽譜が出版されていて微妙に、また大胆に違っていて、登山道の整備状態の変遷で魅力が失われたり、新たな発見があったりというのはますます登山に似ていて、1曲で2度も3度も楽しかったりする。
 もう10年以上前になるはずだけど、前音楽監督のシュナイト指揮でこの曲の超名演をした神奈川フィルなんだけど、シュナイトさんの演奏が、確か公式プログラムには「ハース版」と書かれていたのだけど、「シャルク・レーヴェ改訂版」のアイディアも多少聴き取れたりして、それがあの演奏を好きになれなかった理由だったんだけど、今になってもう一回聴きたいけどそれはかなわないんだよね。

by yurikamome122 | 2015-09-16 22:29 | 今日の1曲 | Comments(2)

石丸寛を覚えています?。ブラームスの交響曲第4番の演奏から

c0021859_16554492.jpg 石丸寛なんて言う指揮者、知っている人はどれくらいいるのだろう。ここ数年話題に上ったのを聞いたことがない気がする。
 その人の指揮したブラームスの交響曲第4番は、聴く度になんだかわからないけど、私自身の理性に反して胸の奥からこみ上げる物が、そして目の前がにじんでくる演奏。

 ブラームスの第4交響曲は、この曲を作曲された頃はあまり用いられない教会音楽の音階や終楽章で、シャコンヌというバロックの手法を用い、晩年の達観した枯淡の境地をにじませる音楽であるとか(この時期、メンデルスゾーンのバッハ再発見に端を発するバッハ回帰の嵐が吹き荒れていたときと言うのは注意する必要があるかもしれない。ブラームス自身、クララ・シューマンから送られたバッハ全集の第1巻から熱心に研究し、現在ウィーン楽友協会の資料室に残っている彼が用いたバッハ全集の楽譜には相当量の書き込みがされているのはその様子がうかがえる)、作曲されたその時期に友人知人を立て続けに失った、その寂しさの中で作曲されたので、その境地が現れているとか、大体よく語られるこの曲のプロフィールなのだと思う。
 でも本当にそうなのだろうか?。どうもこのステレオタイプの解説は、わかったようで実は全然わからない。だいいちこの曲のあとに作曲されたヴァイオリン・ソナタなどは年齢相応の達観は感じるにしても結構情熱的だったりするじゃないか。
 そう思ってブラームスの交響曲の足跡をたどってみると、長い年月をかけて作曲された第1交響曲、その翌年に一気に書き上げた第2交響曲、でも、第3交響曲まではそれから6,7年のブランクを空けて数ヶ月で一気に書き上げた第3交響曲に、その直後に着手されて翌々年の52才で発表された第4交響曲は勿論最後の交響曲なのだけども、まだ精力的に活動をしていた初老のブラームスにはその後10年以上の時間が残されていた。
 そして、時系列で言うと第4交響曲のプロフィールとしてよく言われる親しい人を立て続けに失ったのは、実はあの伸びやかな第3交響曲の前になる。(ちなみにこの第3交響曲の作曲はライン河に面した美しい保養地、ヴィスバーデンで行われ、ブラームスはヘルミーネ・シュピースという23才年下のコントラアルトの歌手の魅力に惹かれ、彼女もまんざらでもなく、ブラームスも結婚相手として意識するほどまで発展した。そんな気分があってかあの伸びやかさにヒロイズム)

 ところで、この頃は大変羨ましいことに「絶対音楽」と「標題音楽」というとてもロマン的で魅力的な論争がドイツ、オーストリアの楽壇では盛んで、ブラームスは絶対音楽派の旗手、ワーグナーが表題音楽派の旗印として対立していたというのは割と有名な話で、とはいえ、ブラームスが30歳の時、ウィーンのジングアカデミーの指揮者に呼ばれた頃、そのウィーンでは、ワーグナーが恐らくは「トリスタンとイゾルデ」が様々なトラブルから上演がキャンセルになった代わりに「ニュルンベルクのマイスタージンガー」、「ワルキューレ」、「ラインの黄金」、「ジークフリート」のそれぞれ名シーンを併せて上演するコンサートのために来訪中で、そのパート譜を作る作業に喜々として参加している。結構ワーグナーを好意的に意識していた時期がブラームスにもあったわけだ。そして徐々に批判的になって行きつつもワーグナーの新作は上演の度に見に行っていたようだ。
 この二人の関係に興味津々なのは、ワーグナーがプロテスタントのコラールを使用しドイツの愛国心にあふれた「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を発表した翌年にブラームスはルター訳のドイツ語聖書からテキストを得た「ドイツ・レクイエム」を、ワーグナーが「ニーベルングの指環」を数十年かけて完成、上演すれば、同年にやはり20年以上かけた交響曲第1番をブラームスは発表している。キリスト教的救済をテーマにした「パルシファル」をワーグナーが上演すれば、その翌年にブラームスはヒロイックな交響曲第3番を発表。そしてその年にワーグナーが死去してブラームスは交響曲第4番。
 なんて言うのも先のプロフィールに加えても良さそうなくらいよく符合しているのだけどどうだろう。と言うのは、ワーグナーの死去に際して、ブラームスが追悼のために月桂冠を贈っている。それに対してワーグナーが大指揮者ハンス・フォン・ビューローから寝取った奥さんのコジマが対応に戸惑ったと言う話もある。
 この曲のプロフィールにといえば、 イケベエこと池辺晋一郎がバッハやモーツァルトを、勿論シューマンもだけど激しく意識するブラームスが作った4つの交響曲の調性が、それぞれハ長調‐ニ長調‐ヘ長調‐ホ短調、C-D-F-Eであるのがモーツァルトの最後の第41交響曲「ジュピター」の第4楽章のジュピター音型で、シューマンの4つの交響曲もそれぞれの1度下の音でB-C-Es-Dであると言うのは偶然ではないに違いないということを言っている。とすれば、ブラームス自身この交響曲を最後だと思って作っていたのだろうか。

 そんなわけで、同時代に活躍したワーグナーやマーラーのように大言壮語で天地を語でもなく、ブルックナーのように宗教に軸足を置くでもなく(ブラームス自身、プロテスタントでありつつ「自分は無宗教」などと言っていたようだ)あくまで人間目線での音楽だった。
 詰まるところ、恐らくはこの曲に対してよく言われるようなエピソードは、多少なりとも作品に影響しているかもしれないけども、たぶん作曲の直接の動機としてはあまり的を射ていない気がしないでもない。
 先に紹介したこの頃定期的に出版されていたバッハ全集で、この曲をまさに作曲していたときに、終楽章のパッサカリアで使った動機の元ネタであるバッハのカンタータ1 5 0 番 「 主よ 、 われ汝を求む 」が掲載された号が出版された時期と重なっているのは興味深くもある。
 というわけで、むしろこの曲は、まさにこの曲を作曲したその当時のブラームスの作曲技法の粋を集めたブラームスの知性の結集で、ブラームスが自分のその時持っていた作曲技法を最大限に発揮するため、いや発揮した結果この曲になったという方が当たっている気がしなくもない。

 というわけで、この曲を理解しようと思うなら、ここで必要なのはたぶん楽曲分析なのかもしれない。
 数あるこの曲に関する言及で、多くが語られているので、しかも文章だけでここに記するのは恐らくは意味を持つとも思えないのだけども、個人的にこの曲の核心と信じて疑わない第4楽章のみを若干言及させてもらうと、以下のようになる。

 先ずは全体的な構成として、この曲の第1楽章から「第1楽章・急-第2楽章・緩-第3楽章(スケルツォ)急-第4楽章・急」という楽章構成のこの曲で、実は第4楽章の構成が「急(提示部、テーマの提示から第11変奏までが第1楽章に相当)-緩(木管楽器で穏やかに奏でられる寂寥感味満ちた部分、第4楽章の中ではやはり提示部となり第12変奏から第15変奏までが第2楽章に相当)-急(スケルツォに相当する、静かなところから突然強烈にパッサカリアのテーマが出てくるので再現部かと勘違いしやすいけども第4楽章の中では展開部に当たる第16変奏から第23変奏)-急(第4楽章の中では再現部に当たる第24変奏から第30変奏)-終結部と言うように交響曲の中に第4楽章だけで交響曲の内容を含む「入れ子」になっている。
 この楽章は私なんぞがどうこう言うのは大変僭越なのだけども、どこをとっても素晴らしく緻密。
 でも圧巻は展開部の途中テンポの速い静かな、弱音で弦と木管の刻みで曲が進んだ直後、フォルテの指示がある展開部の終結の第23変奏以降、運命の怒濤の中で冷酷に鳴り響くホルンのパッサカリアのテーマの絶望的な響き、そして第24変奏の再現部に入りティンパニの強打と弦楽器、金管楽器によるパッサカリアのテーマのどうにもならない絶望的な、圧倒的な運命の鉄拳。そして第25変奏以降の運命がガラガラと音を立てて崩れていきそうな弦のトレモロ、そして第27変奏の全盛期を回想するかのような優しい響きには第1楽章のあのため息が盛り込まれている。
 そして更に様々変奏をしながら、今日は終結に向かい短調のまま曲を閉じる。

 そんなふうに、感情移入をできるだけ避けて、この曲を音や響きの綾、流れ、変幻自在な表情の手練手管を味わい、どっぷり浸かってみようとこの曲を感じていながら、でもこの曲から感じる強烈な加齢臭と情熱を漲らせた怒りすら感じるような無念さを感じずにはいられない演奏が自分の中ではこの曲のオンリー・ワンの演奏になっている。それがこの石丸寛指揮、九州交響楽団の演奏。
 専門家ではない私には、結構表情が恣意的な味付けがないでは無い気がするこの演奏が、それが全然気に障らないというか、そんなことよりもこの曲を聴いていてもう1楽章の途中から胸が詰まり泣けてくるのはナンなのだろう。
 先に挙げた肝心要の第4楽章のあの部分などはカラヤンがベルリン・フィルと最後に入れたDGの正規版が凄まじさでもパートの音色でも自分には一番しっくりくるのだけど、それでも、ゴールドブレンド・コンサートで日本中のアマオケばかり振っていた(失礼)いまいちスターとは言い難い日本人の指揮者の指揮者が九州のオケを振ったこの演奏は感銘深いのです。
 既に癌に蝕まれて満身創痍の状態で指揮台に上がった演奏会などという話はいくらでもついてくるのだけど、そんなことよりも、ブラームスがその時の作曲技法を全身全霊でつぎ込んだこの曲に、恐らくはブラームスと同じくらいの覚悟でこの曲に立ち向かった演奏なのかも知れない。
 プロの音楽家や評論家ならもっといろいろ書けるのだろうけど、この演奏を聴いて、多々この曲が素晴らしいとしか言えない自分が悔しい、そう思いつつも、この演奏の録音でこの曲が今部屋に満ちて、それを聴いて胸を詰まらせる事ができることに感謝をしないと。

by yurikamome122 | 2015-09-10 16:56 | 今日の1曲 | Comments(0)