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1級建築士受験参考資料 学科Ⅴ「施工」 民間連合協定「工事請負契約約款」①

工事契約の約束事(民間連合協定「工事請負契約約款」)

第1条 総則
(1)施主とゼネコンは平等で決まりを守って信じ合って契約書とこの約款と設計図書(現場説明書と質問回答書を含む)の通りにちゃんと工事をします。

(5)施主は、ゼネコンや設計事務所が、なんでそう設計したのか質問や説明の内容を見たいといったら見せてあげる。

第3条 関連している工事の調整
(1)施主は、他に人に頼んだ他の工事がその工事に影響するときは、ちゃんと調整をしなさい。そして,ゼネコンも他の工事の協力をしなさい。

第4条 請負代金内訳書、工程表
ゼネコンは契約が済んだらすぐに請負代金内訳書と工程表を監理者に出して、請負代金内訳書は、監理者に承認をしてもらいなさい。

第5条 一括下請けの禁止
ゼネコンは工事の全部やほとんどの部分を他の会社に丸投げをしてはいけません。
だけど、アパート、マンションなどの共同住宅を除いて、誰に頼むか紙に書いて施主がいいよと言えばいいです。

第7条 特許権などの使用
ゼネコンが誰かの特許権、意匠権、商標権があるものを使うときは、その責任は(材料を買ってきた)ゼネコンが負いなさい。
だけど、特許権などがあるってゼネコンが知らなかったし、設計図書に特許権などがあるって書いていないものを施主が「使いなさい」といったときは、(しょうがないので)責任をとらなくてもいい。

第9条 監理者
(1)監理者は、監理契約に書なくても、施主の代わりに次の処理をしなさい。
b.ゼネコンから出された質問状を専門的によく考えて答える。
(3)施主とゼネコンは、契約で特に何かなければ、施主とゼネコンの話し合いは原則監理者を通すか立ち会いでやる。

第10条 現場代理人、監理技術者など
(1)ゼネコンは工事の専門家の監理技術者か主任技術者を誰か決めて、名前を施主にちゃんと紙に書いて知らせる。
(2)ゼネコンは現場代理人を決めたときは施主に名前を紙に書いて知らせる。
(3)現場代理人は契約した工事の「金と工期」以外は決められる。
(5)現場代理人は主任技術者、監理技術者も兼ねることができる。

by yurikamome122 | 2015-12-07 09:49 | おぼえがき

ベートーヴェン「第9への道」第5回 ベートーヴェン作曲、歌劇「レオノーレ」第3幕最終場面

c0021859_533287.gif 歌劇「レオノーレ」というのは「フィデリオ」の第1稿のこと。
 ベートーヴェンが35才、ア・デア・ウィーン劇場に住んでいる時に作ったけどナポレオンがウィーンに攻めてきたためドイツ語のわかる聴衆が誰もいなくなり、フランス人の前での初演だったため言葉もわからず大失敗となってしまった。現在の第3稿になるまで以降10年近くも試行錯誤を繰り返すハメになる。
 これも今となっては「喜びの歌」と日本で言われている、昨日の歌曲「友情の喜び」同様あの例の歌曲「相愛」でも扱ったパリのコミック・オペラのあのメロディを再び扱う。
 歌詞は以下の通り。

 Tyrannenstrenge sei mir fern.
   暴君の厳格さは私の欲するところではない。
 Es sucht der Bruder seine Brüder,
   兄弟が兄弟を求めて、
 Und kann er helfen, hilft er gern.
   救うために喜んで来たのだ。

 Wer ein holdes Weib errungen,
   やさしき妻をもつ者は、
 stimm in unsern Jubel ein!
   われらの歓呼に声を合わせよ。

 合唱で歌われる最後の2行はどこかで聞いたことがある。
 筋はいたって面白くない。
 拘留された政治犯の夫を救い出そうと妻が男の姿(なんで男装という発想になるのかよくわからないけど)になって刑務所に職員として潜り込む。そうこうしているうちに公明正大な偉い人がラッパとともにやってきて、役人の不正が暴かれ夫は釈放されるというもの。
 実は夫も妻もオロオロするだけでなにもやっていない。解決したのはラッパとともにやってきた公明正大な偉い人。
 まるで「水戸黄門」のように悪い小役人が御上に裁かれる。「お天道様はいつも見ている」的しょうもない内容。
 だけどこのオペラ、フランス革命などをまさについさっき通り過ぎた激動のヨーロッパらしく、これほど直截な政治的な事柄を扱ったオペラというのはひょっとして初めてなのではないだろうか。モーツァルトの「フィガロ」でさえ体制批判と言われた時代がそう遠くではないあの時代に、政治犯の夫を助け出すというのは結構大胆な筋だと思う。
 現代日本で時代劇が根強く生き残っているので案外ちょんまげ時代劇風の演出は日本でうけるのかも知れない。
 でも、実はベートーヴェンが讃えているのは「お天道様」ではなくってこの夫婦なのではないのだろうか。
 必ずしもそうではなかったとはいえ、ベートーヴェンにとってはあまり良いとは言えなかった家庭に育った彼は案外「自由」「平等」「博愛」とともに、もっと強く「あたたかな幸福な家庭」に憧れてた気がしないでもない。
 演奏は、1814年版の最終稿「フィデリオ」でもいいのだけど、このフィナーレは実は第1稿から大きく書き換えられているので、さんざん渋って書き換えさせられた第3稿「フィデリオ」ではなくて初演版の「レオノーレ」をブロムシュテット指揮、ドレスデン国立歌劇場の面々で。
 ただ実際はここで演奏されている「レオノーレ」が初演版かどうかは疑わしいかも知れない。いろいろな人の手の入った楽譜で可能性があるのはガーディナーが言っている。
 でも、若きブロムシュテットのスマートで洗練された溌剌とした演奏が、伝統を感じるドレスデンの歌劇場を率いて颯爽とやっているのは聴いていて楽しい。
 そして、ブロムシュテット唯一のオペラの録音。彼は体質的にオペラが合わないらしいのはドレスデンでブロムシュテットの同僚だった若杉弘さんが言っていた。

by yurikamome122 | 2015-12-06 23:59 | 今日の1曲

ベートーヴェン「第9への道」第4回 ベートーヴェン作曲、歌曲「友情の喜び」 Op. 88

c0021859_4403248.gif EU国歌であるあの「第9」のメロディーは、なにも「第9」の専売特許ではなく、先の「相愛」WoO.118を皮切りにベートーヴェンの作品で度々登場することになる。
 「オリーヴ山のキリスト」やオペラ、クロイツェル・ソナタなんかをガンガン創り、だんだん作曲家として華々しくなってきた1803年頃、あのアン・デア・ウィーン劇場内の2階の一部屋に住み始めたベートーヴェンは、パリのピアノ制作者セバスチャン・エラールからピアノが届けられた。
 そのころの歌曲で「友情の喜び」というのがあって、それがベートーヴェンがボン時代に親しんだというあの第1回で取り上げた例の歌曲「相愛」WoO.118でも扱ったパリのコミック・オペラのメロディを再び扱う。
 どうも「みんなで」とか「博愛」とかそう言ったものにこのメロディーというのはもうベートーヴェンの中では定番になっていたようだ。

 これが更に進むのは明日のネタなので今日は触れない。
 ワルター・オルベルツのピアノ伴奏でペーター・シュライアーの歌しか持っていないのです。

by yurikamome122 | 2015-12-05 17:00 | 今日の1曲

ベートーヴェン「第9への道」第3回 ベートーヴェン作曲、ピアノ・ソナタ第 17 番 ニ短調 Op.31/2

c0021859_6383784.gif ベートーヴェンが「第9」を作曲するまでの彼の中で様々なあの曲の萌芽を辿る試み第3回。
 この作品も第2交響曲と同じ1802年の作品。このピアノ・ソナタは第1楽章にペダルを踏んだまま弾くレチタティーヴォの部分がある。これが「第9」の器楽レチタティーヴォの先駆けとなっていると言うことらしい。演奏はオピッツで聴いてみる。
 曲の始まりでペダルを踏んだままで何かを探るような不気味な響きで和音が響く、もうここであの「第9」の4楽章の冒頭を連想してしまう。
 そして再現部の冒頭にペダルを踏んだまま弾くレチタティーヴォがあるというわけ。
 オピッツの澄んだタッチの力強い響きが胸の奥に響く。
 そういえば、ピアノ・ソナタでは第8番「悲愴」で2楽章にはここでも「第9」の第3楽章の芽が聴かれる。

by yurikamome122 | 2015-12-04 23:59 | 今日の1曲

ベートーヴェン「第9への道」第2回 クレンペラー指揮でベートーヴェン作曲、交響曲第2番ニ長調Op.36

 この第2交響曲は1802年、ベートーヴェン32才の作品。その頃彼はウィーンにあってだんだん作曲家として認められつつあって私生活も華やかさを増して来つつあり、上げ潮基調のなか突然耳の発作に見舞われる。そして例のハイリゲンシュタットの遺書を書く。
 この曲の第1楽章には序奏の部分にニ短調の主和音がアルペジオで下降する部分は「第9」の予感がここにも見えると言うことらしいのはWikiに書いてある。
 そして主部に入っても「第9」1楽章の主題が出てくるというわけ。
 で、またやはりWikiによれば交響曲に始めて導入したスケルツォ楽章のトリオが「第9」のスケルツォ楽章のトリオに酷似とのこと。
 クレンペラー指揮のニュー・フィルハーモニア管弦楽団とティーレマン指揮のVPOのyoutubeをはめ込んでおくので各自お聴きになりお試しあれ。
 この映像には在りし日の大指揮者、オットー・クレンペラーが若きベートーベンのこの曲をとてつもない巨大スケールで驚くほど雄大に演奏している。
 クレンペラーの指揮のジェスチャーがなんだかもうナントモなのは晩年のベーム以上かも知れないけれども、ともかく凄い。オーケストラの面々も心なしか幸せそうに見える。



 こちらがティーレマン。

by yurikamome122 | 2015-12-03 21:56 | 今日の1曲

ベートーヴェン「第9への道」第1回 ベートーヴェン作曲、歌曲「相愛」WoO.118

c0021859_5413264.gif ベートーヴェンの「第9」のあの詩に出会ったのがまだ10代の1789年、フランス革命の年。彼の本拠地がまだボンのパン屋の上で、母の死の翌々年。そして第9交響曲の完成が1824年だから既に54歳、彼が57歳で亡くなったのが1827年なので彼の音楽人生のほとんどがこのシラーの詩と関わり合っていた一生だったりするのかも知れない。
 その足跡を辿ってみる
 先ずは1795年発表の歌曲「相愛」WoO.118。
 作詞は1700年代中盤から後半に活躍したドイツの詩人、ゴットフリード・アウグスト・ビュルガー。愛をなくした嘆き、そして「相愛」への憧れを歌ったこの曲は、後半相愛への憧れを歌う場面で「合唱幻想曲」のあの「第9」によく似たメロディーが出てくる。
 この曲の詩も「第9」の萌芽を感じるものだし、ここいらへんがあのメロディーの始まりなのかも知れない。
 ところで、その「第9」に似たちょっとヘンテコなこのメロディーはベートーヴェンがシラーのあの詩に出会ったボン大学の聴講生だった頃によく聴いたフランスオペラコミックの中で結構何度も出てくるメロディから取ったらしい。どうりでチャチでヘンテコだと思ったら。
 で、このメロディが使われていた場面というのが、大勢の人間で何かを共に成し遂げようとか、喜びを分かち合おうというシーンだったらしい。
 ベートーヴェンがハイドンへの弟子入りのためウィーンへ出て3年後、ピアノ協奏曲(第2番)などをひっさげてブルク劇場へ演奏家としてデビューをした年の作品でありました。
 ペーター・シュライアーのテノールとワルター・オルベルツのピアノで。

 歌なしのyoutubeはこちら。メロディーだけでもお聴きあれ。
(なぜか先にWoO116が出てきてしまうのだけど、その次に聞けます)

by yurikamome122 | 2015-12-02 17:45 | 今日の1曲

ベーム指揮、ウィーン・フィル他でベートーヴェン作曲、交響曲第9番(80)

c0021859_17451944.jpg モダン楽器での「第9」は、作曲された当時の古い楽器を使ったもの、誰もがお約束のように言う「ベーレンライター」の楽譜を使う事が主流になっている今となっては賞味期限切れの印象がないではないのだけれども、でも改めてベルリンのカラヤン、ウィーンのベームと並び称されたカール・ベームの死の直前演奏を聴いてみた。
 オケは勿論ベームが連れてきたコンマスのゲルハルト・ヘッツェルを初めとするウィーン・フィル、合唱は国立歌劇場合唱団にジェシー・ノーマンはたぶん全盛期だったんじゃないのかな、それにファスベンダーとドミンゴ、ベームではお馴染みのワルター・ベリーという面々。
 演奏はと言うと、ウィーン・フィルの、70年代から80年代のウィーン・フィルの響き、綺麗ばかりではない猛々しくも無骨な音楽がピンと張り詰めた緊張感を伴って音の綾が紡がれるように旋律が絡み合う中に描かれる世界観は強力な説得力があった。
 なんだろうね、この懐かしくも垢抜けない表情の荒々しい厳しさと、どんどん吸い込まれて静寂の中浄化されてゆくような奥深さの表現の幅の広さは音楽の懐の深さ。
 ベーム本人が自覚していたかどうかはわからないけれど、もうすぐこの世を去る老指揮者が、もう彼の日常になりつつある静寂の支配する彼岸の清澄な突き抜けた世界を音で見せてくれている気がしてくる。
 一連のベームの晩年の録音は、「老害ベームの、よせばいいのに偏屈頑固ジジイの独りよがり」、「手綱の緩んだポンコツ」なんて私は言っていて、全く違う。あの頃は私はいったい何を聴いていたのだろう。そんなこと言った自分の方がよっぽど・・・・・・
 スマートでもないし、どんくさいし、どっちかと言えば田舎くさいイケてない演奏の部類に属する気がするのだけど、特に第2楽章、そして第3楽章の素晴らしく魅力的なことと言ったら。
 な説得力の前では唯々スピーカーから流れてくる音楽に引き込まれて、虜にされてしまうのでした。

 明日から毎日欠かさず10年ぐらい続けていた以前のブログで2012年の12月に入ってシリーズ化した【「第9」への道】を再掲。
 フリーランスになって、自分の部屋で作業をしながら、勉強をしながら、たまにはじっくり音楽を聴ける環境ができたので、ベートーヴェンのボン時代からの晩年の作品である「第9」の頃までこの曲がベートーヴェンの成長と共にどうあったのかを改めて辿ってみたくなったワケです。

by yurikamome122 | 2015-12-01 17:46 | 今日の1曲