チェリビダッケ指揮でマーラー作曲、交響曲「大地の歌」

c0021859_1971064.jpg 深く仏教にも共感していたというチェリビダッケ指揮、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団(実はこの曲は、ブルーノ・ワルターの指揮により、このオケで初演されたのでした)とメゾ・ソプラノがジェシー・ノーマン、テノールがチェリビダッケ在任時のシュトゥットガルト放送交響楽団のファゴット奏者だったがチェリビダッケの勧めでテノール歌手に転身したというジークフリート・イェルザレムというすごい顔ぶれ。
 今日からちょうど23年前の1992年4月1日のミュンヘンでのライヴ録音。もちろん裏青の海賊盤。
 どうもFM放送などからの盤起こしのようで、多少のホワイトノイズが乗っているが状態はなかなか良い。
 冒頭の絶叫するホルンは透明ながら、もうそこから多くのことが語られ始める絶妙な演奏。
 チェリビダッケはミュンヘン・フィルとの1986年のライヴを聴き怒り心頭になり今ひとつ好きになれない指揮者ではあるのだけど、これは素晴らしい。
 イェルザレムのちっと非力なところもなかなかにこの1曲音に合っている。
 チェリビダッケ指揮のミュンヘン・フィルの重厚な透明感が運命の瓦解と言うか、諸行無常を現すよう。
 テンポは昨日のクレンペラーよりも遅いかも知れないと感じる彼の「大地の歌」は、寂寥感とともに吸い込まれそうな漆黒の神秘に満ちている。
 2楽章のノーマンの歌唱はさすがとしか言いようがない。黒人特有のヴィヴラートが気にはなるけども、全盛期を過ぎた頃とはいえその表現力は絶大。
 でも、この演奏の圧巻はやっぱり第6楽章の「告別」。
 もう既にこの世が宇宙から消えてしまった空虚な空間から響くような冒頭からしてもうこの世のものとは思えない。やはりマーラーは死なねばならなかった。
 途中の間奏曲の美しさがあまりに耽美的で懐古的。そしてそれがもう現実ではないことを実感させるような哀しみは、人間何十年もやっていると、どうしても捨てきれない過去があって、そのツボを直撃する。
 そして最後、「愛しき大地に春が来て」以降の信じられないような哀しみの世界は、ノーマンの独断場で、しかもオケも素晴らしすぎ。
 チェリビダッケはマーラーを「痛ましい」と言ってどちらかというと嫌っていたはず。でもこんな素晴らしい音源が残っていたなんて。

by yurikamome122 | 2015-04-01 08:29 | 今日の1曲 | Comments(0)