金田式DACがやってきた

 金田式DACがやってきた。DACチップはTexas InstrumentsのPCM1794、I/V変換はもちろんこれがウリだけど金田式DCアンプ。c0021859_15565635.jpg
 パーツは全てオリジナルの指示通り、純正に近い金田式。
 今まで使っていたのは某オーディオショップのキットで、DACチップはWolfson WM8740で、I/V変換はTexas InstrumentsのLME49710だったものを安井テイストのシンプルなものに変更して改造している。安井テイストのI/V変換回路は、MJ誌11月号に安井先生が御自ら紹介しておられるもので、回路図のみ勝手に転載。もちろん安井先生の設計です。
 なんで私がそれを使っていたかと言えば、安井先生から少し前に直接おわけ頂いたからに他ならないわけで、盗作でも何でもありません。
 先ずはそのままの聴き比べ、金田式と言えば泣く子も黙るので大変楽しみであった。
 音出しの瞬間、先ずは押し出しの強い、パンチのある豪快な音になるほどと思いながら聞いていると、スピーカーから音が飛び出すような躍動感も聴けてとにかく迫力が凄い。
 が、しかし音が名人のチャーハンのように一粒一粒立っていない。シューマンのあの奇っ怪なオーケストレーションの豪快に鳴るオーケストラの中で弦や管をなぞっている木管が明確にきこえてこない。そしてピアノタッチがキーンと立っていない。アムステルダムのコンセルトヘボウ大ホールで残響の中に融けるように優雅に響くはずの弦のヴィヴラートがきこえない。
 そして、拍手が拡がらない。改造DACできこえた空気感がやや薄いのですよ。(当社比)
 再び改造DAC安井テイストに戻してみると、結構これはこれで豪快ではないかと。なぜ金田式の方が豪快に聞こえたかは押し出しが強く、音が前に出てきたからで、安井テイストは個々の音と空気がそこにあるように鳴るので大きな音が鳴ってもうるさくはないし、迫ってくると言うよりはリアリティーがある。
c0021859_15581933.jpg 改造DACは電源もI/V変換回路も全てNON-NFBであることも影響があるとは思うけど、でもこの安井テイストのI/V変換回路を導入する前は先にあるとおりのOP-AMPで、様々実験でノイズ対策を施していたのだけど、もう少しいろいろな音が聞こえていた。
 OP-AMPでも結構イケると言うことを実感。(当社比)
 そして、先ずはノイズ対策であることも実感。 c0021859_15595471.jpg

# by yurikamome122 | 2015-10-26 16:01 | オーディオ

美しすぎる響き、ブロムシュテット指揮、シュターツカペレ・ドレスデンでブルックナーの4番を

c0021859_22195760.jpg 「ブルックナーは9曲の同じ曲を作った」と言うのは誰が言ったのか忘れたけども、「千と一つの子守歌」(「一つの子守歌」はもちろん「ブラームスの子守歌」)を書いたと言われるブラームスが「交響的大蛇」と宣ったブルックナーの交響曲、ナルホドナと思う。
 ブルックナーの交響曲第8番の初演(1892年12月)後に曲の感想を直接求められたブラームスは、「ブルックナーさん、あなたの交響曲は私にはわかりません」、するとブルックナーも「私もあなたの交響曲について同感です」、と応じたとのこと。
 でも、いろいろな本を読んでみると、多分にユダヤ人を含む「金持ち、知識階級」対科学技術の利用や社会の合理化や中央集権化を推し進めて社会の近代化をリードしてきた「自由義的な教養市民層」の争いに巻き込まれ利用されていたフシがないでは無い気がする、その当時に盛んだった、「絶対音楽」対「標題音楽」の戦いに関しては、ブルックナーはワーグナーに心酔していたため「標題音楽」陣営とみられていたのだけど、彼の音楽は「絶対音楽」ではないのか?。(もっともこの曲はブルックナー自身手紙で「ロマンティック交響曲」と書いていたように、それなりのイメージはハッキリ持っていたようだ)

 ブルックナーがベートーヴェンが第9を、シューベルトが「死と乙女」を作曲していた1824年に生まれたとか、ベートーヴェンやシューベルトの影響を強く感じる独墺の流れの中にあること、そして教会のオルガニストだった生まれや育ち、教会との関わりや彼の作曲した初めての長調の曲であると同時に唯一作曲者自身が説明書きを付けた曲だとか、また混乱を招きやすい版の問題も含めたこの曲の出で立ち、「原始霧」や「ブルックナーリズム」、持続低音を多用する曲のアウトラインやなどは、もう語り尽くされた感もあるし、それでもなお語りたくなる話でもあるわけだけど、この「交響的大蛇」は取っつきが悪いのです。
 平面的に拡がりながらゆっくり盛り上がるブルックナーの曲は長いし、ぶっきらぼうだし、繰り返しが多いし、特にこの曲は金管の活躍が目立って、そしてブルックナーではいつも語られる宗教性なんて物を持ち出されると、いつもは宗教を意識しない日本人にはなおさらのこと敷居が高くなってしまう。そんなブルックナーの曲を「逍遙」と言った人もいたけど、逍遙なんて言ったって。。。。
 今から30年くらい前の話、ブルックナーの交響曲全集がヨッフムがバイエルンの放送局のオケとベルリン・フィルで入れたものと、ウィーン・フィルのブルックナー全集というのがあって、そんなのは一人の指揮者ではなく、一つのオケをいろいろな人が振ったという異色のコンセプト、あとはカラヤンとバレンボイムが進行中で、今では結構普通に手に入るハイティンクのものが廃盤、あ、そうそう、朝比奈さんも出していた。カタログにはそれくらいしかなかったんじゃないかな。
 なにせ、4番と7番、9番、それに8番あたりまで語れたらもうブルックナーの専門家と言われそうな時代だった時にU野さんという人がブルックナーの魅力をさんざん書きまくり、語りまくり、クナッパーツブッシュやシューリヒトなんて薦めたもんだから、録音は悪いし、語り口は古くさいし、とにかく彼の薦めるブルックナーは私には暇だった。

 でも実際、ブルックナーの交響曲の魅力は、まさにこの取っつきにくさの原因かも知れない「長さ」、そしてやたらと多い「繰り返し」、そして「リズム」。
 「原始霧」から始まる音楽は、大概は多少厳しさや聳えるような雰囲気を出しているのは、神奈川フィルの前音楽監督のシュナイトさんが「ブルックナーはアンスフェルデンと言うところで生まれて、アルプスの見えるところだ。そのアルプスは日本のような優しい森ではなく峻厳な岩や氷がむき出しの冷たいものである」と言うようなことをブルックナーのコンサートで言っていたけども、それも影響しているのかも知れない。
 主題の提示からして、というか初めのメロディーからして既にたたずんだ森の中の風で次々表情を変える木々や草花のようにのように微妙に、そして絶妙に休むことなく表情を変えていく。実際、交響曲第4番で私が初めて感動した演奏のブロムシュテットとドレスデンのシュターツカペレの演奏は第2主題が出てくるまで様々な音色の変化があって、それがまた聴き惚れるのだけど、曲が始まって第2主題にたどり着くまで1分30秒くらいかかっている。15秒のCMが6本終わる長さ。でもそこにはたっぷりと情景が詰まっていてそれはもう。
 そして山々に響く木霊のように、またベートーヴェンの「田園」の、小林研一郎が言うところの果てしなく続く田園風景のような短いフレーズの繰り返しが、時に原始的な神秘を感じさせて、また違う場面では幸福な景色の雄大さを、またあるときは、土俗的な力強さになる。
 初めて聴けば、次々変化する長大な音楽は、初めて登る山の登山のような苦痛と息切れを感じるかも知れないけども、二度目の登山は一回目では気付かなかった様々な絶景に目を奪われることになる。これこそまさにブルックナーの魅力11曲あるブルックナーの交響曲はブルックナー11名山の登山を楽しめるというわけ。
 様々な場面で宇宙の鳴動のような分厚いオーケストラの全奏やスペクタキュラーな音楽の展開は、これはもう神々しさまで感じてしまう。
 人々が、連休にはこぞって高原の温泉付きの保養地に出かけるように、ブルックナーに開眼した人はブルックナーの音楽を、響きを欲しくなってしまう。
 フーゴー・ヴォルフなんて「ブルックナーの交響曲は、どちらかといえば美的価値の低いような作品であっても、それはチンボラソ山(海抜ではエベレストよりも高い山、すなわち世界一)のごとくであり、それに比べればブラームスの交響曲などモグラの盛り土に等しい」なんて言っている。
 でも、ブラームスのように緻密な部品を組み合わせたような技とベートーヴェン以来の、恐らくは「田園」ではなく「運命」の伝統を融合させたレンガ造りのドッシリとした建物のような音楽を作るブラームスには、長く、微妙な変化でベートーヴェンの「田園」の第1楽章のような短いフレーズの繰り返しがあって、そしてフレーズがウネウネうねっているようなブルックナーの音楽はまさに「交響的大蛇」であったろうと思う事はおおよそ私には想像に難くなく、うまいことを言うなと。
 そんなわけで、ブルックナーは、楽曲分析なんて面白そうで、やはりそれなりにブルックナーの霊感をより身近に感じることができるのだろうと思うけど、この曲も含めて大自然の中のように聴き所が延々続くブルックナーには、アルプスの登山で、「この山々はアフリカ大陸がヨーロッパ大陸へ衝突したことで、白亜紀にテーチス海で堆積した地層が圧縮され盛り上がって出来た」なんてことを考えながら、足下の岩肌や自生する植物を採取観察しながら上るのも一興ではあるけども、純粋に景色を楽しんではどうだろう。
 この曲は、聴けば聴くほどアルプスの大自然の中にたたずむ古城や教会などが、まるでメルヘンの絵本をめくるように現れる気分になってくる。
 実際、萌える木々の緑のような分厚い弦に、聳える稜線のような金管楽器に打楽器。そして鳥のさえずりのような木管楽器、「神奈川フィルの音楽案内」で前ヴィオラの首席の柳瀬さんが言っているように、第2楽章のヴィオラの歌う旋律のロマンティックで美しいことといったら。

 この曲の出会いは実はベームとウィーン・フィルの録音だった、件のU野さんが「本当は別の人がいいけど、録音もいいし、これも結構聴けるよ」的な推薦をしていたので購入、でもこのぶっきらぼうな取っつきにくさに交響曲第4番「ロマンティック」山は遭難の憂き目に遭ったわけで、その後にU野さんのミソクソに言うカラヤンも途中で遭難、ハイティンクもケンペもダメで、クーベリックもなんだかのびきったラーメンのよう。メータはロスがスター・ウォーズ的な音がして登山の気力をなくしてしまった。(これらは今聴くとなかなかなんだけどね)
 で、その時出たのがこのブロムシュテット盤。冒頭から美しかった、そして雄大でスマートで、神秘的で。これで一発開眼した私は、その数年後にこのコンビの解消直前か解消直後に来日したコンサートで金管の強奏に決して負けない、それこそオルガンのペダルのような分厚く圧倒的に響く弦の威力と凄い音量でありながら決して瑞々しいニュアンスを失わない管楽器群にすっかり魂を奪われて、4楽章の最後で感動のあまり本当に震えが来て、目眩がして、不覚にも演奏直後に真っ先に、いの一番に手を叩くという失態をした苦い経験があって、それ以来この演奏で「ロマンティック」山制覇をした私はその後なんどこの山に登った事だろう。
 正直に告白すると、今でもこの曲の録音では、たとえブロムシュテットゲヴァントハウスでより深い演奏をしようが、サンフランシスコでスペクタキュラーな演奏をしようが、なんと言ってもオケの威力が絶大なこの演奏が私の「オンリー・ワン」であり続けておるのです。やっぱりブルックナーは景色がよくないと。

 ところで、この曲に関してブルックナーは言っている。

 「中世の町-暁の時刻-朝を告げる合図が町の塔からひびいてくる。城門はあけられ,立派な馬にまたがって騎士たちは,野外へと駆って出る。美しい森が彼らを受け入れ,森はささやき鳥は歌う,みごとなロマンティックな情景である」

 と言うことは大自然に囲まれた高原ではなく、中世ヨーロッパの城塞都市ではないか。
 そして昨今驚いたことに、この曲の作曲者の意向を無視して響きをワーグナー風に変えて、大胆なカットを施してある、噴飯物の改悪版であるとされていた「シャルク・レーヴェ改訂版」がベンジャミン・コースヴェットという学者の話ではブルックナー本人の全面監修の元に行われていて、そこにはブルックナーの意思が確かに反映されていたと言うことも判明してきて、と言うことは、今まで私がこれこそブルックナー本人の最終的な意思に一番近いと思っていた、たぶん一番録音が多い版であろうノヴァーク版第2稿1878/80年版が実はブルックナーの最終的な意思とは違うと言うことになる。
 この曲の大成功した初演時の楽譜はこの噴飯物の改悪版であるとされていた「シャルク・レーヴェ改訂版」だった。ワーグナーの「パルシファル」初演の前年、死の2年前、ブラームス第4交響曲の3年前の話。
 他の交響曲から感じるようなブルックナーらしさを感じるのはブロムシュテットがこの録音で演奏している「ノヴァーク版第2稿1878/80年版」だと思うのだけど、でも試しに久々に「シャルク・レーヴェ改訂版」のクナッパーツブッシュを聴いてみたら響きがやっぱり違うけども、ブルックナーのイメージの言葉に近いのはこっちかななんて思ったりして。
c0021859_2224302.gif で、そのあたりを今度「シャルク・レーヴェ改訂版」をもう少し整理改訂した「コースヴェット版」の演奏もヴァンスかとミネソタ管弦楽団で聴いてみたらば、これがどうもクナッパーツブッシュには到底及ばないスケールの小ささは、U野さんの言いたいことは今頃になってわかる。 

 でも、こんなふうに、ブルックナーの曲は幾つかの楽譜が出版されていて微妙に、また大胆に違っていて、登山道の整備状態の変遷で魅力が失われたり、新たな発見があったりというのはますます登山に似ていて、1曲で2度も3度も楽しかったりする。
 もう10年以上前になるはずだけど、前音楽監督のシュナイト指揮でこの曲の超名演をした神奈川フィルなんだけど、シュナイトさんの演奏が、確か公式プログラムには「ハース版」と書かれていたのだけど、「シャルク・レーヴェ改訂版」のアイディアも多少聴き取れたりして、それがあの演奏を好きになれなかった理由だったんだけど、今になってもう一回聴きたいけどそれはかなわないんだよね。

# by yurikamome122 | 2015-09-16 22:29 | 今日の1曲

石丸寛を覚えています?。ブラームスの交響曲第4番の演奏から

c0021859_16554492.jpg 石丸寛なんて言う指揮者、知っている人はどれくらいいるのだろう。ここ数年話題に上ったのを聞いたことがない気がする。
 その人の指揮したブラームスの交響曲第4番は、聴く度になんだかわからないけど、私自身の理性に反して胸の奥からこみ上げる物が、そして目の前がにじんでくる演奏。

 ブラームスの第4交響曲は、この曲を作曲された頃はあまり用いられない教会音楽の音階や終楽章で、シャコンヌというバロックの手法を用い、晩年の達観した枯淡の境地をにじませる音楽であるとか(この時期、メンデルスゾーンのバッハ再発見に端を発するバッハ回帰の嵐が吹き荒れていたときと言うのは注意する必要があるかもしれない。ブラームス自身、クララ・シューマンから送られたバッハ全集の第1巻から熱心に研究し、現在ウィーン楽友協会の資料室に残っている彼が用いたバッハ全集の楽譜には相当量の書き込みがされているのはその様子がうかがえる)、作曲されたその時期に友人知人を立て続けに失った、その寂しさの中で作曲されたので、その境地が現れているとか、大体よく語られるこの曲のプロフィールなのだと思う。
 でも本当にそうなのだろうか?。どうもこのステレオタイプの解説は、わかったようで実は全然わからない。だいいちこの曲のあとに作曲されたヴァイオリン・ソナタなどは年齢相応の達観は感じるにしても結構情熱的だったりするじゃないか。
 そう思ってブラームスの交響曲の足跡をたどってみると、長い年月をかけて作曲された第1交響曲、その翌年に一気に書き上げた第2交響曲、でも、第3交響曲まではそれから6,7年のブランクを空けて数ヶ月で一気に書き上げた第3交響曲に、その直後に着手されて翌々年の52才で発表された第4交響曲は勿論最後の交響曲なのだけども、まだ精力的に活動をしていた初老のブラームスにはその後10年以上の時間が残されていた。
 そして、時系列で言うと第4交響曲のプロフィールとしてよく言われる親しい人を立て続けに失ったのは、実はあの伸びやかな第3交響曲の前になる。(ちなみにこの第3交響曲の作曲はライン河に面した美しい保養地、ヴィスバーデンで行われ、ブラームスはヘルミーネ・シュピースという23才年下のコントラアルトの歌手の魅力に惹かれ、彼女もまんざらでもなく、ブラームスも結婚相手として意識するほどまで発展した。そんな気分があってかあの伸びやかさにヒロイズム)

 ところで、この頃は大変羨ましいことに「絶対音楽」と「標題音楽」というとてもロマン的で魅力的な論争がドイツ、オーストリアの楽壇では盛んで、ブラームスは絶対音楽派の旗手、ワーグナーが表題音楽派の旗印として対立していたというのは割と有名な話で、とはいえ、ブラームスが30歳の時、ウィーンのジングアカデミーの指揮者に呼ばれた頃、そのウィーンでは、ワーグナーが恐らくは「トリスタンとイゾルデ」が様々なトラブルから上演がキャンセルになった代わりに「ニュルンベルクのマイスタージンガー」、「ワルキューレ」、「ラインの黄金」、「ジークフリート」のそれぞれ名シーンを併せて上演するコンサートのために来訪中で、そのパート譜を作る作業に喜々として参加している。結構ワーグナーを好意的に意識していた時期がブラームスにもあったわけだ。そして徐々に批判的になって行きつつもワーグナーの新作は上演の度に見に行っていたようだ。
 この二人の関係に興味津々なのは、ワーグナーがプロテスタントのコラールを使用しドイツの愛国心にあふれた「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を発表した翌年にブラームスはルター訳のドイツ語聖書からテキストを得た「ドイツ・レクイエム」を、ワーグナーが「ニーベルングの指環」を数十年かけて完成、上演すれば、同年にやはり20年以上かけた交響曲第1番をブラームスは発表している。キリスト教的救済をテーマにした「パルシファル」をワーグナーが上演すれば、その翌年にブラームスはヒロイックな交響曲第3番を発表。そしてその年にワーグナーが死去してブラームスは交響曲第4番。
 なんて言うのも先のプロフィールに加えても良さそうなくらいよく符合しているのだけどどうだろう。と言うのは、ワーグナーの死去に際して、ブラームスが追悼のために月桂冠を贈っている。それに対してワーグナーが大指揮者ハンス・フォン・ビューローから寝取った奥さんのコジマが対応に戸惑ったと言う話もある。
 この曲のプロフィールにといえば、 イケベエこと池辺晋一郎がバッハやモーツァルトを、勿論シューマンもだけど激しく意識するブラームスが作った4つの交響曲の調性が、それぞれハ長調‐ニ長調‐ヘ長調‐ホ短調、C-D-F-Eであるのがモーツァルトの最後の第41交響曲「ジュピター」の第4楽章のジュピター音型で、シューマンの4つの交響曲もそれぞれの1度下の音でB-C-Es-Dであると言うのは偶然ではないに違いないということを言っている。とすれば、ブラームス自身この交響曲を最後だと思って作っていたのだろうか。

 そんなわけで、同時代に活躍したワーグナーやマーラーのように大言壮語で天地を語でもなく、ブルックナーのように宗教に軸足を置くでもなく(ブラームス自身、プロテスタントでありつつ「自分は無宗教」などと言っていたようだ)あくまで人間目線での音楽だった。
 詰まるところ、恐らくはこの曲に対してよく言われるようなエピソードは、多少なりとも作品に影響しているかもしれないけども、たぶん作曲の直接の動機としてはあまり的を射ていない気がしないでもない。
 先に紹介したこの頃定期的に出版されていたバッハ全集で、この曲をまさに作曲していたときに、終楽章のパッサカリアで使った動機の元ネタであるバッハのカンタータ1 5 0 番 「 主よ 、 われ汝を求む 」が掲載された号が出版された時期と重なっているのは興味深くもある。
 というわけで、むしろこの曲は、まさにこの曲を作曲したその当時のブラームスの作曲技法の粋を集めたブラームスの知性の結集で、ブラームスが自分のその時持っていた作曲技法を最大限に発揮するため、いや発揮した結果この曲になったという方が当たっている気がしなくもない。

 というわけで、この曲を理解しようと思うなら、ここで必要なのはたぶん楽曲分析なのかもしれない。
 数あるこの曲に関する言及で、多くが語られているので、しかも文章だけでここに記するのは恐らくは意味を持つとも思えないのだけども、個人的にこの曲の核心と信じて疑わない第4楽章のみを若干言及させてもらうと、以下のようになる。

 先ずは全体的な構成として、この曲の第1楽章から「第1楽章・急-第2楽章・緩-第3楽章(スケルツォ)急-第4楽章・急」という楽章構成のこの曲で、実は第4楽章の構成が「急(提示部、テーマの提示から第11変奏までが第1楽章に相当)-緩(木管楽器で穏やかに奏でられる寂寥感味満ちた部分、第4楽章の中ではやはり提示部となり第12変奏から第15変奏までが第2楽章に相当)-急(スケルツォに相当する、静かなところから突然強烈にパッサカリアのテーマが出てくるので再現部かと勘違いしやすいけども第4楽章の中では展開部に当たる第16変奏から第23変奏)-急(第4楽章の中では再現部に当たる第24変奏から第30変奏)-終結部と言うように交響曲の中に第4楽章だけで交響曲の内容を含む「入れ子」になっている。
 この楽章は私なんぞがどうこう言うのは大変僭越なのだけども、どこをとっても素晴らしく緻密。
 でも圧巻は展開部の途中テンポの速い静かな、弱音で弦と木管の刻みで曲が進んだ直後、フォルテの指示がある展開部の終結の第23変奏以降、運命の怒濤の中で冷酷に鳴り響くホルンのパッサカリアのテーマの絶望的な響き、そして第24変奏の再現部に入りティンパニの強打と弦楽器、金管楽器によるパッサカリアのテーマのどうにもならない絶望的な、圧倒的な運命の鉄拳。そして第25変奏以降の運命がガラガラと音を立てて崩れていきそうな弦のトレモロ、そして第27変奏の全盛期を回想するかのような優しい響きには第1楽章のあのため息が盛り込まれている。
 そして更に様々変奏をしながら、今日は終結に向かい短調のまま曲を閉じる。

 そんなふうに、感情移入をできるだけ避けて、この曲を音や響きの綾、流れ、変幻自在な表情の手練手管を味わい、どっぷり浸かってみようとこの曲を感じていながら、でもこの曲から感じる強烈な加齢臭と情熱を漲らせた怒りすら感じるような無念さを感じずにはいられない演奏が自分の中ではこの曲のオンリー・ワンの演奏になっている。それがこの石丸寛指揮、九州交響楽団の演奏。
 専門家ではない私には、結構表情が恣意的な味付けがないでは無い気がするこの演奏が、それが全然気に障らないというか、そんなことよりもこの曲を聴いていてもう1楽章の途中から胸が詰まり泣けてくるのはナンなのだろう。
 先に挙げた肝心要の第4楽章のあの部分などはカラヤンがベルリン・フィルと最後に入れたDGの正規版が凄まじさでもパートの音色でも自分には一番しっくりくるのだけど、それでも、ゴールドブレンド・コンサートで日本中のアマオケばかり振っていた(失礼)いまいちスターとは言い難い日本人の指揮者の指揮者が九州のオケを振ったこの演奏は感銘深いのです。
 既に癌に蝕まれて満身創痍の状態で指揮台に上がった演奏会などという話はいくらでもついてくるのだけど、そんなことよりも、ブラームスがその時の作曲技法を全身全霊でつぎ込んだこの曲に、恐らくはブラームスと同じくらいの覚悟でこの曲に立ち向かった演奏なのかも知れない。
 プロの音楽家や評論家ならもっといろいろ書けるのだろうけど、この演奏を聴いて、多々この曲が素晴らしいとしか言えない自分が悔しい、そう思いつつも、この演奏の録音でこの曲が今部屋に満ちて、それを聴いて胸を詰まらせる事ができることに感謝をしないと。

# by yurikamome122 | 2015-09-10 16:56 | 今日の1曲

安井式アンプの試聴が横浜ベイサイドネットでできるとMJ誌9月号にあったので聴いてみる。

 安井式の最新のアンプは7月から連載しているMOS-FETを使ったバイアスを除くとたった4石のパワーアンプ。出力は20Wと小ぶりのものを発表しておいでだった。
 それが横浜ベイサイドネットで視聴可能とのこと、MJ誌9月号の安井先生の記事中にあった。
 横浜の関内駅からも桜木町駅からもどちらからでも徒歩5分ほど。サリュートビルのエレベーターに乗りビルの7階に着いてエレベーターを降り静かな廊下に出ると、すぐのお店は、静かに音楽が鳴っている。
 お店では店長の西川さんがいつものように迎えてくれて、窓の向こうのみなとみらいの景色を眺めながらのオーディオ談義をしながら、お店は自作の好きな人にはお菓子のおうち的な面白そうなものがたくさんあって、その奥にはシステムが陳列してある。
 そこには、確かに製作記事にあったそのものが鎮座ましましていて、いくつかのスピーカーで視聴できる。
 プリアンプはベイサイドネット・オリジナルのキット化予定のプリアンプに接続されていて、聴けばこのアンプも安井テイストがたっぷりとのこと。
 純正ではないけどもかなり安井式のオリジナルに近い状態で視聴できる。
 スピーカーには、ユニットだけで10万円近くするAudio Technologyの20㎝ウーハーに、これまた1本20万もするScan-speak Illuminatorのベリリウムツィーターのシステムや近々にキット化予定の小型スピーカー。
 それに加えて、Wavecorの11.8cmグラスファイバーコーン ウーファーにDayton AudioのAMT3-4という「エア・モーション ツィーター」と言っているけど、昔ESS出だしていた「ハイルドライバー」と同じツイーターを使い、安井式ネットワークを搭載したスピーカーでも試聴ができる。

 印象は記事中にあるとおりに3次元的な拡がりと響きの充実感は出色。20Wの出力のパワー不足は全く感じさせないどころか、力強さは20Wと言う印象から受ける以上の低音の力強さにパンチ力。
 安井式ネットワークを採用したスピーカーとの組み合わせでは、静寂の中から立ち上がる音の反応の早さと残響の豊かさ、まるでその場にいるみたい。
 演奏に加えたれた微妙なビブラートやタッチも結構感じられる。ピアノを聴くと、目の前でピアノの弦を叩くハンマーが目に見えるよう。それでいて空間のスケール感が凄いし、とにかくスピーカーを意識させないし音楽がうねっている。
 音のキレと透明感、録音会場の壁反射による会場のボリューム感がリアリティーあった。
 とにかくリアリティーが凄い。
 西川店長曰く、聴き疲れがしない音とのこと。たしかに聴き疲れしないリアリティー、プロの演奏者にこそ聴いてほしい演奏の微妙なニュアンスが聴き取れる。

 スピーカーは横浜ベイサイドネットオリジナル製品は、西川店長のアドバイス込みでオーダーメイドが可能。また、このパワーアンプ、横浜ベイサイドネットでキット化を検討中。でもそれまで待てない人は製作依頼もできるとのこと。

 写真のラックの最下段が記事中にあった安井式20Wパワーアンプ、そしてスピーカーの内側が安井式ネットワーク内蔵のスピーカー。その外側がユニットだけで方チャンネル30万のシステム。ラックのすぐ傍が小型スピーカー。
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お店のリンクはこちら、お近くにお越しの際は一聴の価値あり。
横浜ベイサイドネット

# by yurikamome122 | 2015-08-20 17:09 | オーディオ

EPO 「八月十七日」

c0021859_1213104.jpg もう立秋も過ぎて夏真っ盛りとは言え気がつけばもう日はずいぶん短くなっている。
でも今この時期、世間は夏休み真っ盛り。
 おかげで都会はすっかり閑散としている。
 こんな風景は結構好きなのです。
 そんなときにちょっと感傷的になったりするのは、どことなく去りゆく夏を感じつつ、思いもしなかったようないつもとは違った表情の街がいろいろと本音を語っているように感じたりするワケなのです。
 心にそんな隙を見せたとき、突然甘く切ない追憶に襲われる。出来過ぎたシチュエーションの歌。
 こんな時期だからこそなおさら胸に、心にしみたりして。

 8月の夕暮れは
 汗のひいた 日影のようね
 人も車も消えた好きな季節

 偶然と過ちは書きこめない予定だったの
 向こう岸で 手をふるよく似た人が あなただなんて

 20階のカフェテラス見下ろしたら
 会えた事が不思議なほど街は広い

 あれからいくつの恋に巡りあったの?
 今でも同じところで暮らしているの?
 夜にはどんな仲間と遊んでいるの?
 グラスの泡がこぼれた
 軽いビールに浮かれ
 恋のゲームしかけないでね
 今はトキメキだけが二人の心繋いでるだけ

 20階のパノラマに夜が来たら
 熱を持った風のままですれ違うの

 過ぎた月日を語るうまい言葉見つからなくて二人きりのエレベーター緊張してる

 お互いの行き先を尋ねたなら少しジェラシー
 別々に手を上げて拾うタクシーせつなくていい

 キスより熱い瞳に戸惑いながら 寄せては返す想いが砕ける音が
 あなたの胸の奥にも聴こえるかしら?


 東京女子体育大学の健康的な元気印のEPOが1987年に出したアルバム「Go Go Epo」のラストに入っていた曲。
 ソフィスティケートされたボサノヴァのリズムで軽快に切なく歌うEPO、大人になる引き替えに、心の危険を察知して心の窓を閉める習慣のついた今の私の、その窓をほんの少し開けさせたその瞬間をこじ開け、あっという間に切なさで満たしてしまう。
 発売と同時に買ったこのアルバムだったけど、買った当時、この歌の切なさがどれくらいわかっていたのかな。

 youtubeにあった「Go Go Epo」のフルアルバム。この中で35分55秒付近からです。



 ここから彼女のアルバムから読む20代のEPOのプロフィール。
 1983年、「VITAMIN E・P・O」で「土曜の夜はパラダイス」で失恋などものとはせず若さを武器に「う、ふ、ふ、ふ、」と人生を謳歌し、




 1984年、「HI・TOUCH-HI・TECH」の「涙のクラウン」の愛に飢えた刹那的な都会の楽しく賑やかな幸せ。これ、「オレたちひょうきん族」のエンディングテーマになったので、そのイメージが強い人もいるかもしれないけど、EPOのプロフィールの曲の一つだと思うのだよ。



 1985年のアルバム、「HARMONY」の中で、B面の1曲目だった「私について」で1980年代に20代だったEPOは自分自身のことを

 20の私に手紙を書いたら、
 幸福だったと返事が来たけど、
 一人でむかえる夜が恐いと、
 ふるえていた。


といいつつ、次のフレーズで、

 床に落とした、万年筆の、音で目覚めた。
 カゼをひくよと、上着をくれた、あなたを見つめた。

 未来の私に、手紙を書いたら、
 あて名が違うと、返事が来たから、
 明日の風をさまよう私を、さがさないわ


といい、そしてこのアルバムの最後の曲「ハーモニー」では満たされた優しい愛を歌う。

 「私について」


 「HARMONY」のフルアルバム。「私について」は21分13秒付近から、「ハーモニー」は39分10秒付近。


  「私にとっての20代は、音楽的な反抗期そのもので、ポップスなんかもう嫌だ。私らしい音楽を作りたい。そういった、プレッシャーとストレスが続く日々の連続だったんです」、「CMソングに使われた事で曲は売れ、"EPOはいつも元気な音楽を歌っている"といったイメージが、音楽ファンに広がっていったんです。しかし、実際には、この頃の私は、プレッシャーとストレスで、精神的にも体力的にもボロボロで、体調を壊す事も度々あったんです」と、「クリスマスは、女の子にとっては特別な日のはずなのに、音楽を仕事にしていた私にとっては、仕事が入る確率が高くて、毎年、友達やボーイフレンドとも約束ができなくて、大嫌いな日でもあったんです」とも後に告白していた。

 1986年のアルバム「PUMP! PUMP!」にはクリスマス・ソングの「12月のエイプリル・フール」が入っていて、この歌に関してEPOは「曲作りを始めた頃、それまで、私の中では"オンリー・ワン"だと思っていたボーイフレンドが、実は"オール・オブ・ワン"だった事が分かったんです」と告白している。


 前後するけど、アルバム2曲目「音楽のような風」で悲しみの涙を爽やかに流す夏の別れ。ライヴ映像から


 その翌年のアルバムがこの「Go Go Epo」なのですよ。
 夏休みで閑散とした都会の思いがけない再会。

# by yurikamome122 | 2015-08-13 12:18 | 今日の1曲

「ただ愛に生きるだけ」、マルティーヌ・クレマソー

c0021859_15133135.jpg マルティーヌ・クレマソーと言うフランスの歌手がいて、大阪万博の頃だったかと思うのだけど、私が小学生の頃「ただ愛に生きるだけ」という歌を歌って結構はやっていたのが懐かしいのだけど、今自分の周りの人に聴いても誰も知らないのは少々残念なことだと思う。結構テレビやラジオでも流れていたはずだと思うのだけど、そう思うのは、私のすぐ近くにいたギターの好きなお兄さんのせいかもしれない。当時「天使のささやき」などと言われて結構話題になったと思うのだけど。
 クレマソー自身フランス人なのだけど、実は日本語でも頑張っていて、誰が訳したのかと思って調べて見たら、片桐和子さんという人が「訳した」のではなく原詩を基に「作詞」をしたらしい。ところでこの片桐さんは、その頃の「おかあさんといっしょ」の歌のお姉さんの片桐さんとは別人とのこと。
 はさておき、作曲は「恋はみずいろ」のアンドレ・ポップ。バタ臭さとエキゾチズムを感じる歌だった。

フランス語バージョン


日本語バージョン


 そういえば、マルティーヌ・クレマソーといえば「哀愁のアダージョ」というのもあって、これがスペインの作曲家、ミカエル・ヴァケスの作曲と言われていて、このミカエル・ヴァケスが今もって誰だか判らないのだけど、どなたかご存じ?。


# by yurikamome122 | 2015-08-08 15:14 | 今日の1曲

J・W・ストール/パリ音楽院管弦楽団/ブリュメールでJ・シュトラウスⅡ、「こうもり」からチャルダッシュ

c0021859_1711230.gif 我が国で言えば、ニューブリードのバンドマスターの三原綱木がNHK交響楽団あたりを指揮して、全盛期の佐藤しのぶあたりと何かを録音するような景色と言えばよいのかどうか、歌手を見て思わず「エッ!!」と口にでてしまった。こんな録音があったんだ、えっ、マジ?。何かの間違えか?、全曲あるのかな、それはさすがにないか。
 録音のデータがないのでハッキリしないのだけど、この顔ぶれからして50年代の終わりから60年代の初め頃だと思う。
 ブリュメールというのは1950年代の後半あたりに活躍したフランスのソプラノ歌手、ルイ・フレモーやロザンタールなんかとともに録音も幾つかある。ここでは元のドイツ語ではなくフランス語で歌っている。オケは、自分としてはクリュイタンスの印象が強いパリ音楽院管弦楽団。指揮しているのはあのJ・W・ストールと言うのが驚き。
 仮に60年の録音とするとブリュメールは39才、ストールが47才。
 演奏はと言うと、オーケストラの響きが明るく都会的、どことなくオッフェンバック的な香りがしないでもないあまり粘らない、ジプシー的というのはちょっと違う表現なんだけど、ラッシュに入ると弾むリズムが洒落ていて、熱い情熱と言うよりもカンカン踊りのような雰囲気がなきにしもあらず。だけどオケも指揮者も双方が目指す響きが一致していたかどうかはもちろんこの録音から私には判りようもないのだけど、でもとはいえその響きがとっても心地いいので引き込まれてしまう。そしてなんと言ってもブリュメールのロザリンデが素晴らしい。フランス語でもドイツ語でも、私はどの道歌から意味を聞き取ることはないのだけど、フランス語が気になるかと言えばそうでもない。それよりもそのオッフェンバック的な響きにはフランス語の方が似合うのでは?。

 70年代、深夜0時になるとFM東京では今でも続いているようだけど、「ジェットストリーム」というのがやっていて、そもそも私のフランスへの憧れはここから始まったのだけど、そのオープニングを演奏していたのがこのストールだった。ヒョッとしてこのチャルダッシュの録音は年代的にはこの「ジェットストリーム」のテーマにした「ミスター・ロンリー」を録音した頃?。
 彼が本格的に活躍をし始めてしばらくして、50年代の初めに自身の楽団を結成してフランク・プゥルセルの名前でもう既に活躍していた、シャンソン歌手などの伴奏で活躍していた頃にこのスター歌手と花形オーケストラでこれを入れていたという、
はさておき、珍しいというのもあるけど、演奏もなかなか気が利いていてよろしいという、なかなかの発見であったのだけど、そもそもなんでこのメンツの指揮者のお鉢がプゥルセルに回ってきたのかが不思議な気がしなくもない。

# by yurikamome122 | 2015-08-03 17:22 | 今日の1曲

senza Basso ~J.S.Bach 無伴奏チェロ組曲全集~ 山本裕康

c0021859_23124772.jpg 透明な、本当に透明な音楽が、唯々、極々普通に流れてゆくのだけど、でもこの音楽が流れているのはスピーカーを通してなのだけど、そのスピーカーの音がいつもと違って緊張感を放っていて、それをオーラというのかどうかはよく知らないけども、聞き流しているはずなのに、不思議とGiovanni Grancinoの深く明るく豊かな歌が胸に染み渡り、困ったことに4番のサラバンドでは泣けてきてしまった。
 もっと静謐で圧倒的な演奏は他にもあるし、威厳と貫禄に満ちら録音も他にはあるのだけど、この演奏の澄み渡った空気のように自由な演奏は他にあるのかしら。
 聴いていて苦しくない、極々自然に、優しく、だけど無言の思いやりのようなこの感じ。音の流れに身を委ねるこの夢のような世界。でもそこに感じる緊張感は決して穏やかではない。そうか、バッハってこれだったんだ。バッハの音楽は垂直に立ち上がるものだと思っていた。宗教との関係や膨大なカンタータの世界のバッハも、その中にあるものはこれだったんだ。バッハの祈りってこれだったんだ。

# by yurikamome122 | 2015-07-30 15:27 | 今日の1曲

プリアンプの制作 その5 電源トランスの結線とアースラインの引き回し

 安井先生のアンプの回路では、というか基板のパターン制作の段階での話だけど、アースラインを信号ラインの流れに合わせてあるのはきちんと配慮されてのことなのはもちろんのことなのだけど、ということで、トランスを2台使い、左右両チャンネル独立させるというよくありがちなものではなく、安井先生提唱の1台のトランスの巻き線をそれぞれ左右両チャンネルに振り分けるという結線方法を先ずは試してみた。それが一つ目の図(Fig.1)。もちろんなんの問題もなく動作している。
c0021859_1438228.jpg

 安井先生の回路での一つの特色であるアースの取り方なのだけど、外部からのアースもケースのアースも高周波ノイズ遮断のコイルが入れてある。これの効果が絶大なのは先に実験したとおり。
 ところで、トランスを2台使うのが高級品での一つのステータスのように感じる向きもあるのだけども、実は1970年代から80年代のオーディオ・ブームの頃、メーカー各社もこのような方法を採用して、左右独立のモノーラル構成の2in1としてクロストークと混変調歪みを改善し、音質の向上を目指すというのはよく聞く話だったし、現在でも時折採用されているやの話はよく見るのだけど、私自身、いくつかのアンプを作成した中で左右独立が単独電源に勝った例はない。
 今回、そこで一つの実験として以下を試してみた。

① 安井先生の結線(Fig.1)ちょっと変わった結線方法で、これだと巻き線は左右独立しているが、トランスの1次側は共通となってしまい、厳密には左右独立にはならない。

② 2台のトランスを各々1個ずつ左右に振り分けた、完全な左右独立型。

③ 2台のトランスのうち、1台の結線を外し1台のみで両チャンネルへの供給としてみた。

④ 2台のトランスを並列にして容量を増やしたのと同等にしてみた

⑤ 2台のトランスを直列にしてトランスにかかる電圧を半分にして、両チャンネルへ供給としてみた。

 結論から言うと⑤のトランス直列が一番結果がよかった。一番劣ったのは予想されるとおり③で、その次に劣ったのが②。
 つまり結果はよい順に⑤>①>④>②>③と言う結果。
 但し①と④に関しては僅差というか、音の傾向が違うというか、パンチと繊細さでは①、力強さでは④と言った印象。
 なんだ、安井先生のトランスの使い方がまり意味はないではないかと言うことではない。2台のトランスを使い、完全に1台ずつで左右両チャンネルにわけるよりも、安井先生の結線方法の方が結果としては全然よい。その理由は先生ご自身で記事にされている。ただトランス2台を搭載する余地があって、経済的にもそれを許すなら、可能な限り大きなものを1台にした方が、右左を独立にするよりも結果がよいということはあるのではないか。
 実はこれ、プリアンプよりもパワーアンプの方がこの差は大きかったりするのは、経験上確かなことだと思う。
 トランスを左右独立にするというのは、実はレギュレーションという意味では実はデメリットの方が多いのではないのか?。
 ところで、⑤が音がいい理由はリケージが減るからとかなんとか様々な理由を聞くけども、実際ノイズの量は明らかに減っているようだった。
 ということで、トランスの結線は⑤の方法に変更。となると、アースラインの引き回しに関しては若干の変更が必要になる。
 トランスの結線方法とアースの取り方を変更した結線図はもう一つの方。
 回路アースへはトランスの中点からに変更せざるを得ない。
 但し、ここでの音は深みのある低音と生々しいフレッシュな音楽が力強く響くようになった。 
 その他、若干の補足も図上に記しておく。
 これでプリアンプも一応完成。
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# by yurikamome122 | 2015-07-30 14:40 | オーディオ

暑中お見舞い申し上げます。ノーマン・デル・マー指揮、ボーンマス・シンフォニエッタでディーリアス作品集

c0021859_18132759.gif暑中お見舞い申し上げます。

 盛夏の候 皆様方におかれましては益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。
 当方もおかげさまで、無事つつがなく過ごしております。
 酷暑の折、皆様方におかれましては熱中症などにならぬよう何卒ご自愛のほどお祈り申し上げます。

 およそ30年前、東北の地方都市に住んでいた私は、今時期、部屋にクーラーなどあるわけもなく(住んでいたところが東北だからではなく、関東でもクーラーがそう普及していたわけでもなかった。そういう時代だった。)朝から30度くらいになるその地方都市では、というか、あの頃音楽雑誌やFM放送でも「夏に聴く音楽」というのが必ず企画としてあって、定番としては今でも覚えているのはヘンデルの「水上の音楽」とかレスピーギの「ローマの泉」とか。
 これらの曲はタイトルだけはいかにもなんだけど、ヘンデルなどは騒がしいばかりで暑苦しく個人的にはいただけないし、それならブルックナーの7番などの方がよっぽど爽やかな気がしたし、「ローマの泉」にしてもオケが鳴りすぎるのだよ。そして、間違ってもA面の1曲目に入っているからすぐに針が下ろせると思ってオーマンディーのLPなど掛けてはいけない。静かに曲が終わって余韻に浸っていると、いきなり古代ローマの皇帝ネロのキリスト教迫害の時代の残虐な祭りが阿鼻叫喚のどん底へと突き落としてしまうのであったから。
 あとはというと、今ひとつ話題としては地味だったけど、それでもFM放送では結構流れていたディーリアス、ヴォーン=ウイリアムスなどのイギリス音楽で、東北に居たせいか、手に入ると言えばビーチャムかバルビローリなのだけど。
 そこでも、ヴォーン=ウイリアムスのや「海の交響曲」や「南極交響曲」などをチョイスする馬鹿者がいて(「南極交響曲」の方が幾分かはマシだが)、あの曲のどこが涼しいのかとそこに座らせて小一時間・・・・・・・
 それから七夕に掛けてホルストの「惑星」などと、だったらいっそワーグナーやブルックナーやマーラーでもかけてくれた方が暑い夏に激辛を食べるような効果が期待できたのではないかと思ったりもした。

 夜更かしして遊びすぎ、でも暑くて7時過ぎにはもう寝ていられなかった学生アパートでの気怠い朝にはやはりディーリアス。そしてビーチャムも悪くないのだけどビーチャムの弟子のノーマン・デル・マーの演奏が今は好み。
 しかもご近所への手前も気にしながら、それでも部屋を閉め切るのは耐えられず、玄関も窓も全開で遠慮がちに聴いていたあの頃とは違い、外回りをして汗のしみたシャツを着替えて、クーラーの涼やかな風に当たりながら、ウイスキーのロック片手に豊かな拡がりを感じる音量で聴くノーマン・デル・マーのディーリアスはまた格別。
 どうぞ皆様方、お試しあれ。

平成27年盛夏

# by yurikamome122 | 2015-07-28 18:14 | 今日の1曲

プリアンプの製作 その4 その他のチャレンジ

c0021859_1743827.jpg OP-AMPによる試作アンプで様々試していて、電源周りの整流回路、安定化電源回路については、基本的に安井先生の回路がよかった。3端子レギュレターという便利なものもあるのだけど、音は安井先生が多用している単なるリップルフィルターの方が断然音の鮮度では勝っている。但しその際は電源の出力に付けるコンデンサの容量は注意が必要。
 そして整流回路から電源回路に至る所に入れるコイルと抵抗も、入れた事による効果も十分に検証できた。拡がりと低音域の力強さが一段と向上。
 あとは、ノイズ対策の一環として大胆な気がしたけども、試作プリアンプの入力端子にカットオフを50kHz位にしたCRによるハイカットフィルターを挿入。あわせてアースにはフェライトビースを入れてみた。これは大いに効果があった。音の堅さが取れてしなやかさが増してくる。
 それからアンプの出力にコモン・モード・ノイズフィルターを挿入し見たがこれも一定の効果が認められた。
c0021859_16573872.jpg それから、整流用のダイオードのシールド、能動素子なので当然多くの電磁波を出すはずという理由で試みたところ、これもやはり変化が認められた。ノイズ感が減っている。
 と言うことは、電磁波を出すパーツといえばトランス。トロイダルトランスを手持ちの関係で使っていたんだけど、元々漏れ時速が少ないというトロイダルトランスをこれもシールドしてみたらやはり効果がある。 
 この時点でたかがOP-AMPのバラックで組んだこのアンプはOP-AMPとは思えないスケール感と力強さを持った、それでいて高分解能のその録音場所の部屋のスケール感までおも再現できるものとなった。メンデルスゾーンの「スコッチ交響曲」の弦のしっとり水がしたたるような透明なウエット感、オーケストラのパースペクティヴはなかなかの再現力だと思う。

 ということで、安井式オリジナルにはないのだけども、プリアンプ部のハイカットフィルター、出力のコモンモードフィルター、それからダイオード等の能動素子のシールド、それからトロイダルといえども漏れ磁束対策は必要と言うこと、これらを盛り込むことにした。

 ケースは以前はよく使っていた鈴蘭堂はもうこの世にはなく、タカチが普通なんだけども、好みがなく、しかも値段も高くはないが安くもない。ということで、オリジナルに挑戦。オリジナルのサイズでアルミケースをタカチに発注して、それに合わせて前面のパネルを発注。それぞれ穴開け加工込みで依頼した。
c0021859_176126.jpg アンプの構成は、やはりイコライザーはどうしても入れたいので、プリアンプ部がMJ2015年03,04月号掲載のもの、イコライザーがMJ2011年03,04月号掲載のもので考えていて、それらの基板は安井先生のお世話になった。
 それらの基板のサイズとトランス、アッテネーターなどを配置する計画をして、しかも後々改造することを前提としているので、大きめのケースで45㎝×46㎝、高さが7.5㎝というもの。合計で1万5千円かからなかったように記憶している。

 これで大体揃うものが揃ったので組み立てをすると言うことになり、その際にトランスの結線とアースの引き回しにはまた頭を悩ませることになる。

# by yurikamome122 | 2015-07-23 17:08 | オーディオ

ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界から」をストコフスキー指揮、ニュー・フィルハーモニア管弦楽団で

c0021859_64837100.jpg どうも軽く見られるフシがある「新世界」、人に言わせると8番の方がいい曲だとか、俗っぽいとか、でもそんなこと言うならマーラーの方がもっと俗っぽいような気もする。
 そんなことよりもドヴォルザークのメロディアスな旋律に様々に絡み合った旋律の綾がきこえてくると、その精緻さに興味が沸いてきて、征爾さん(発売当時、わざわざウィーンの音楽監督になって「新世界」でもなかろうと思った征爾さんの新世界なんだけど、本番での成功は立ち読みした「レコ芸」にも載っていて、ついつい手に取りレジへ)、メータ、カラヤンにジョージ・セル、ブルーノ・ワルター、スイトナー、そしてストコフスキー(90才過ぎてから録音したヤツ、さすがストコフスキーだった)まで一気に聴いてしまった。
 伸び縮みするテンポはストコフスキーが若かった頃は誰でもやってたことなんだろうし、響きを煌びやかに演出する改変なんて、聴き応えありますゼ。第1楽章のコーダの金管はビックリしたり、第4楽章での展開部の思いっきり落ちるテンポに追加されたシンバルはコーダで大活躍、最後、銅鑼の響きが夕暮れのお寺の鐘のように響き、そしてラストの余韻は様々な楽器を重ねてある。
 ショウマンシップややりすぎって言うのは簡単だけど、この曲のツボを押さえてとっても解説的に聴き所を解りやすく、聴き手がポイントを逃さないようにくっふしてあるように思うのだけどな。
 実は個人的に私には「遠きビルに日が落ちて」にきこえる「遠き山に日は落ちて」で有名なこの曲の2楽章は、実は猛烈な鉄道ヲタクであったドヴォルザーク(ドヴォルザークのアレグロはどうも爆走する蒸気機関車を連想するのです)の活躍したニューヨークの息吹を感じ取ったりするのですが、それが合っているかどうかはさておき、誰でも音楽の時間に聴かされたこの曲に関しての解説は大体において以下のようなもの。
 「新世界から」の「から」は当時「新世界」と言われていたアメリカ「から」なんであって、ドヴォルザークがアメリカの学校で教鞭を執る傍ら、故郷に思いを馳せつつ、ドヴォルザークにとっては新しかったアメリカの音楽にインスパイアされて作った、「ドヴォルザークの故郷ボヘミアへの音楽の手紙」。だから、初演当初からアメリカの音楽からの引用があるのではないかという疑惑は持たれていた。が、ドヴォルザーク自身は「アメリカの旋律の精神に従って書いたのは事実だが、そのまま引用はしていない」と言っている。
 というのは、いろいろなところで読んだこともあるだろうし聞いたことがあるよく書かれるこの曲のプロフィールなのです。でもそんなことを言うなら、弦楽四重奏曲「アメリカ」やチェロ協奏曲だって同じ事、この曲がよく聴かれるあまりに総花的な理由として、なんだかよく解ったようで解らない。
 
 で、もっと曲をよく聴き、眺めてみると、それはウケるべくしてウケるワケがだんだんと、ちょっとだけ私にもきこえてきた。
 ドヴォルザークが「新世界から」では、先ず曲の冒頭、第1楽章の序奏はヴィオラとコントラバスの憧れに満ちたチェロのメロディーで聴く人にノスタルジーをかき立て、そしてそれにフルートとオーボエが静かにそれに応え、そして突然のドラマティックな盛り上がりから第1主題を予告しながら序奏のクライマックスを迎え、冒頭に強烈なスフォルツァンドのアクセントの付いた弦のピアニシモのまるで草原を思わせるような静かなトレモロで主部に入り、遠吠えのようなホルンの奏でる第1主題から主部に突入。つまりノスタルジックな導入で思いを馳せながら、突然拡がる草原の大パノラマってワケ。この第1主題がアメリカ的とかチェコの民族的とかいろいろと言われているところ。
 第1楽章が激しく力強く終わったのを受けての第2楽章もここの管楽器群で奏でられる厳かで神秘的な序奏は、激しい第1楽章から第2楽章への橋渡し。これは、この楽章のあの有名なノスタルジーをかき立てる憧れに満ちた主題よりも更に大事な部分。この後続く第3楽章、第4楽章への序奏の意味もある。
 第3楽章での見事にメリハリと歯切れのよく本題へ突入する序奏の後、主題はフルートとオーボエによって奏でられた後、1小節遅れてのクラリネットのエコー、カノンの手法、ノスタルジーをかき立てる。
 そして第4楽章の激しい本題への熱狂を期待させる序奏の後のフルオーケストラの叩き付ける和音の後の力強いトランペットの第1主題、そして全曲でたった一回だけ響くシンバルの後の第2主題の息の長いクラリネットの望郷のメロディー。その後の盛り上がりの行き着く先はふるさとへ帰った喜びに満ちあふれたような盛り上がり。
 そしてその後に展開部ではまるで様々な出来事を回想するかのように前の3つの楽章の主題が回想され、再現部からスケールの大きい集結部のここでも登場する全3楽章の主題を回想しつつ傲然と情熱的に曲を閉じるが、そこに余韻までちゃんと残している。
 ドヴォルザーク自身、前作では採用しなかった前奏をここでは効果的に使っているのは、ウケ狙いなのかどうなのか、そういえば、この曲は8番で採用しなかったハイドン以来の規範的なソナタ形式を採用している。
 そればかりではない、実は各楽章の主題はおよそその登場の前に予告がされていたり、変形があったりして、各楽章それらが有機的に結びつき統一感を出している。
 つまり、もちろんブラームスが羨んだほどのドヴォルザークメロディーが素晴らしいのはに加え、音楽の常套手段を模範的に使いこなした王道の作曲技法による音楽と言うことで、そこに込められたドヴォルザークのインスピレーションが何の障害もなく聴き手にスルリスルリと流れ込むという仕掛けになっているのでありました。

# by yurikamome122 | 2015-07-14 06:50 | 今日の1曲

アイヴズは楽しくないと。アイヴズ作曲、交響曲第2番をMTT指揮、コンセルトヘボウ管弦楽団で

c0021859_10385894.jpg 数年前、ヒラリー・ハーンのリサイタルを聴いた。そこで演奏された曲の中にアイヴズのヴァイオリン・ソナタがあった。彼女の演奏するアイヴズは、彼女自身の美貌と知的な佇まいで、超絶技巧を駆使して、パッと聴くと難解に感じるアイヴズは、アイヴズの感じた時代や大自然の風景を大自然そのもののように唐突だったり冗長だったり不可解だったりしながら、でもヒラリー・ハーンの演奏はそれをスカッと鮮やかに私たちの前に拡げて見せてくれた。ヒラリー・ハーンは、知的な演奏とその所作で、まるで私たちに「アイヴズは楽しくないといけないのよ!」と言っているようだった。私も、アイヴズは楽しくないといけないと思う。

 交響曲第2番はアイヴズの入門編で取り上げられる機会も多い曲だと思うのだけど、たとえばリュドヴィク・モルロー指揮、シアトル交響楽団の演奏はライヴ録音のようで、終演後に盛大に拍手とともにブラボーと笑い声が入っている。どう?、本場アメリカ人だって楽しんでるじゃないか。
 アイヴズ自身こう言っている、「この作品は、1890年代のコネチカット州のこの近辺(ダンバリー、レッディング)の民衆の気持ちを音楽的に表現したものである。つまり田舎の民衆の音楽という訳だ。これには当時彼らが歌ったり演奏した曲がいっぱいつまっていて、そのうちの数曲をバッハの旋律と対位法的にからませるのは、粋なジョークみたいなものじゃないか、と考えた」、やっぱりジョークだって。
 この曲を初演したのがバーンスタインというのは有名な話で、アイヴズはというと、なぜか初演には立ち会わず、その放送を聴いていたそうだけど、そのときのバーンスタインの苦労は素人の私でもちょっとは感じる。というのは、あの当時のバーンスタインがマーラーにしたのと同じようなスタンスでアイヴズを演奏している。様々なところを強調して解説的に、「ここはこんなに面白いところがありますよ」、「ほら、ここ、ここ、よく聴いて」、「ここが聴き所、いいかい」みたいに。だから実際に初演に使われた楽譜がバーンスタイン自身の手の入ったものではないにしろ、その演奏解釈というものがあるのなら、「バーンスタインの解釈も、第2楽章や終楽章に致命的なカットを加えたり、アイヴズの速度記号を無視したり、最後の野次るような不協和音を引き伸ばしている」(wikipedia)わけで、それはその後にスタンダードになってしまったフシがあるのは、その時代に録音されたオーマンディーやメータも同様に引き延ばしている。
 テンポ設定も全然違う、バーンスタインもオーマンディーも結構ゆっくり、第5楽章はカットありで9分17秒のバーンスタイン、オーマンディーは10分35秒。でもヤルヴィ指揮デトロイト交響楽団はなんと8分9秒。アイヴズ協会の会長のマイケル・ティルソン・トーマスはアムステルダムのコンセルトヘボウ管弦楽団との演奏ではカットなしで9分48秒。もっともMTTは途中の「藁の中の七面鳥」のメロディーが伴奏でなるノスタルジックな部分で思いっきりテンポを落としてしみじみやっているので、主部はタイミングで予想するよりも快速で進む。
 そして、「最後の野次るような不協和音」はヤルヴィもMTT もスカッと短く切り上げている。たぶんこっちが本当なんだろうと思う。
アイヴズは(ヒラリー・ハーンと征爾さんのおかげで)個人的に大好きな作曲家なんで、2番も集中的にいっぱい聴いてしまった。バーンスタインはやはり初演者の責任を十分に果たすべく、この曲のポイントを思いっきりロマンティックに誇張して教えてくれた。
 でも今この曲を聴くなら、私が「楽しかった」のはやはりヤルヴィとMTT。ヤルヴィはあの乱痴気騒ぎの第5楽章がお見事に整理されて、そのわかりやすさはまるでディズニー映画のよう。でもロマンティックで心にしみる、そしていっくら楽しいとは言え、やはりアメリカ的知性を感じるのはMTTはアメリカ人だった。

 アイヴズが音楽家の道を選ばず、保険会社の経営者として辣腕を振るいつつも、趣味で作曲を続けていたということ、作品はイェール大学在学中から40代中頃までに集中していること、またそんな経緯から、実はあまり実際に演奏することなど考えて作曲をしていなかった。だからその楽譜にはいろいろと支離滅裂なところや意味不明なところ、演奏不可能な点がある。さらには改訂癖で後世が版の問題で悩んで迷惑しているブルックナー以上に自作に手を入れて、彼自身どのヴァージョンが最終なのか、何番目のバージョンなのか解らないこともあった(実際、出版社から出版されるに当たり、そんないい加減なことはないと思うのだけど)なんて言うことはアイヴズのプロフィールとしてはよく聞かれる話。
 今回演奏されるこの交響曲第2番から4年後に作曲された第3番は、グスタフ・マーラーの目にとまり、マーラーはこの曲をヨーロッパで演奏しようとしたが、マーラーの死去によりそれはかなわなかったなんて話もある。
 また、アイヴズという人は、かなり奇異な曲を書いた人のような印象があるのかもしれない。指揮者が3人も必要な曲を作ってみたり、街角からきこえてくる様々な音楽をいっぺんに曲の中にブチ込んで、それらをいっぺんに聴かせるもんだから、聴いてるこっちは何を聴かされているのかよくわからない。
 もっとも、街角の音楽や様々な民族的素材を音楽に組み入れるのは、バルトークなんかもやっていて、もっと古くはベートーヴェンだってやってるし、それほど実はビックリするような手法ではないのだけど、ごった煮を作るような無造作に感じるあたりがこの人らしいところ。アメリカの風景がいっぱい詰まっている、そしてアメリカ的な自由をその音楽から感じてしまう。

 この曲が作られたアイヴズがまだ23歳のイェール大学に在学していた頃のアメリカはというと、南北戦争が終わって、保護主義工業先進側の北軍の勝利、リンカーンの奴隷解放がアイヴズの生まれる約11年前という時代、ヨーロッパの様々ないざこざもあって、アメリカは独立時の13州から急速に領土を拡げた。
 大陸横断鉄道も開通して先住民のインディアンを迫害しながら西部開拓時代が始まり、そのまっただ中の1874年にアイヴズはアメリカの独立時の13州のうちの一つのコネチカット州のダンベリーと言う町で生まれた。
 アイヴズ16歳の時にインディアンの制圧を完了し、西部開拓時代が終わりを迎え、その頃はトーマス・エジソンなども活躍していた第2次産業革命のアメリカは経済的にもめざましく発展し、景観としては随所に田舎の風情や情緒を残しながらも、近代化、工業化も進み、未だに国王や貴族たちがいざこざを起こしているヨーロッパを横目に、自由、平等の精神に法り、様々な問題を抱えながらも発展を続け、いよいよ海外へ目を向ける。アメリカの帝国主義時代の幕開けとなる。
 この曲が作曲された頃は、アメリカはスペイン領だったキューバ独立の動きに便乗して、スペインと戦争を起こし、これに勝利してキューバの独立をスペインに認めさせ、またスペイン領だったプエルトリコ、グアム、フィリピンはアメリカが買収をする。そしてこの時期にハワイも併合してしまうという覇権の始まりの頃。
 で、この曲が作られた頃アイヴズが住んでいたコネチカット州はというと、紡績の町で、とても自然に恵まれた四季の美しいところのようだ。
 そんな風景がこの「何でもござれ」の交響曲第2番には詰まっている。そして最後、素っ頓狂な不協和音が最後の最後に聴き手は足をすくわれる。

 問題はその(不協和音での終わり方)あたりだと思うのですよ。いろいろなところでもそうなのだけど、アイヴズの問題提起はここではないのかと。
 「アメリカ・ルネッサンス」というのがあって、それはアメリカに移り住んだイギリス人の、そのバックボーンである文化の呪縛から離れようとした、アメリカの開拓時代から南北戦争へと続く、そのあたりで発生したアメリカならではの文化の曙であった。イヴズはその影響を多分に受けたのは、マサチューセッツ州に近いコネチカット州の出身でることも関連しているのかもしれない。
 アイヴズがこの交響曲を作曲してから5年後の28歳の時にピアノ・ソナタ第2番を作曲していて、そのタイトルが「マサチューセッツ州コンコード 1840-60年」、通称「コンコード・ソナタ」というもの。この「コンコード・ソナタ」にはやはり様々な実験がよく知られた大作曲家の引用などを散りばめて作られている。
 ところで、このタイトルになっているマサチューセッツ州コンコードの1840-60年は何があったかと言えば、もともとアメリカ・ルネサンスの作家たちゆかりの場所で、このコンコードで超越主義運動が興り、アイヴズはそれに着想を得てこの曲の作曲を行ったとのこと。
 そのアメリカ・ルネサンスの代表的な思想家で、「コンコード賛歌」というものを書いたラルフ・ウォルドー・エマソンの岩波文庫にある講演会の記録の中から一部を引用。

「私たちはあまりにも長くヨーロッパの優雅な詩神に耳をあずけすぎました。アメリカの自由人の精神は、臆病で、模倣好きで、覇気に欠けるのではないかと、すでに疑われ始めています」
「兄弟たち、そして友人の皆さん――願わくは、わたしたちの意見はそうあってほしくありません。自分自身の足で歩きましょう。自分自身の手で仕事をしましょう。自分自身の心を語りましょう」
「人間に対する畏れ、人間に寄せる愛こそ、いっさいをとりまく防壁、喜びの花輪でなければなりません。人間寄りつどうひとつの国が初めて出現することになるでしょう。人間ひとりびとりが、万民にいのちを吹き込む『神聖な愛』によって、自分もいのちを吹き込まれていると信じるからです」

そしてアイヴズは言っている。

 「なぜ調性そのものを永久に放棄しなくてはならないのか、私には分からない。なぜいつも調性がなくてはいけないのか、私には分からない」と。

# by yurikamome122 | 2015-07-10 10:39 | 今日の1曲

プリアンプの製作 その3 使用するコンデンサに関して

 コンデンサの選定については、容量の大きいものに関しては電解コンデンサを使わざるを得ないのだけど、ブロック形の大容量のものは選定の自由度がないので、基板上の縦型の電解コンデンサで、いくつか聴いた感触でニチコンのMUSE-KZとしたのは一番シャープな感じがするからで、MUSE-FGは中域の押し出しがよいという話もあり、聴いてみたところ、低域の量感もなかなかよろしく、滑らかでシルキーな中高域はそれはそれで魅力的。あと、シルミックも好かったけども透明感と奥行き感の再現性など個人的好みでKZとした。
 ただ、正直言って電解コンデンサのエージングは半月くらいではまだまだのようで、これからその後にどう音が変わるかは、実際に搭載したMUSE-KZ以外はよくわからない。
でも現在MUSE-KZは低音の締まりと高域の透明感、パンチ力と空間再現力では大変に満足をしているのは事実です。

 それからフィルムコンデンサは、特にカップリング用の10µFは売っているものだとASCとか、WIMAのMKS位しか手に入りにくく、あとは安井式純正のシーメンスのMKMを絹糸で締めたヤツ。
以下、聴き比べの結果。シーメンスのMKMは現在手に入るのが6.8µFが最高なので、これで試してみる。

ASC X335 200V 10µF
 雰囲気もよくでていてカチッとした音、エージング後には透明感が向上。

WIMA MKS 63V 10µF
 こちらの方がASCよりも更にスッキリした印象で、音が前後に拡がる。音像もシャープで好感が持てる。
 エージング後は更に空気感を感じるようになった。

糸締めシーメンスMKM 250V 6.8µFc0021859_652322.jpg
 これがもう大変で、何がって作るのが。電極の大きさよりもやや小さく切り抜いたグラスエポキシ樹脂でコンデンサを挟み込み、プライヤーで握りしめながら絹糸を200回巻く。プライヤーを握る左手がだんだん感覚が麻痺してくるほど大変。
 記事中にどれくらい巻いたらいいのか、どれくらいの聴力で巻いたらいいのかハッキリなかったので、とにかく力任せでガンガンやって、できあがったコンデンサは、写真で判るとおり真ん中が多少凹むくらいになったが、これをエポキシ樹脂で固める。
 1日2個作ったらもうたくさん。
で。その結果はといえば、中域の実在感がないというか、ピアノタッチのアタックや弦のピチカート、シンバルやドラムのパンチはやたらと強く感じるのだけど高域も中域も何か前に出る力強さがない、かといって低域もドスンと来ない。
 が、10分も聴いているうちにそうではなく、全体に歪み感がなくなったせいで、分解能が格段に上がり、そして音域の強調がなくなったせいで今まで張り出していた中域がナチュラルになっただけ。なんと言っても音場感の出方は目覚ましい。低域は締まりがあって、バスドラムの張り具合やダブルベースのピチカートなんかもピシャリと決まる。量感がないのではなく今まで聴いていて「ドスン」は何か余計なものがあったような気がする。音の決めの細やかさとしなやかさ、そして柔らかさは断然こっち。
 これを聴いてしまうとWIMAのMKSはずいぶん荒っぽく音が濁ってきこえる。ASCは更に詰まった雰囲気。
 ただ、あくまで糸締めシーメンスMKMに比較しての話。
 ていうことで、もうこれに決定。容量の不足分は2パラにし13.6µFにすることで解決。
 それにしても、このコンデンサを作るのは大変。でもそれは報われる。

 ちなみに値に関しては、安井式オリジナルが10µFなのだけど、値を変えたらどうなのかと言うことで、徐々に2µFまで減らしてみた。これで大体カットオフが安井式の470kΩとすると0.18Hzなので全然問題ない。
 が、しかし音の様相はずいぶん変化してくる。糸締めシーメンスMKMで可能な6.8µFにすると、身体に感じる音圧感が全然変わってしまう。2µFにしたら、これはもう店先でよく聞くようなあの音場。カチッとしているけど臨場感では6.8µFに全然劣る。10µFでは包み込まれるような雰囲気が素晴らしい。
 今度はどんどん増やしたらどうなるかと言うことで、50µFまで大体10µFづつWIMAのMKSで試してみたその感じの改善は大体30µF位までは改善の変化が認められたけども、それ以上になるとあまり感じられなかった。
 カップリングコンデンサはやはりない方がよい、DCアンプ(つまり直流まで増幅できるアンプという意味で、たとえばサーボをかけるなどと言った手法でカップリングコンデンサを排除するとか言う意味ではないし、金田式という意味では全くない)の優位性はここにあったワケなんだと再認識。
 ちなみに、信号ラインというものを勘違いしている話をよく聞くので、ちょっとここでの考え方をハッキリさせておくと、負荷に並列になった部分に関しては、その並列部分の先はたとえばアースに落ちるので、音としては影響はないと思っている話をよく聞くのだけどそうではない。並列分の差分として直列分にはその歪みが影響するので、結局は直列部分に挿入したのと同じ影響があると言うこと。たとえばサーボをかけるとドリフトを初段に戻すの事になるのだけども、そのドリフト分はローパスフィルターによる。そのローパスフィルターは音質に影響すると言うことを認識しておく必要がある。

# by yurikamome122 | 2015-07-06 12:53 | オーディオ

サヴァリッシュ指揮 ウィーン交響楽団で、ハイドン作曲、交響曲第100番「軍隊」

c0021859_6352852.jpg サヴァリッシュのハイドンなんて誰も褒めないのだけど、あの端正な姿勢で、知的な顔立ちとつぶらな眼鏡の奥の鋭い瞳の校長先生のようないでたちの彼は、以前は何を聴いても音楽がホッとしない結構強引な印象を受けて、このハイドンなどは、あの頃自分のハイドンの印象は、「怖くないグリム童話」のような多少のメルヘンと、甘いミルクたっぷりのビズケットのような印象があったような気がするのだけど、サヴァリッシュのハイドンのリズムは強引に、「楽しそうに強制されて強引に」スイングしていたような、そんな違和感を持っていたのだけど、どういうわけか、今ではもっと乱暴な演奏のハイドンばかり聴かされているせいか、サヴァリッシュの強引さをこの録音から今は聴き取れていないのは何でなのか自分でもよくわからないのです。
 テニスボールが弾むような彼の手の動きと、マヨネーズをこねるような左手にオーケストラが一糸乱れずコントロールされている様が聴き取れて、しかもその弾むようなリズムに堂々としたベースの響きが知的な遊びがこぼれ落ちるハイドンののこの曲の、ハイドンらしい惚けた感じと下品にならない、文部科学省御用達の典型のようなところのバランスした、そう、このバランス感覚。悪意とユーモアのバランス、下品と上品のバランス、しなやかさと過激さのバランス。サヴァリッシュのコントロールが最高にニクいと思わせるところ。
 そして、ウィーン交響楽団の魅力的な事と言ったら。この頃のウィーン・フィルの魅力的なことは格別なのだけど、よりスタンダードなウィーン風がハイドンには心地よくて、ウィーン・フィルほど個性が強くなく、そしてフェロモンも少なく、その分清涼で構成感があって、このオケも全然イケてる。
 この曲ではこの当時1300円で買ったこの演奏が個人的には一番しっくりくるのです。

 とはいえ、ハイドンがこんなに好きになったのはクラシックを聴き始めてもうかれこれ40年くらい経つけど、ここ20年と言ったところ。ハイドンはたとえばベートーヴェンやブラームス、チャイコフスキーや今ではマーラー、ブルックナーなんかよりも聴いていてつまらないというか、そう思っていたのですよ。
 まぁ、それは、当然作られた時代からして曲の目的がルールに従いつつもウィットで知的好奇心をそそるような貴族たちの知的なエンターテイメントとしての役割というか目的というか、ロマンは以降の一般民衆を相手に大見得切って人をうならせたり、泣き節で人を泣かせたりするのとは違うから、聴く人、その対象にする聴衆が違うからなわけで、だから当然マーラーやブルックナーのように聴かれたらたまらないわけで、ハイドンが生きた時代と今私たちが生きる現代の違いがそこにはあるのだけど。
 でも、ハイドンの頃のそんな音楽の語法が耳にきこえてくるようになると、ハイドンがとっても身近に感じて、いろいろな楽器のメロディーや表情の対話や戯れるのを楽しんで、ハイドンの粋が心地よくも楽しかったり。

 この「軍隊」だって、以下、独断と偏見で。
 冒頭「レ~ソ」って言う上る音での序奏、「(このクッキー、はい)ど~ぞ」の「ど~ぞ」のところだけのような。ここで私は思うわけです、何を「どうぞ」ナンだろうって。そして、「ほらっ、ほら、ど~ぞ」また声色変えて「どうぞ」って、そして「これは、だから、・・・・」的勿体ぶったり、そして、幾度も「どうぞ」とすすめられて、どうもちゃんと説明をしてくれない音楽は、そのうちに優しかった「どうぞ」が脅すようにすごみを帯びて、またニッコリ微笑んで、「ジャンジャンジャンじゃ~ん」と、ちょっとハイドンに悪戯されたような気にもなりながら、その後に始まるのが軽やかな笛の音による本当の始まり。
 でも、その後もコロコロと軽快に流れながらも、椅子取りゲームでうまく取れた椅子に座ろうと思った瞬間サッと椅子を引かれそうになったりと、思わず転ばないように気が抜けない。
 そんなウッカリするとからかわれた気もしないでもなかったり、悪戯されたような感じだったりゲームのように、どんどん進んでゆくわけで、そのあたりはもう音楽の知性のゲームの様相を呈しているというわけで、これにはまるともうハイドンの虜。

 ところで、「軍隊」の名前の由来はと言えば、それはもちろんそこらでこの曲の解説の定番のようによく書いてあるのだけど、その軍楽隊に関して少々。
 ハイドンが活躍した18世紀、ヨーロッパでは「テュルクリ」と呼ばれるトルコ趣味がはやったわけで、これが広範に及び、トルコ風ファッション、音楽、コーヒー、アラビアンナイトなど大変な流行をしたらしい。たとえばモーツァルトやベートーヴェンも「トルコ行進曲」、モーツァルトはオペラなんかでもトルコが出てくるのはご承知の通り
ハイドンもその流行を取り入れたワケなのだけど、。
 これはオスマントルコが西方へ侵攻し、15世紀半ばにはバルカン半島一帯を、16世紀には中央ヨーロッパ、北アフリカを掌握。そして1529年、1683年と二度にわたりウィーンを包囲し、ヨーロッパに「オスマンの衝撃」をもたらすワケです。
 火砲の扱いに習熟し一糸乱れず行動するオスマントルコ軍とそれにともなった「メヘテル」と言われる音楽は、ヨーロッパの人々に恐れられ、そしてエキゾチックな趣味と響きは興味の対象となり、この「メテヘル」が今日の、そこいらでよく演奏される行進曲の基になったと言われている。
 そんなわけで、この音楽は次第にヨーロッパ各国の宮廷や軍楽に取り込まれてゆくことになった。

 ハイドンは「テュルクリ」全盛の1761年、29歳の時から20年以上にわたり奉職していたヨーロッパ随一と言われたエステルハージ家で、代替わりによる経費節減リストラのため、オーケストラの大幅人員削減(ハイドン自身とコンサートマスター他数名を残して全員解雇)で58歳で暇になって、幾つもの転職(と言うか事実上の再就職)の声はかかっていたが、楽団員同士のいざこざに頭を痛めながらも当時ヨーロッパで一番と言われたエステルハージ後としてはどれもあまり魅力的に感じなかった。
 そんな彼の元に、「ハイドン先生、私はロンドンのザロモンでございます。お迎えに上がりました」とやってきたヨハン・ペーター・ザーロモンの非常識に破格の待遇のロンドン招聘の話に乗るわけで、モーツァルトの「先生、あなたは年を取り過ぎています」と言う大反対に「イヤイヤ、私はまだ若いから大丈夫」と言って、自分を若いと思っている初老のハイドンが渡英をすることになり、結果後世はその初老の冒険心の恩恵でこの交響曲を含むザロモン・セットやオラトリオ「天地創造」などの名作を今でも楽しめることになるわけだけど、(モーツァルトは、ハイドンにこの後会うことはなかった。ハイドンが戻る前に亡くなってしまった)
 おそらくはこれらはよく聞くこの曲の話で音楽に時間にも習った気がする。(ザロモンというのは、フェリックス・メンデルスゾーンの母方の親戚という話は、関係ないからたぶんあまり話されないだろう)

 ところでそのロンドンの成功には、たぶんハイドンやザロモンが意図したわけではないけども、実はちゃんと下準備ができていた。
 当時のロンドンは産業革命による恩恵で豊かだった。ヘンデルの前例があるように、音楽家には大変に魅力的だったらしいく、そこにバッハの息子のヨハン・クリスチャン・バッハもロンドンで大活躍をしいて、そのときのクリスチャン・バッハの演奏会でハイドンの作品を取り上げて、大変に評判がよかった。
 そんな状況があってこそ、ハイドン本人の登場は大歓迎を受けた、当然この楽旅は大成功だった。(但し、演奏中「しゃべる」、「眠る」、「笑う」のロンドンの聴衆のマナーの悪さには恐れ入っていたようだ)
 これに気をよくして2度目の渡英が62歳の時。この時に今回演奏されるこの曲が作られた。前回の反省も踏まえ、今回のシリースは曲そのものをやや解りやすくしてあるのだそうで、いやいや、そんなことはない。
 初めに記したようにこんな子供の歌のような親しみやすさの中に様々なことが起きていたわけだった。これにハマるともうハイドン大好き。

# by yurikamome122 | 2015-07-05 06:36 | 今日の1曲

プリアンプの製作 その2 使用する抵抗とボリュームコントロールに関して

 プリアンプの実験として、使用するパーツに関して、先ずは抵抗と次にボリューム。ボリュームコントロールをアッテネーターにするか可変抵抗にするかは全く何の躊躇もなくアッテネータとしたい。可変抵抗は構造上理由だろうと思うけども、スイッチ式のアッテネーターに比べると透明感に劣る。これは仕方がないと言われている。これも先ずは実験。

 そこで、いくつか個人的にめぼしいと思う抵抗を選んで試してみる。

 1.TAKMAN REY50 金属皮膜抵抗
    堅めの聴いていてめざましい新鮮みはあるのだけどどちらかというと、
    金属的な肌触り。分解能が高めで定位感も良い。
    2週間エージング後にはそれらがすっかり印象を変えて、柔らかで、か
    つ分解能の高い、透明度のある音になった。

 2.理研電具 RMG 炭素皮膜抵抗
    生産は完了してしまっていて、流通している分だけしかもう手に入らな
    い。カーボン抵抗らしく、当初の音出しでは率直ではあるのだけど高域
    が詰まった感じのする音。やや定位が甘いのに加え、押し出しが弱い。
    2週間のエージング後ではその詰まった感じがとれて、高域のパンチも出
    てきた。とはいえ、金属皮膜のように輝かしい高域ではなく、まるで石
    膏の板の表面のように真っ白に輝くきめ細やかなもの。定位感がハッキ
    リしないのは相変わらずと思っていたら、そうではなく、上下左右前後
    の3次元の空間の再現力が良いせいで、録音会場の反射音がよくきこえる
    ために、アンビエンスの豊かさに包まれて定位を忘れがちになるだけだっ
    た。

 3.アムトランス AMRG 炭素皮膜抵抗
    0.75Wで試した。当初は中低域の張り出しが大きく、力強さは感じるが
    やや鈍い感じがしなくもない。定位感は良いのだけど、特定の楽器が前
    に出る感じ。
    2週間エージング後は滑らかで率直、そして高域のきめ細やかさには大
    変な魅力を感じる。リケノームのRMGの後継としてアムトランス独自
    に開発と言っていたけど、感じとしてはリケノームよりも繊細で力強い
    ように感じる。アンビエンスの再現力はRMGを超える。間違えなくイ
    チオシなのだけどサイズが大きいのでアッテネーターに使えないのは残
    念。

 4.タイヨーム FTR33S 炭素皮膜抵抗
    音出し当初はなかなか悪くないのだけど、2週間エージング後の音の変
    化が少なく、RMGやAMRGに比べると魅力は劣る。スピーカーの奥に
    ズラリと奏者が並ぶ感じ。但し、魅力に劣るというのは前のその3者に
    比べるとという話。悪くはない。

 5.アルファ FLCX アルミ箔抵抗
    値段は高い。無誘導の巻いていない、L分の少ない抵抗として大いに期
    待した。
    音出し当初、意外なことに濁って曇っていた。定位感は甘め。
    2週間のエージング後、スッキリとした繊細な感じになったが、やや押
    しが甘い気がしないでもない。定位感はハッキリしているがシャープで
    はない。空気感が豊か。やはり3次元に拡がるが線が細い。でもこれは
    これで魅力的と思う。

 6.ビシェイ VRS 金属箔抵抗
    アルファの倍くらい。音出し当初、繊細で高分解能で率直な印象で控え
    めな印象なので物足りなく感じるけども、よく聴くときこえるべき音が
    ちゃんと鳴っている。
    エージング後には空気感が更に増して、そして線が細いというか、押し
    出しが弱いと感じていたが、そうではなく立ち上がりの良さと、スパー
    ンと抜けるときの見事さはさすが。だけどいくら何でもアッテネーター
    に使うには現実的ではないのが残念。

 7.進工業 RE35Y プレート抵抗
    現在生産完了品。以前からこれも音が良いと評判のもの。たぶん無誘導。
    がしかし当初から曇った印象で、どうもそれはエージング後もさほど変
    わらず。評判ほどではなかった。

 8.ニッコーム RP-24C プレート抵抗
    これもたぶん無誘導。進よりは良かった。音足し直後の濁り感はやはりこ
    れもあり、そして空気感も定位感も今ひとつ。
    エージング後にはだいぶ改善されてきた。価格からするとお買い得の抵抗
    とは思う。空気感もあるし、音像の率直さも魅力ではある。が他のもっと
    良い抵抗と比べるといかにも魅力に乏しい。

 9.DALE NS-2B 巻き線抵抗
    これも定評のあるもの。音出し直後に「こ、これは、この音は・・・・・」
    まさにその音でした。調べてみるとその通り。私が個人的にこの抵抗を使
    うことはないでしょう。

 これらの結果は絶対とも言いがたいと思うのは、同様の実験で他の人は全然正反対の結果のものをネット上では見つけることができるから。
 そして、抵抗のエージングによりどの抵抗も一様に音の鮮度が増して、程度に差こそあれたった2週間で空間の再現力が見違えるように変化したものもある。
 よく言われるように、金属皮膜は音がシャープで堅め、炭素皮膜は音が厚く柔らかめで金属皮膜に比べるとややエッジが甘めという傾向はなくはないけども、エージングによってそれらの差はだんだんと埋まっていくような気がしなくもない。但しビシェイは別格。このクオリティーは値段に恥じない、というか値段以上の価値かも知れない。

 実験結果を踏まえ、プリアンプに使う抵抗はアムトランスのAMRGに決定。アッテネータに使うのはこの選択肢からだと音質と価格とサイズを考慮するとTAKMANのREY50と、アムトランスのAMRGなんだけど、アンプ基板がAMRGなので揃えたいけどもサイズの関係で無理なので、次善の策として同じような音の傾向で値さえそろえば理研電具のRMGとしたい。
 先達の方のご厚意もあり、なんとか希望通りRMGを揃え、そして完成。

音質比較と言うことで、次の3種類を実験してみた。

 1.アルプスのデテントボリューム
    たぶん実売価格2000円以下
 2.おそらくは中国製の格安ラダー型アッテネーター。
    よく6000円くらい方売っているもの。
    デールの抵抗を使っているというのがウリだそうです。
    写真は販売店の売り上げに影響するといけないので自粛。
 3.セイデン製のロータリースイッチを使った自作
    抵抗は理研電具のリケノームRMG1/2W使用
    スイッチも含め、材料費だけで30000万円超え

 大変期待したのは2番のもの、この値段で良い結果なら大変にコスパの良い話。

 基準としては、一般的というか、自分でもよく使っていたデテントとして聴き比べてみる。デールの抵抗を使ったラダー型は、なぜかスッキリせず、何かどうも聴いていて痒いところに手が届かないもどかしさというか、そしてメタリックな色付けも気になった。一聴してこれは明らかに鉄の音。実際磁石を付けてみたところ、やはり磁性体であった。
 デールというメーカーは、最近売っている抵抗で非磁性体のものあるのだろうか。
 セイデンのロータリースイッチを使ったアッテネーターは抵抗にも全てシールドを施した手間とお金をかけたもの。これは別格、比較すること自体もう意味がない。これほどまで音量調整で音が劣化していたわけだ。
 音場の拡がりも立ち上がりも粒立ちも、アンプそのものが1ランクも2ランクも上がったような印象を受けた。
 それにしても、アルプスのデテントはこの値段では大変にコスパの高い製品だと思った。3倍以上の値段のアッテネーターよりも断然音が良い。セイデン製のスイッチを使ったアッテネーターには当然かなわないのだけど、音の率直さ、そして透明感でも満足できるものだと思う。
 2のアッテネーターをなんとか良い結果が出ないものかと、たとえアッテネーター本体をシールドしてみたり、あるいは紐のような細い線を太いものに交換したり試してみたけども、磁性体は磁性体、何をやってもダメだった。
 今後、私はこのアッテネーターを使うことはないだろうと思う。そしてデールの抵抗も。
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# by yurikamome122 | 2015-06-25 13:07 | オーディオ

アバド指揮、シカゴ交響楽団ほかで、マーラー作曲、交響曲第2番「復活」

c0021859_17392950.jpg アバドが私の前に颯爽と登場したのがこの録音だった。シカゴ交響楽団とのマーラーの2番。流麗に流れる音楽の綾が優美に交錯して紡がれる。そこにしっかりと注がれた熱い情熱とパッションは、アバドの場合たとえばメータのようにドロドロとうねり流れるようなものではなく、気品を感じるような知性があってスマートでスタイリッシュ、そしてこの頃の録音にはその上に若々しい清澄さがこの演奏を更に魅力的なものにしていたし、実際マーラーのこの曲はこういう曲だと思っていた。
 優美にデリケートに旋律が歌って、舞い上がったり激情を湛えたり遠くを見据えたりしながら、どんな時も音は、響きはあくまで明晰。
 しなやかな音楽は一つ一つ心のヒダがクッキリと刻み込まれながらドラマティックに演奏を盛り上げる。またこの頃のシカゴ交響楽団の響きの魅力的なこと。
 この世界観は圧倒的に説得力があったし、今改めて聴いてみて、やはりとても魅力的だった。
 この曲がアバドで初めて録音されたのはたぶん70年代の終わり頃だったと思うけど、あの頃、マーラーを演奏する指揮者はこのアバドとメータと征爾さん、それからレヴァイン。ハイティンクは全集の存在は知られていても日本では手に入らなかったし、後は若い頃のバーンスタインとクーベリックの演奏くらい。若手指揮者の仕事だったマーラー演奏は、若い、熱い情熱に満ちた音楽だと私は勝手に思い込んでいて、だからこそあの時代の彼らの演奏のあの「原光」がとても魅力的にきこえた。だからこそあの頃私にはクレンペラーの演奏があまり魅力的ではなかった。
 最新のアバドの晩年の録音はもちろん凄い説得力なんだけども、そして私のマーラー像も、この曲への印象も変わったのだけども、やはりこの演奏は今でも私にはあの頃の想い出とともに、今でもあの頃と同じ熱いものが胸の奥からこみ上げるあの感じとともに、そしてこれからもたぶん一生この演奏に魅力は消えないんだろうなぁ。

# by yurikamome122 | 2015-06-24 17:39 | 今日の1曲

プリアンプの製作 その1

 先日、あるマニアが我が工房にお越しになり、安井式アンプと安井式のネットワークによるシステムを試聴された。
 「これは凄いっ!!」、その音が出た瞬間の表情が嬉しかった。
 聴き進むうちに「今まで聴いていた音は何なんだって感じ」ともおっしゃっていただいた。安井式アンプの雄大なスケール感と奥行きを感じる透明感、そして実在感を体験していただけたのはよかった。

 実は、パワーアンプの後プリアンプの安井式で組み上げている。
 パワーアンプの成功からすれば当然その延長でと言うことだし、安井先生の「プリアンプが対応していなければ音は拡がりませんよ」というお話もあり、更にその先を聴きたくなったというわけで、先だってのAccuphaseのP-6100の対決での収穫もあり、記事のオリジナルを更にブラッシュアップしたくなり、本格的プリアンプに先立ち、検証実験用にOP-AMPを使った実験機をバラックで組み立ててみた。
c0021859_15373971.jpg カップリングコンデンサは1.5µFのよくOP-AMPのデータシートに載っている極々当たり前のOP-AMPのフラット増幅回路に安井式電源を組み合わせ、(とは言ってもオペアンプ周りのデカップリングは100µFの電解コンデンサを入れてあった)パーツは手持ちを使った関係で定数も手持ちのものになっている。トランスはジャンクのよくある青い小さなトロイダルを使った。この手のトランスは多くの場合恐ろしくレギュレーションが悪い。このトランスもご多分に漏れず、出力電圧が定格で35Vなんだけど、開放状態では67Vもある。不良品かと思ったけど、データシートを見てみたらそういうものだった。それだけ巻き線の直流抵抗が大きく、つまりレギュレーションが悪い。
 はさておき、先ずはそのまま誰でもやる、つまり安井式のフィルターなしの回路での実験。OP-AMPは手持ちであったもの幾つか差し替えたけど、個人的に好みだったバーブラウンのOPA2604で実験機とした。
 この時点での音は、OP-AMPによくありがちな、カチッとした堅めの音で、そしてこのOPA2604らしく活き活きとしたパンチのある音がしている。それでいて手応えを感じる中音域の厚みも、たとえば優等生的なナショナルセミコンダクタのLME49860よりもワイルドで、音楽的なリアリティーではこちらの方が好みではあるのです。そんなわけで、これはこれで悪くはないとも思う、アナログのトランジスタアンプ的な音と言いますか、色気のある音であった。

c0021859_15491372.jpg いよいよ安井式の検証。まず、回路図で目につく安井式の特徴のコイルによるフィルターを挿入すると音は一変する。奥行きを感じて低音の力強さが増す。
 次にカップリングコンデンサに10µFの電解コンデンサを並列に接続。これは効果が確認できるまで時間がかかった、音が曇るような印象を感じなくもない。エージング待ち。
 そしてデカップリングを安井式のオリジナル通り0.033µFに変更。これが素晴らしかった。前後感の再現力が格段に上がった。但し低音の力強さが後退したような気がしなくもない。
 そこで、整流後、電源回路以前の平滑コンデンサの容量を手持ちの関係で1500µFだったものを更に2000µF重ねて合計3500µFとしてみたところ、低音の力強さが改善された。
 そんな試行錯誤をしているうちにカップリングに並列した電解コンデンサもエージングが進み、並列した直後とは全く違う響きを聞かせてくれている。
 この響きはもはやOP-AMPとは思えないスケール感に柔らかさ、しなやかさ。
 この時点ではまだパーツ類のシールドはしていなかったのだけど、簡易のシールドを施してみたところやはり音のスケール感と決めの細やかさは更に増してきた。

 ここで、OP-AMPを新日本無線のMUSE-01に差し替えてみた。この非常識に高価なOP-AMPの実力はというと、スピーカーから流れてくる音の浪々をしたスケールにはOP-AMPの私の固定概念が全くの言いがかりのようなものだったと言うことを身をもって体験をした。このふくよかさ、艶やかさ、ダイナミックな力強さは真空管と言っても誰も不思議がらないと思う。でも実はマニアは敬遠するOP-AMP。

 回路図は、どこにコイルを挿入し、デカップリングの値などがわかるように添付しておく。これは安井先生御自身が記事にしたものとほぼ同じ。
 と言うことで、ここまでが安井式のオリジナル通りの構成でアンプを組んで、安井先生のノウハウがどういう効果があるのかを一つずつ検証してみた。
 コイルや抵抗のシールド、デカンプリングコンデンサにカップリングコンデンサ、それぞれに大きな効果があったのは事実と同時に、そうたいした出費にならないところがポイントで、大胆な回路に見えないので地味な印象ではあるのだけど、こう進めていくうちに音の善し悪しは、パーツやら回路やらで決まるのはもちろんだけど、なぜそれらが音の善し悪しに聴感上影響するのかはパーツや回路が良い悪いと言うことよりもそういう影響を出させる要因は何か別にあるような気がするのです。
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# by yurikamome122 | 2015-06-24 15:49 | オーディオ

ヴィルトゥオージ・デル・カントの演奏でロッシーニの弦楽のためのソナタ全集

c0021859_1620223.jpg 美食家ロッシーニってその後に自ら料理人になるほど美味しいものには拘ったらしいのだけど、この「弦楽のためのソナタ」がとってもチャーミングで、全6曲がケーキバイキングのように並んでいるワケなのです。
 モーツァルトやサン=サーンスなんていう子供のうちから恐ろしくできるヤツもいたのだけど、このロッシーニもその口で、この曲集は12歳の作。時折きこえる後のオペラのようなところなんてついつい手を止めてしまう。最後はロッシーニ・クレッシェンドもやっぱり12歳くらいの少年のような雰囲気で登場。
 この曲集、多少の恥ずかしさもあってか後にロッシーニ自身で酷評するのだけど、聴いてみれば伸びやかな歌心に純真さと無邪気さが雨で洗い流された空気の澄んだ梅雨の中休みのまぶしい光に負けない輝かしさと魅力があったわけで、やがてつい聴き惚れて止まらなくなってしまった。

 いろいろなアンサンブルが録音していて、カラヤンやイタリア合奏団なんて弦楽合奏でやってるんだけど、カラヤンのこの曲の奥底の、たぶんロッシーニ自身気付いていない心のヒダを丁寧に洗い出して、そして多少堀を深くして整えた演奏はそれはそれで大変聴き応えがあるのだけど、やはりオリジナルの四重奏の方がなんたって透明な響きが大人ではない無垢な少年の感じだし、やはりきいていて音楽が舞っていると思う。

 で、この「ヴィルトゥオージ デル カント」の演奏、チェロは生クリーム、濃厚でいながらもたれない大人の甘さ、ヴァイオリンがクッキーにトロピカルフルーツってところですか。
 そしてコントラバスがシフォンケーキで、時々存在感のあるソロや歌い回しを披露しながらドッシリと構えた貫禄、いいですなぁ、このアンサンブルの心地よさ。
 皆さん普段はオケのメンバーだったりソロ活動をしたりの方たちだけど、音色と豊かな残響を伴った響きがすごい魅力的で、それぞれの音が優美な線を描き、舞い、そして綾となり紡がれる。それらが極上ケーキのようについついと手を伸ばしたくなるような粋でキュートなワクワクするような香り、彩り、梅雨の中休みの澄んだ空気のまぶしい光と爽やかな風にピッタリ。
 この曲のオリジナルであるはずの弦楽四重奏の録音は実は結構貴重なんじゃないのかな。それに、なんたってこのおしゃれな曲集はこんな時には是非聴きたい贅沢な1枚でありました。

# by yurikamome122 | 2015-06-22 10:54 | 今日の1曲

打楽器四重奏団「Shun-Ka-Shu-Tho」の演奏で、ガーシュイン作曲、3つのプレリュード(編曲:藤本隆文)

c0021859_13364068.jpg 打楽器四重奏団「Shun-Ka-Shu-Tho」と言うのがありまして、たぶんまだ解散はしていないはずなんだけど、このアンサンブルのCDはナカナカですぜ。
 何年前だったか、彼らのコンサートで聴いたガーシュインの「3つのプレリュード」がとっても粋で、このコンサートで打っていたCDにも入っていて、っていうか、ビブラフォンやマリンバ、ティンパニなどの打楽器の色彩感と表現力、その澄んだ可愛い音一つ一つが、憂鬱な梅雨の曇り空から舞い落ちる雨の滴が楽しそうに陽気にスイングしていて、いろいろな表情でポロッと葉っぱから溢れ落ちる、その滴のアンサンブルのようにチャーミングでかわいくてカッコイイ。
 これを聴いていると、雨もそう悪くないもんだって、そんな気がしてくる。

 元はピアノ曲なのかどうなのか、よく知らないけど、ガーシュイン自身ピアノで演奏した録音は、と言うか演奏はあまりモダンではなく、古典的な香りがする。プレヴィンがギル・シャハムと演奏しているのが都会的な色気をたたえて心地よくスイングしていて、こういうのをたぶん「なかなかゴキゲン」というのだろうと思ったりする。
 で、これらとは全く違う世界を聴かせてくれているこの「Shun-Ka-Shu-Tho」の演奏のために、この曲を打楽器アンサンブル用にアレンジをした藤本隆文さんを知っているのは神奈川フィルを聴いている人では結構の古株。打楽器の首席で、ステージの一番後ろでティンパニの前にいつも君臨していた。
 で、この演奏でティンパニはひょっとしたら平尾信幸さん?。コンサート当日は確かそうだった。

 そしてこの日のコンサートの最後に演奏されたのは、ジョン・ケージの初期の作品で「ConstructionⅢ」。プログラムに「1940年代に、かくもダンサブルかつイカレた作品が書かれていたとは」って藤本さんが書いていた。確かにイカレている。ワクワクしながら聴いちゃった。スッゲー面白かったコンサートだった。c0021859_13395678.jpg

# by yurikamome122 | 2015-06-19 13:40 | 今日の1曲

ミッシェル・サナドゥーを知っていますか

c0021859_17231940.jpg フランス方面の歌手で、ミッシェル・サナドゥーっていうのが居て、これが印象深い伸びやかな声で明るく溌剌と、そしてセクシー。ノスタルジックで雰囲気がいかにも70年代後半から80年代って言う感じ。恐らくは、これのヒットの延長線上にフリオ・イグレシアスがいたんだと思う
 中学生の頃、FMからきこえてきたカッコよく惚れ惚れする歌声に、さっそくラジカセの録音ボタンを押した。「恋のやまい」という歌だった。
 後でレコード店に行っても、「ミッシェル・サナドゥーと言うフランス人のレコード」と言っても、田舎の町のその店には在庫がなく、お取り寄せと言うことになったのだけど、後に我が家の黒い電話の優しいベル(あの頃の電話のベルの音は心地よい響きだった)が鳴ったときに、電話の向こうに出たその店のお母さんに「お取り寄せのミッシェル・・・・・・のレコードが来ました」と言われて、喜びに心をときめかせて取りに行ったらミッシェル・「サナドゥー」ではなくミッシェル・「ポルナレフ」だった。我が国ではフランス人の歌手でミッシェルと言えばポルナレフが有名で、勝手に向こうが勘違いしてしまっていた。大変がっかりした。
 それから待つこと2週間してやっと来たレコードに針を下ろしたときの嬉しさは今でも覚えている。
 
 その後に愛読していた「FMレコパル」をチェックして、ミッシェル・サナドゥーの歌が放送されるときは必ずエアチェック(これも死語だけど懐かしい)をした。
 その中で印象的だったのが「ジュテーム・ジュテーム」。
 純真に恋人への愛を歌う、真夏の夕日のきれいな海岸で、情熱的に彼女へアタックしている、あんまりエロチックではない歌だったはず。
 youtubeにあったリンクを張るので是非に。


 あともう一つ、日本では「愛の旅立ち」と言われた曲で、誰か日本語で歌っていた気がするのだけど、誰だったか。日本語ではおしゃれではなかった。
 これが、「世界中旅しようじゃないか、文無しになったって、君がいればいつでも胸がいっぱいさ」みたいな、元気が出るというか憧れるというか、ついうっかり自分でもやってしまいそうに楽しい歌。


それから、日本では「恋のやまい」と言われていた曲。これはもう、聴けばわかる。聞いたことあるでしょう、あの曲。


先日アップした、誰も知らないだろうと思った「ジュテーム・モワ・ノン・プリュ」がなぜかブログヒット3桁を回復する大ヒットしているのは朝ドラのせいだと知って、大変ガッカリして、それではつまらないのでアップしました。

# by yurikamome122 | 2015-06-18 17:25 | 今日の1曲

アナログレコードの溝をプレーヤーの針がうねうね動く様子を顕微鏡で見る ~ 今日のグノシーの記事から

c0021859_1063880.jpg これ見ると、まるで幼児に巨大ダンプを手で動かさせているような違和感のある景色に見える。しかも可聴帯域をカバー(昔あったCDー4と言う形式ではその倍以上)する音まで拾うとなると1秒間に2万回も振動していて、それを正確にカートリッジのカンチレバーの根元の磁石かコイルまで伝えるわけだ。
 実際、こんな巨大なものがこんな細い溝を脱線しないでなぞっていき、この細かな振動で発電するなんて、神業的に思う。普段使う居間の引き戸だったら絶対脱線している。
 ましてや、こんなバカげた景色によって再生される音をいいのわるいの言うことをナンセンスと感じたりしないでもない。(とはいえ、多くの場合デジタルの音源よりも確かに結果がいいのも事実。)

 ちなみに、カートリッジの針圧を仮に1グラムとしたときに、それを1平方センチに換算すると3トンくらいの力がかかったものと言うことになって、シュアのように軽いものでもそれくらい。マニア延髄のオルトフォンのSPUなんて3グラムも針圧をかけるので、1平方センチ換算では9トンというすさまじさ。
 その上、音を拾うために溝に沿って上下左右にこの針が動くのだから、それこそSPUみたいにロー・コンプライアンスだと、加速度も考慮すると、そのときに瞬間的にどれくらいの針圧がかかっているかなんて考えたら、この細い溝はよく頑張ってる。

もと記事はこちら
アナログレコードの溝をプレーヤーの針がうねうね動く様子を顕微鏡で見るとこんな感じ

 このもと記事の中にある「ワルター」時代の「ウェンディー・カーロス」の「Switched on Bach」のジャケットが懐かしい。これがシンセサイザー「ムーグⅢ」の名を世界に轟かせた。

# by yurikamome122 | 2015-06-18 10:10 | オーディオ

安井式40WパワーアンプとAccuphaseのP-6100の対決

 パワーアンプの製作で、安井式の選択の成功だった。
 あるイベントで、パワーアンプのみ安井式にしてデモンストレーションを行った。多くがオーディオに興味がある人しか来なかったそのイベントでは、おおむね好評というレベルではなく、足を運んでくれた人は皆一様に予想以上のクオリティーに驚いていた。
 あるマニアが「そのアンプ、貸してくれませんか」というお話。その方のお宅で、アキュフェーズのアンプとタンノイの高級スピーカと組み合わせると言う機会を得た。
 ラインナップはパワーアンプがP-6100、プリアンプがC-2420。スピーカーはタンノイのカンタベリー。
 基本的にバランス伝送で接続されていて、スピーカーはバイワイヤリングで接続されている。
 今はハイエンドはバランス伝送が常識的な流行と言うことになっている。(実はバランス伝送というのは家庭用のケーブルが長くても数メートルというオーディオシステムでは、デメリットの方が大きいと言うことをあまり知られていないのは、ものを作る側で、しかも高いものを売りたい方としてはありがたいことだと思う)
 始めに聴いた印象で、このシステムのスケール感は快感を感じさせる。
 伸びやかなきめの細かい音も色気を感じたし、ピアノの共鳴による基音より低い音も雄大に響いていて、それでいて立ち上がりがよかった。でもハイエンドによくありがちな1枚ベールをかぶった印象はやはりここでもあった。
 そんなシステムのおよそ100万円のパワーアンプとの対決なのだけど、安井式のパワーアンプはアンバランス伝送なので、アキュフェーズのプリアンプのC-2420はアンバランスの出力も装備されているのでいるので、こちらを使って接続。
 カンタベリーは能率が8Ωで96dBもあるので、スピーカーから2~3mのリスニングポジションで40Wの出力でもダイナミックレンジとしては生のオーケストラ以上の音が出せるので、全く出力としては問題なし。
 重さも大きさも全然違うこの対決は大変楽しみだったけど、結果は惨憺たるものだった。
 自宅ではスピーカーの外まで拡がっていた音場が全く拡がらないどころか奥にくすんでしまっていて、しかも詰まった印象。
 アキュフェーズできこえていたピアノのハンマーが弦を叩くその感じが全くしない。
 よくハイエンドにありがちな、スケール感はあるのだけど1枚ベールをかぶったそんな感じが更にひどくなったような印象だった。ホールトーンが自然に引かないどころか、きこえるべきホールトーンがない。
 明らかに自宅で鳴らすのとは、出張デモで鳴らすのとなり方が違う。
 実験用に用意していったコモンモードフィルターをプリとパワーの間に挿入したところ、大きな改善があったものの、それでもアキュフェーズの足下に及んだとは到底言いがたいのは変わらない。自宅で聴いたときのようなホールに包まれるような感じが全くしない。
 アンプを自宅に持ち帰りいつもの環境で試してみると、さすがにカンタベリーのスケール感にはかなわないのだけど、透明感と立ち上がりでは明らかに我が家の環境の方が勝っていると思う。
 安井先生にそのことを話してみたところ、「プリアンプも対応していないと、音は拡がりませんよ」とのこと。
 この経験は大きかった。音をよくする秘密が一つ解った気がした。
 なぜたった数メートルのケーブルに大金を投資しなければいけないのか、なぜ試聴したときと買ったときでは音が違うのか、その原因の大きなものを見つけた気がした。
 そして、それは後の実証実験でたぶん正しかった。

# by yurikamome122 | 2015-06-16 05:59 | オーディオ

ジュリーニ指揮、バイエルン放送交響楽団でラヴェル作曲、「マ・メール・ロワ」とこの曲の周辺

c0021859_176544.jpg ミュンヘンの放送局のオーケストラから、ジュリーニが聴かせたマ・メール・ロワは印象的な演奏だと思う。
 会場にフワッと拡がる幻想は精緻に作られたラヴェルの世界そのものかもしれないけど、でもスピーカーを通してでもなお精緻さなど感じさせない、朝靄のように漂う情景と、誰もが持っていたような純粋で澄み渡った感情と、それをなんの疑いもなくあたりにまき散らしていたあの頃の切ない想い出。
 音楽から感じる暖かさよりも、胸の奥からわき出る押さえることのできない何か。音楽を聴いている今この時、幼少の頃に戻った

 ラヴェルは、生まれた年は40年もサン=サーンスの方が早いけど、どちらも1800年代の後半から1900年代の前半に活躍したフランスの作曲家。
 また、どちらもフランスの新古典主義の作曲家で、シニカルな態度を露わにする皮肉屋と言うのも両者共通。また、両者とも先進性のせいかどうか、当時のアカデミズムの審査によるローマ賞には縁がなかった。
 ラヴェルは「水の戯れ」で、サン=サーンスは「死の舞踏」で両者ともリストつながり。
 そして、サン=サーンスの弟子のフォーレの弟子がラヴェル、つまりラヴェルはサン=サーンスの孫弟子となるのでした。
 さらに、遊び心に満ちてたラヴェルの「マ・メール・ロワ」と「ピアノ協奏曲」(相撲で舞の海が時々披露した「猫だまし」よろしく初っぱなパチンと張り手一発、その後も違う調性の同時進行やポリリズムやブルーノートなどなど、技のデパートの面目躍如。しかしながらラヴェル自身「モーツァルトやサン=サーンスと同じような美意識」に基づいて作曲した」と言っている)
 サン=サーンスも「動物の謝肉祭」という遊び心を示しているけども。

 「マ・メール・ロワ」とは「マザー・グース」の事で、でも「ロンドン橋落ちた」なんかで有名な「マザー・グースの歌」ではなく、「赤ずきん」「シンデレラ」などの作者のフランスの物語作家のシャルル・ペローのおとぎ話集の「ロアお母さんの物語」(マ・メール・ロワ)で、それを英語直訳したのが「マザー・グース」。
 マザー・グースよりマ・メール・ロワの方が年代的にも本家本元で、後のグリム童話にも影響を与えたと言われているとか、ラヴェルのマ・メール・ロワはペローの童話集から題名と物語を採用したけれども、ドーノワ夫人「緑の蛇」より第3曲の「パゴダの女王レドロネット」を、ボーモン夫人の童話集「子供の雑誌」の中の「美女と野獣」を採用したとか、(最後の「妖精の園」はラヴェルの創作)この曲の作曲経緯であるところの、ラヴェルが画家のボナールと友人のゴデヴィスキーを訪ね、ボナールがゴデヴィスキー夫人の肖像画を描いている間に、彼女とその子供2人の子供、ジャンとミミーのためにこの「マ・メール・ロワ」をピアノ連弾曲として書き、この二人の子供に献呈したし、初演もこの二人の子供で行いたかったのだけども、この子らの手に余り1910年の初演は、後に「クープランの墓」を初演するマルグリット・ロンの弟子でパリ音楽院の学生であった2人、当時11歳で後にここの教授となるジャンヌ・ルルーと14歳のジュヌヴィエーヴ・デュロニーが行った事や、こんな私的な作品であったので、一般に聴かれるものではなかったが、1911年にラヴェル自身で管弦楽版に編曲され、その後に芸術劇場の支配人のジャック・ルーシェからの依頼で、1912年に《前奏曲》と《紡ぎ車の踊りと情景》、《間奏曲》を書き加えて管弦楽に編曲し、ラヴェル自身の台本によるバレエ作品として公表、大成功だった。---などというのはもちろんよく知られた話。
 ただ、この曲をよく聴いているうちに、どうしても子供の頃にタイムスリップするこの仕掛けを探ってみたくなった。もちろん私なんぞにラヴェルのインスピレーションの神髄なんか当然感じることなんかできるわけもないのだけど、でもそういう子供のような気持ちにさせるのもこの曲なのだと思う。
 そしたら、当たり前だけど、改めてラヴェルのオーケストレーションは凄かった。

 この曲は劇中劇として物語が進む。
 オリジナルのピアノ版では1曲目の「眠りの森の美女のパヴァーヌ」で王女の「眠り」によって始まったこのおとぎ話の中のおとぎ話は、王子の登場と王女の「目覚め」、すなわち「妖精の園」の壮大なフィナーレによって結ばれる。
 今回演奏されるであろう管弦楽によるバレエ版では、同じ劇中劇の形式をとっているが、ラヴェル自身の台本により、ペロー版「眠りの森の美女」により構成が近づき、また「前奏曲」、「紡車の踊り」を加え、曲順を入れ替え、そして各物語の前に間奏を配置した。
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前奏曲、第1場「紡ぎ車の踊りと情景」、第2場「眠りの森の美女のパヴァーヌ」

 舞台は妖精の園、お城のファンファーレが遠くきこえる中、紡ぎ車の棘に刺さり100年の眠りに落ちる。そして王子様の手によって目覚めるように魔法をかけられる。なんとか彼女を目覚めさせようとするが、誰も彼女の目を覚ますことができなかった。
 パヴァーヌとはヨーロッパで 16 世紀から 17 世紀初頭にかけて大流行した宮廷舞曲で、17 世紀に入るとやがて消えていった。ゆったりとした二拍子系で曲が進む。
 このゆったりと重々しい雰囲気で静かに始まるメロディーは、聴いていて心地よいエオリア旋法という五音階で書かれていて、なので素朴な印象を持ち、しかも静謐。
 終始ゆったりとp-ppで演奏され、たった一度だけ mf が出てくる以外は常に静けさに包まれている。冒頭のたった一小節の動機から生成され、「ゆりかご」のように繰り返され、同時に四つ以上の音が鳴ることはなく、八分音符以上の早い音符は登場しない。「伴奏の同じ音型の繰り返し」、「親しみやすいメロディー」、「抑揚のないゆったりとした音楽」はすなわち「子守歌」そのもの、簡潔な音楽はまさに静かな「眠り」。

 バレエの舞台では、二人の侍女が王女を寝かせ、ローブを脱いで、仙女ベニーニュに変身した老女は、現れた二人の黒人の子供に王女の眠りを小話でなぐさめるように命じる。
 そして二人の子供は「美女と野獣」「親指小僧」「パゴダの女王レドロネット」の三つの物語をこれから演じる。

第3場.「美女と野獣の対話」

 この曲は物語の原作者ボーモン夫人の「美女と野獣」に沿って作曲されている。「美女の登場」「野獣の登場」『美女と野獣の対話』「二者のワルツ」「魔法と変身」という物語の流れ。
 管弦楽版では場面が変わったことを示すインパクトのある間奏曲の後に、非常に流麗なリディア旋法で書かれた「美女の主題」がお目見えする。
 ppで始まる穏やかなワルツに乗ってクラリネットが「優しく、感情をこめて」(doux et expressif)奏でられる。
 すると非常に短いフェルマータの後に突如グロテスクにコントラファゴットにより低い音で「野獣の主題」が登場する。
 調性感の保たれた優雅な「美女」と、低音域で奏でられることによって非常にグロテスクで調性感が希薄になりリズムもとりずらい「野獣」の2つのテーマが対話を行う。
 野獣が現れた後の「美女の主題」は高い音に寄りがちで、しかも調性的な安定感を失い、そして美女の主題のはるか下方では「野獣の主題」が不気味な上昇をしている。
 二つの主題が同時に奏でられることはほとんどなく、美女が野獣を恐れて「対話」をしていることが表現されている。
 ところが、ffで前半部の頂点が築かれ後半に入ると急速にラレンタンドして初めのテンポに戻り、二つの主題が同時に奏でられる。調性に基づく「美女」の主題と無調的半音階の「野獣」の主題の二つの主題は当然ながら美しく重なることない。
 不器用に音域的に近づいたり、離れたりすることを繰り返しながら音楽はワルツを踊りながら展開し、「野獣」は音域を徐々にあげて速度を速め、逃げる「美女」の主題に迫り、緊迫して早くなり、ついに二つの主題はぶつかり、全休符の完全な静寂に聴衆の耳がひきつけられたのち、幻想的なグリッサンドが現れ、「野獣」に魔法がかかったことが示され、その後、ヴァイオリンのソロの高音域で美しい姿に変身した「野獣」の主題が奏でられ、「美女」の主題も現れると幸福に音楽は主和音で締めくくられめでたしめでたし。

第4場.「親指小僧」

 シャルル・ペローの童話を下敷きにした作品で、貧しさゆえに森に捨てられた小さな少年「おやゆび小僧」は森へ入っていく途中に帰り道がわかるようにパンくずを道に少しずつまいていく。
 この不安な道のり、弦とオーボエなどのよりだんだん伸びてゆく奇妙な変拍子で奏でられるどこまでも続く暗い森の小道。
 森の真ん中で兄弟たちと眠ってしまった「おやゆび小僧」だったが、次の日になってみると、なんとまいておいたパンはみんな鳥が食べてしまった。幻想的な鳥の声がそれを示している。

第5場.「パゴダの女王レドロネット」

 ドーノワ夫人の「緑の蛇」を題材にしたこの曲は、入浴する「パゴダの女王レドロネット」を楽しませるために、男女の首振り人形たちがクルミやアーモンドでできた楽器を使って踊ったり音楽を奏でたりすると言う筋書き。
 中国風の五音音階を基にシロフォンやグロッケン、チェレスタといった「おもちゃ」の楽器が使われている。
 パリ万博でヨーロッパにお目見えしたガムランの影響からか、ピアノの踊り出すような強いリズムなども駆使し、「おもちゃ」という要素に東洋への志向、エキゾティスムを加えることにより「おとぎ話性」を強調し、またフレーズの最後に入るスタッカートなどで、細かく複雑な動きが磁器でできたおもちゃの家臣たちのにぎやかな様子を見事に表現している。
 最後は中国音階に含まれるすべての和音が打ち鳴らされ、にぎやかに終曲となる。

終曲「妖精の園」

 最後の物語が終わると再び遠くで城のファンファーレが響き、フロリーヌ王女の眠る妖精の園では鳥の声が聞こえ、愛の神に連れられて王子が登場する。彼は眠っているフロリーヌを発見する。夜が明けると同時に王女は100年の眠りから目覚め、二人は結ばれ、皆から盛大に祝福される。

 遠くで鳴り響くファンファーレで始まった後、pp で始まった音楽は、まるで母親のお腹の羊水の中を漂うような素朴で安定感と安らぎのあるハ長調で始まる。優しさと感傷的な美しさに満ちて、生まれたばかりの赤ちゃんの皮膚のような気高く繊細で絶妙な上昇と下降を繰り返す。朝焼けを思わせるような凝縮された透明で神秘的な音は、ここでは幾つかの小節を除けば凝縮されて4つの音しか同時に鳴ることはない。
 木霊のような印象的なハープのアルペジオの後、オーケストラたちの天使が舞い降りる中、朝露の輝きのような音色に包まれてヴァイオリンのソロが高域で美しく奏でる。その音色による旋律の後にアルペジオ、高音域の旋律、様々な楽しく美しい思い出が次々あふれ出すように教会旋法、激しい転調、三連符と八分音符の交差、ここで聴き手は優しく抱かれた母親の笑顔とともに幻想的な異次元の世界を感じ、聖域となった幼少の思い出に触れる。
 再びハ長調で満たされた現実へと舞い戻った旋律は徐々に下降したのち、再び上昇をして小さくなりながらリテヌートし、後半部へと入る。まさにこの瞬間 pp で鳴り響く和音の美しさ。
 そして、鐘の鳴り響くさまを思わせる音型が聞えるなか、息の長いクレッシェンドをしながら和音を増やし、日の出のように上昇していき、きらびやかなグリッサンドが激しく駆け巡る頂点では、聴き手は胸の内に湧き上がる間違えなく自分自身の追憶の彼方の甘美な世界の前に立ちすくむ。
 たぶん、私の間近をラヴェルの神髄が通り過ぎた。

 「これは幼少時代の庭であり、人間の心の庭園である。涙を流しながら思い出す使い古した昔のおもちゃ、そこにふれるやいなや壊れてしまうような過去といった、幼少時代のすべての夢幻劇遙」(オリビエ・メシアン)

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 「お嬢さん、あなたがいずれ素晴らしい名手になり、私が勲章にまみれるか、あるいは誰からも忘れられた頭の固い老いぼれになる頃、あなたはその天分でもって、まさしくそう演奏されるべき解釈で、ある芸術家に、彼の作品のひとつを聴かせた、快い想い出をお持ちになっているでしょう。
 あなたの子どもらしい繊細な「マ・メール・ロワ」の演奏に,千度の感謝を贈ります。」

 初演後にラヴェルがジャンヌ・ルルへ宛てた手紙
 (1910年4月21日)

# by yurikamome122 | 2015-06-16 04:06 | 今日の1曲

セルジュ・ゲンスブールとジェーン・バーキンで「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」

c0021859_9381119.jpg 「je t'aime... moi non plus」って、パリには行ったことがあっても、フランス語は全くわからない私に、この言葉の意味は、というと、実は高校時代、友人に教えてもらっていたわけで、今でもおぼろげながら覚えているのは、「愛してる」「私は、どうかな」的な心が通じ合っているカップルのみが意味がわかる、お互いの満たされた深い心のひだを優しく丁寧に一つづつなぞるような、そんな意味だと認識しているのです。

 でも初めて聞いたのは、フランスものにどうも心引かれていた少年期、通い詰めていた、当時新婚だった田舎の電気屋さんの、JBLの4530(D130+LE85+H91)と言うシステムで、通りの向こう魚屋まで聞こえるような大音量大迫力でさんざん聞かされて、今にして思えば小学校高学年から中学生のあの時期、フランス語がわからなくてよかった。
 この曲のなぜか暖かい優しい包まれるような感じが印象的で、その後に妙に印象に残っていた。
 その後に高校に入って、クラスのやたらと優秀で、高3で推薦で医学部に入ったようなヤツに「この歌はエッチ」と聞いて、彼に見せてもらったその歌詞を和訳したものを読んで絶句したのは、今はいい想い出なのでした。
 そして、4年もこの歌の意味もわからずいつも聴いていた自分に恥ずかしくなったワケでした。
 でもその後も、やはりでもこのメロディーが忘れられず、こういうときには大変都合のよい歌詞のないイージーリスニングで楽しむことに変えたわけです。

  Je t'aime
  Je t'aime
  Oh, oui, je t'aime
  Moi non plus
  Oh, mon amour
  Comme la vague irrésolue
  Je t'aime
  Je t'aime
  Oh, oui, je t'aime
  Moi non plus
  Oh, mon amour
  Tu es la vague, moi l’île nue
  Tu vas, tu vas et tu viens
  Entre mes reins
  Tu vas et tu viens
  Entre mes reins
  Et je te rejoins


 和訳は、 いくら何でもやめときます。
 どうしても気になる向きにはこちら
 調子はずれに日々は過ぎゆく ジュテーム・モワ・ノン・プリュの和訳

 あの頃、電気屋さんで魚屋の向こうまで聞こえる音量で聴いたバージョンはこのリンク


この歌の謂われというか、元祖と言いますか、正調と言いますか、本来歌った人、本来の姿のブリジット・バルドーのもっときわどいのはこちら。
 但しR18指定と言うことで。
 BRIGITTE BARDOT & SERGE GAINSBOURG - JE T'AIME (ORIGINAL)

イージー・リスニング版はレーモン・ルフェーヴルで

# by yurikamome122 | 2015-06-15 09:38 | 今日の1曲

ムッシュ・ジョルジュのサン=サーンスの交響曲第3番と、この曲の周辺

c0021859_544713.gif サン=サーンスのオルガン交響曲と言えば、しゃれたセンスの響きに満ちて、大編成の快感を感じることができる曲として人気曲。
 でも結構録音というと厳しいものがあると思う。演奏のショウピースとしては、最晩年のオーマンディーやバレンボイムあたりが個人的には好きだし、フランス風のしゃれた洗練ではムッシュ・ジョルジュのパリ・コンセルバトワールの演奏はやはり捨てがたい。
 響きが交錯して、それが陰影をもち、そのコントラストと色彩の多彩さ。それでいてどこか洒落たセンスが香水のように漂う。当時のコンセルバトワールのオーケストラの味わいと、ムラの激しいムッシュ・ジョルジュが絶好調バトンを裁いているのは、たまたまこの時オケと馬が合っただけなのかどうなのか。
 とにかく素晴らしくセンスを感じる、ドラマ性も、祈りの気高さも、勝利の輝かしさも、これぞサン=サーンスと思わせる演奏を聴かせてくれる。
 
「リンゴの実が実り、自然に落ちるように」作曲したサン=サーンスは、後期ロマン派の時代に差しかかるまで生きたにもかかわらず、大袈裟に何かを語る音楽は作らなかったと私は思っていた。「朝机に坐って、アイディアが脳裡に浮かんできたとき、私は確かに救済を必要としていない。」とクレンペラーに語ったリヒャルト・シュトラウスのように、悩みや救済から一線を画して曲を作ったであろう事を、彼の作品から感じていた。
 サン=サーンス自身の必然性をもって小川が流れるがごとく作曲された彼の音楽は、そこに「悩み」や「苦しみ」を克服する、「救済」による「祝福」も無い、音楽の「形式」で作られた音楽という印象も、時折そう語られることも多い彼の音楽なのだけれども、そこには作曲者の知性が「自然」に、ごく「自然」にそこに存在するような奥行きを感じることがあるのもまた本当のことだと思う。
 この曲はまさにそんな曲だと思うのです。
 
 生まれた年はベートーヴェンの第9の初演から約10年後、極東の辺境の、ラッパと言えばホラ貝だった日本では老中水野忠邦が天保の改革の真っ最中の1835年、フランス革命の混乱さめやらぬ7月革命から5年後のパリに生まれ、マーラーの死の10年後、第1次世界大戦終結の2年後の1921年(サン=サーンスが生まれたとき、江戸時代のチョンマゲでホラ貝を吹いていた我が国が、大日本帝国海軍の東郷平八郎大将が日本海でバルチック艦隊を破り、また戦勝国にもなり世界の列強8カ国入りした大正10年)まで生きた、長く生きすぎた。
 そのおかげで、若い頃は将来を嘱望されつつも、晩年は「時代遅れ」「過去の人」などとうるさい頑固親父のように敬遠されて、しかも頑固に古典的な枠組みを尊重する作風の作曲家と思われたフシもある。(そんなことはない、酷評したドビュッシーの手法を自作に取り入れたりと、晩年でもわりと先進的であった)
 彼の晩年の時代になると、アイヴズはもうあの指揮者を3人も動員し、音楽と言うよりも雑音と見まがうばかりの第2楽章を持つ交響曲第4番は初演されていたし、ダリウス・ミヨーのような違う拍子がいっぺんに進んでゆくような音楽も聴かされる羽目になった。

 近代フランス音楽の「父」として賞賛される彼は神に祝福され誕生した申し子だった。
生後2か月で、国の役人を勤める父を亡くし、母と叔母に育てられた(モーツァルトのファザコン、メンデルスゾーンのシスコンのように、この2人の女性が彼らにも劣らぬ才能のサン=サーンスをマザコンにし、またマザコンの彼の人生で大きな存在となる。)彼は、ピアニストの叔母の手ほどきでわずか2歳でピアノを弾き、3歳ですでに読み書きができ、曲作りを始め、驚いたことに代数の問題を解いた。そしてラテン語・ギリシア語を読みこなしていた7歳の頃にはそのピアノは演奏会を開くほどの腕前となる。
 当然彼を世間は「モーツァルトに匹敵する神童」と呼んだ。広い世界で人類の長い歴史の中、たまにはこういう人もいる。
 サン=サーンスの神に祝福された才能は音楽に限らず、詩人としても大活躍し、小説を書き、天文学、自然科学、考古学、哲学、民俗学など幅広い分野の著書をいくつも発表して才能のすし詰め状態。

 そして長寿故に長く創作も続けて、息を引き取る直前まで練習に余念がなかった演奏への情熱も燃やしていた。長寿で生涯現役、これに匹敵するのはおそらくハイドンくらいだろうと思う。ハイドンはその創作をたどることで、ハイドンの生涯が音楽の発展とヨーロッパの歴史を反映していた。
 でもハイドンのように宮仕えではなく、「評価の対象になる」「売れる」音楽を書かねばならなかったサン=サーンスは自ずとその反映のされ方が違ってくる。フランス2月革命の後2年後の1850年に15歳で「交響曲イ長調」を書いた彼は、その作品の作風は初期は、ベートーヴェンやシューベルトの影響を随分感じる、独墺の古典派の音楽をフランス的輝きを加えた音楽のようにきこえる。
 メチャクチャピアノは巧かったらしく、ベルリオーズやリストなどから絶賛されて、16歳でオルガニストとしてコンクールに優勝する頃にはもうバリバリ演奏旅行をこなしていた。ピアノストとしても評価を受け、作曲家としても様々な作品を飛ばしていた彼は1852年にローマ賞を狙うも失敗。
 作曲の技法もより熟達し、より彼自身が刻印されたピアノ協奏曲やヴァイオリン協奏曲をガンガン連打していた頃の1864年にローマ賞に再度挑戦するがこれも失敗。今日評価され残る作品で、彼が2度もローマ賞を逃した、これだけでも彼が言われるほど保守的な作風でもなく、逆に当時のパリの楽壇には新しすぎた証拠ではないだろうか。 
 少年期はピアノの「神童」と称されたものの、頭のよすぎた彼は、アカデミズムどっぷりで、青年期から中年期はそう売れる作曲家でもなく、フランス作曲家の中でも「反動的な」存在として賛否両論的な評判に晒され、しかも、「動物の謝肉祭」などで同業を皮肉ってみたり、アルフレッド・コルトーに向かって「へぇ、君程度でピアニストになれるの?」などと人を見下す、頭のよい人にありがちな性格や言動も災いした。(それはどうだろうか、そういう側面はあったかもしれないけど、国葬が行われたあたり、煙たがれルどころか、大変愛されていたようだ)

 時は流れて1871年、我が国ではとっくに横浜が開港して、廃藩置県が行われていた年、フランスが普仏戦争敗北後、セザール・フランク、ガブリエル・フォーレなどとともに「国民音楽協会」を発足させて、その創立者メンバーとして存在感を示し活躍した。
 1875年に40歳のマザコンの彼は、突如21歳の年の差婚で弟子の妹で19歳のマリ=ロール・トリュフォと結婚した。(この頃の曲に「ロマンス」なんていう、いかにもの曲も作っている)いくらマザコンでももう母親の重すぎる愛に耐えられなかった。
 しかし、その結婚生活も1878年、彼が43歳の年に、相次いで2ヶ月の間に溺愛した2人の息子を事故と病気で亡くすという不幸が襲い、その悲しみを押し隠し、普段と変わらぬ生活を続け、それがまた世間の批判を買う。悪い評判が彼につけば作品は売れない。
 すると彼は若い奥さんを突然放り投げて母親の元に戻ってしまう。彼もまた弱虫だった。その後正式な離婚手続きはとられることはなかったと言うがどうなのだろう。
 サン=サーンスが「レクイエム」を作曲したのもこの頃で、経緯は全くビジネスなのだけど、その頃に「レクイエム」というのはタイムリーすぎる。
 その翌年カンタータ「竪琴とハープ」を作曲、両曲とも例のあの有名な「怒りの日」の旋律が印象的に使われている。なにがしかの感情が込められていたかもしれない。
 そしてそれからしばらくして、母親とともにいた1886年、この曲が書かれたのは、ロンドンのフィルハーモニー協会で演奏するためで、「渾身の1曲」(本人談)である交響曲第3番が書かれた。
 サン=サーンス自身はどちらかというと無宗教のようだったと言うけど、この曲の中に宗教的な響きを感じてしまうのは私が日本人だからか。例の「怒りの日」のテーマも循環形式で手を変え品を変え幾度も幾度も出てくる。
 この曲のように交響曲でハ短調で始まる曲は、有名どころでもベートーヴェンの「運命」やブラームスの1番とか、ブルックナーの8番、マーラーの2番なんて結構あるんだけど、やはりこれらのように運命に打ち勝つシナリオがこの曲に込められているのではないか。

例えばこんな筋書き、

 第1楽章の第1部、初めから凄い緊張感を感じる響き、幾度も現れる「怒りの日」が惨い運命を思わせて、大胆な転調でそれと戦う。この厳しさに打ち勝とうとする強烈な意志を感じる。
 第1楽章の第2部に入り、オルガンの鳴り響く中、豊かな弦のユニゾンは教会を連想する。トロンボーン、クラリネット、ホルンの響きは戦う戦士の祈り。
 やがて聞こえる低弦のピチカートによる「怒りの日」が聞こえ、2楽章からの戦いの予感をさせながら清澄な祈りが続く。

 第2楽章の第1部は運命の「怒りの日」の断片が怒濤のように攻め込み降り注ぐ。途中で響くコラールは雲間から降り注ぐ光とともに天使が舞い降り祝福をする。
 そして、第2部に入り神の意志を感じるようなオルガンの響き、荘厳な神殿の階段を一歩づつ踏みしめて上るような上昇音階の先にきこえる「怒りの日」が長調に転調して天使が舞うようなピアノ連弾のあそこ。
 そして壮大なオルガンを伴った華麗な響きのあと「怒りの日」を変形した旋律のフーガは喜びに満ちて、展開されて盛り上がり、カッコイイテーマが朗々と鳴り響き華やかな頂点が築かれたあと、再び「怒りの日」が登場するも崩れ落ち、そして輝かしく壮大に、華々しく勝利の上昇音型を轟かせ、運命に果敢に立ち向かいそして克服し、最後、華々しく重厚なハ長調の和音がオルガンとともに響くのでした。

# by yurikamome122 | 2015-06-15 05:44 | 今日の1曲

ハーゲン作曲、「Shining Brow」。フランク・ロイド・ライトの誕生日に、

c0021859_1030178.gif「あなたが本当にそうだと信じることは、
 常に起こります。
 そして、信念がそれを起こさせるのです。」

 フランク・ロイド・ライト


 そんなことを言う人が傍にいるというのは、人生刺激的で楽しくなる。

 昨日、6月8日は、極東の島国の我が国の建築に大きな足跡を残し、未だにその影響が強く残っているフランク・ロイド・ライトの誕生日。

 日本人の建築家に大きな影響を与えたと言えば、近代建築の五原則(ピロティ、屋上庭園、自由な平面、水平連続窓、自由な立面)を提唱しモダニズムの旗手だったル・コルビジェあたり、ちなみに、コルビジェがこの五原則を具現化した「サヴォア邸」からもう80年以上経っているにもかかわらず、未だに建築はその枠の中から発展をしていないのです。
 ところで、神奈川県立音楽堂や東京文化会館でおなじみの前川国男はコルビジェの弟子になるのだけど、そんな洗練された都会的なコルビジェに対し、もう一人日本の建築界に大きな足跡を残したのは、力強く田舎風のプレーリー・スタイルを確立したフランク・ロイド・ライト。
 そのライトに関して、個人的にはそう関心があるわけでもないけども、いやが上にも多少なりとも知識があるのは、学生時代に卒業のため単位を修得しなければならないという全く不幸な理由により、西洋建築史の講義をしてくれた先生が、今日ご健在で、日本建築学会の名誉会員になられた谷川正巳というライト研究の大家だったせいなのです。
 その谷川先生の著作の中で、入学時に出版されて2年目だった「タリアセンへの道」と言うのがあって、学校の生協でいっぱい並んで売っていた。
 この本の内容はライトの伝記ではなくライト建築の見学記なのだけど、これはなかなか楽しめる本だった、と言うことは置いといて、リスト、ワーグナーばりのロマンチストであったろうライトが、独立後、不倫、駆け落ちの末「タリアセン」になんとか落ち着き、スキャンダルで地に落ちたライトが、そこで再起を図った。
 そのタリアセンでライトの不在の時に使用人が、不倫の末結ばれた婦人と子供たち、そして弟子まで惨殺し、そして放火した。
 そして史実では、失意のライトに仕事を依頼したのが我が国で、来日し、帝国ホテルの建設に携わる。今の明治村に残っているファサードのそれで今も息吹を感じることができる。
 その帝国ホテルも、今の新国立競技場同様、経済的理由から様々な経緯をたどるのだけど、ライトの存在感は我が国に大きな足跡を残し、世界の建築界で、ほとんどがマーラーの夫人だったアルマの不倫相手だったワルター・グロピウスの主宰したバウハウスの存在が大きい中、我が国だけは、辺境の地のせいかこのライトとコルビジェの影響の方が大きい。

 そんなライトの独立からタリアセン、そしてそこでの悲劇と再起への誓いまでを描いたのがアメリカの作曲家のダロン・エィリック・ハーゲンの「Shining Brow」という作品。
 ミュージカルのように聴きやすい音楽に満ちているのに、全編英語でいたわれていて、対訳もなしというのは英語が堪能ではない自分としては残念な限り。
 とはいえ、何事も経験、聴き通すことにしよう。

ジョアン・ファレッタ指揮、バッファロー・フィルほかで。

http://ml.naxos.jp/work/263817

# by yurikamome122 | 2015-06-09 10:34 | 今日の1曲

メンゲルベルク指揮でドヴォルザーク作曲、交響曲第9番「新世界」

c0021859_162265.jpg 今更「新世界」というのもどうかと思いながら、とはいえやはり「新世界」。この「新世界」と言えばもう有名どころの、どこに入っても美味しそうな横浜中華街名店鮨詰め状態の、そしてどの店にも必ずあるチャーハン的な存在の曲であるのだけど、その中でも味わいがひときわ濃いのは、録音されてから65年間輝き続けているのは、メンゲルベルク指揮、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏。
 この曲が作られてから約50年後の録音と言うことになる。
 どうもキワモノ扱いが残念な気がするメンゲルベルクの中でも、メンゲルベルクの演奏様式がキワモノだと仮定すると、思いっきりキワモノなんだけど、例えば、あの有名な2楽章のイングリッシュホルンのソロなんて酔っ払っちゃいそうな、まるで大物演歌歌手がアンコールで十八番を歌っているようなフレーズが伸びたり揺れたりする歌い回しは、もう確かに名人芸で、それでいてイヤミに感じないあたり、いや、キワモノどころか大変美しいわけで、もうため息をついて惚れ惚れ身を委ねるしかないわけで、例によってアメのように伸びるレガートや水飴のようなポルタメントも自由勝手気ままかと思いきや、そこはやはり巨匠の仕事。
 第4楽章では、ポルタメントをガンガン聴かせて気持ちの良さそうに歌いまくる弦楽器の美しさって言ったら。
 1楽章のピアニシモからテンポを上げながらヒタヒタと畳みかけるあたり、ヴィヴラートを完璧にコントロールされたフレーズに思わず心を奪われながら手に汗を握ってしまう。
 それにしても、コンセルトヘボウ管弦楽団の巧いことといったら、さすが。
 聴き慣れない節や響きを時折感じるのは録音が悪いせいかどうかわからないけど、それでもコンセルトヘボウ大ホールの豊かな響きを鳴らしに鳴らして、それまで計算ずくの演奏であることは聴いていれば明らか。ホールの広さを感じる録音なので、1940年という録音年としては決して悪い録音ではないと思う。
 聴いていて音楽が、この曲が愛おしくて仕方がなくなるような、そんな演奏でありました。

# by yurikamome122 | 2015-06-05 16:24 | 今日の1曲

パワーアンプの製作

c0021859_17511316.jpg パワーアンプの製作を先ずは始めることにする。
 先の考察で、いにしえの回路であるクロスシャントを基にしたと思われる金田式アンプの回路がどうも私には対称とは思えず、しかも思ったよりも歪み率が低くない。アンプで歪み率を0.数パーセント下げることにこだわるつもりは全くないのだけど(そんなこと言えば、スピーカーの歪みやフォノ・カートリッジの桁違いの歪みなどどうするのかと)ただ、対称を謳っているのであれば通常の回路よりも歪みが低くなってよいはずなのになっていないことに若干の疑問の余地を個人的には残すわけだ。
 私は個人的見解として、斬新で独創的のように見えて、実はいにしえの回路をアンバランスでの転送に対応させるため、結果的に不完全になってしまったように感じなくもない。
c0021859_1754836.jpg 対して、構造上、全く完全なコンプリメンタリーの素子を造るのは不可能と言うことは承知の上で、動作点での特性を厳選したコンプリメンタリー素子を採用し、上下対称で全く無理のない中で、幾つかのノウハウがさり気なく盛り込まれている安井式に私としては惹かれる。(音でも、私が聴く限り安井式の方が立ち上がりが鋭く新鮮で、遙かに豪快で率直で透明なリアリティーを持って鳴っていた。金田式は豪快に鳴っていて、それはそれで説得力があったのだけど、ただ何か作為的なものがあるように感じた)
 そして、安井先生の回路がもうかれこれ数十年前から開回路特性の向上による音質に着目されていて、現在、それだけではなく、可聴帯域内の位相特性の向上に着目しておいでで、アンプの裸特性で20kHzでも位相のずれが十数度から数十度以内で収まっている。これの聴感上に及ぼす影響も体験してみたかったし、また電源まで含めてNON-NFBであることも興味があった。歪み率が若干なりとも金田式より劣って見えるのは、このNON-NFBであるが故というのはもちろん想像に難くないし、それでいてこの歪み率であれば、アンプそのものの素性は大変によく、NFBをかけて見れば見かけの諸特性はとても良くなることは明らかだと推察される。

c0021859_17572580.jpg あとは出力がどれだけあれば良いかなのだけど、1m離れたピアノの演奏の音量が大体70~100㏈と言われているので、リスニングポジションとスピーカーの距離が約2mくらいが普通ですか?。
 とすると家のスピーカーの能率が約1Wで90㏈/mということは、0.3W~4W位と言うことになって、例えばクラシックのオーケストラの場合、最大で120㏈位ですか、ということは60W位必要で、実際のダイナミックレンジはもっと大きいでしょうからピークで100Wほしいと言うのもあながち闇雲な話ではないのだけど、市販のソースを聴く限りそんなものは存在しない。
 第一、都会のど真ん中の共同住宅の自分の部屋でそんな大音量はあり得ないので、20Wもあれば全く充分という計算になる。

 と言うわけで、安井式の制作に取りかかる事に決定。MJ2012年11月号、12月号掲載の40Wパワーアンプに決定。
 パーツや基盤などは安井先生のオリジナルでは、既に手に入りにくいものもあり、安井先生のご協力をいただき完成。

c0021859_549018.jpg 中でも安井先生のアイディアで、パーツの方向性に言及するところがあり、その原因に抵抗のL分と電磁波の関係があり、その点の対策として抵抗などのパーツのシールドを勧めておいでで、正直言って、これにはシビれた。
 安井式アンプは理研電具のリケノームを使っておいでで、(炭素皮膜抵抗を発明したのが理研を作った大河内博士と言うことはあまり有名ではないけど、炭素皮膜抵抗の本家本元が理研であって、その理研電具がこの抵抗を作らなくなったというのが残念なことだと思う。)それを1本1本銅箔で巻き、それにアルミ箔を被せてまき、更に熱収縮チューブで被覆する。銅箔にはアース用の線を半田付けしておく。
 後で後悔するとイヤなので、一応信号が流れるだろうとおぼしきパーツは全てこのようにシールドし、しかも全部アースを落とした。確かにこれをやるとやらないでは大きな違いがあって、苦労は報われたのだけど、あまり楽しい作業ではなかった。



オリジナルと違うところは以下

1.電源トランスをオリジナルではEIコアであったのを、手持ちのトロイダルとカットコアに変更。
2.オリジナルで省略されていた電源フィルターを復活
3.信号系抵抗を全てシールド、アースに落とす
4.コンデンサを出力段を10000µFから手持ち全てを投入して22000µF×2=44000µFに増量
5.電源ケーブルをインレット使用
6.電源スイッチにサーキットブレーカを採用し、電源ヒューズを省略

c0021859_17592295.jpg と言うわけで、とりあえず完成にこぎ着けて、音出し。
 こういう場合、直後の評価は全く当てにならないのだけど、低域は豊かになり伸びがある。
 これから2週間のエージングを経て大きく変化をしたのは当然なのだけど、それまでメインだったナショナルセミコンダクタのLM3886のBTLアンプに比較する。
 これは、音質の定評のあるこの素子を、できるだけ軽めの負帰還で動作させているもので、どうもこの3886は負帰還量によって大きく音が変化するようで、軽ければ軽いほど軽快かつ自然な、フレッシュな感じになる。通常の扱いやすいゲインにするための負帰還量では大人しめ活気のない音になってしまう。
 そんなわけで、このアンプの負帰還量はゲインをパワーアンプとしては大きめ(大きすぎ?)の30㏈以上に設定してある。
 このアンプと比較すると、音像のカチッとした感じは3886の方が感じるのだけど、いや、30分も聴いているとこの安井式アンプの方が音楽以外の(例えばホールトーンとか、会場のアンビエンスとか)がたくさんきこえるので、その中から音像をシャープに結ぶために控えめにきこえただけだった。
 そして力強い拍手のリアリティーは見事、各会場のボリューム感を出しつつ拍手に包まれる感じが会場のライヴ感を感じさせる。この音が不自然だったりホワイトノイズのようだったり、子供の手のようだったりしてはいけない。個人的には再生音の評価ではこの拍手の音にはこだわりたい。
 今回の安井式アンプは音像は確かに感じつつ、奥行きが全然違う。位相のずれを最小限にとどめた結果か。
 更にこちらは正真正銘完全対称の回路である(と言っても、金田式とは全然音が違いますけど)YAMAHAのA-S1000と比べると、YAMAHAの方が更にハイスピードではあるのだけど、自然さでは圧倒的に安井式。NON-NFBの効果も大きいのではないか。
 その音の違いの原因を探る事を、そして更にブラッシュアップをやってみたい。

# by yurikamome122 | 2015-06-03 18:00 | オーディオ

カラヤン指揮の76年のベルリン・フィルとのブルックナーの交響曲第8番

c0021859_1842827.jpg ブルックナーを愛する偉大なディレッタントである宇野功芳さんにケチョンケチョン、ミソクソに貶されて、たぶん我が国では不当に評価が低い演奏なのではないかと思う。
 1976年のカラヤンが壮年期のベルリン・フィルとのベルリンのフィルハーモニー・ザールの録音。
 でも、改めて聴くとカラヤンの表現が、「カラヤン臭い」以外は大変に端正で、かつ真摯な演奏であるように思う。そして、その「カラヤン臭さ」も成功しているように思うのは、この曲の拡がりと深みを、そのスケールを身体中が吸い込まれそうな深遠さの奥から大宇宙のど真ん中に放り出されたような神秘的で孤独な寂寥感と美しさを感じるからなのです。
 というわけで、宇野功芳さんも実はこの演奏を内心感心していて、宇野さんもある雑誌で

 「これはどこまでも神秘的で深淵で深沈たるブルックナーだ。ここでカラヤンは、感情を磨き上げられた透明で高貴な哀しみに昇華させている。
 しかも壮麗な部分でも表現がまさに吹き上げるようなエネルギーに満ちているのだ。
 特にすばらしいのは天にも昇るような甘美で悪魔的とも言えるレガートで、これはまさに息をのむばかり、そこに込められたのは哀切さの極みだ。
 これは帝王カラヤンによってブルックナーの桁外れな魂を極限まで磨き上げたものとして後世に残すべき名演といえよう。」


 なんてことは書いていません。
 悪しからず。

 だけどさ、こんな演奏をこのオーケストラでしていた頃を知っているお客さんがまだいるんだろうから、後継者選びには今の時代、苦労するのは仕方がないのかもしれないよね。
 言っちゃ悪いけど、演奏スタイルは別にして、音からこれだけの何か迫るものを聴かせる人、今生きてる人にこのレベルを要求するのは無理でしょ、正直言って。
 わたしゃ聴いたけどね、数年前まで神奈川フィルで。あの頃の演奏は間違えなくこのレベルだったと確信しておるのです。

# by yurikamome122 | 2015-05-30 18:44 | 今日の1曲