ベートーヴェン「第9への道」第4回 ベートーヴェン作曲、歌曲「友情の喜び」 Op. 88

c0021859_4403248.gif EU国歌であるあの「第9」のメロディーは、なにも「第9」の専売特許ではなく、先の「相愛」WoO.118を皮切りにベートーヴェンの作品で度々登場することになる。
 「オリーヴ山のキリスト」やオペラ、クロイツェル・ソナタなんかをガンガン創り、だんだん作曲家として華々しくなってきた1803年頃、あのアン・デア・ウィーン劇場内の2階の一部屋に住み始めたベートーヴェンは、パリのピアノ制作者セバスチャン・エラールからピアノが届けられた。
 そのころの歌曲で「友情の喜び」というのがあって、それがベートーヴェンがボン時代に親しんだというあの第1回で取り上げた例の歌曲「相愛」WoO.118でも扱ったパリのコミック・オペラのメロディを再び扱う。
 どうも「みんなで」とか「博愛」とかそう言ったものにこのメロディーというのはもうベートーヴェンの中では定番になっていたようだ。

 これが更に進むのは明日のネタなので今日は触れない。
 ワルター・オルベルツのピアノ伴奏でペーター・シュライアーの歌しか持っていないのです。

by yurikamome122 | 2015-12-05 17:00 | 今日の1曲

ベートーヴェン「第9への道」第1回 ベートーヴェン作曲、歌曲「相愛」WoO.118

c0021859_5413264.gif ベートーヴェンの「第9」のあの詩に出会ったのがまだ10代の1789年、フランス革命の年。彼の本拠地がまだボンのパン屋の上で、母の死の翌々年。そして第9交響曲の完成が1824年だから既に54歳、彼が57歳で亡くなったのが1827年なので彼の音楽人生のほとんどがこのシラーの詩と関わり合っていた一生だったりするのかも知れない。
 その足跡を辿ってみる
 先ずは1795年発表の歌曲「相愛」WoO.118。
 作詞は1700年代中盤から後半に活躍したドイツの詩人、ゴットフリード・アウグスト・ビュルガー。愛をなくした嘆き、そして「相愛」への憧れを歌ったこの曲は、後半相愛への憧れを歌う場面で「合唱幻想曲」のあの「第9」によく似たメロディーが出てくる。
 この曲の詩も「第9」の萌芽を感じるものだし、ここいらへんがあのメロディーの始まりなのかも知れない。
 ところで、その「第9」に似たちょっとヘンテコなこのメロディーはベートーヴェンがシラーのあの詩に出会ったボン大学の聴講生だった頃によく聴いたフランスオペラコミックの中で結構何度も出てくるメロディから取ったらしい。どうりでチャチでヘンテコだと思ったら。
 で、このメロディが使われていた場面というのが、大勢の人間で何かを共に成し遂げようとか、喜びを分かち合おうというシーンだったらしい。
 ベートーヴェンがハイドンへの弟子入りのためウィーンへ出て3年後、ピアノ協奏曲(第2番)などをひっさげてブルク劇場へ演奏家としてデビューをした年の作品でありました。
 ペーター・シュライアーのテノールとワルター・オルベルツのピアノで。

 歌なしのyoutubeはこちら。メロディーだけでもお聴きあれ。
(なぜか先にWoO116が出てきてしまうのだけど、その次に聞けます)

by yurikamome122 | 2015-12-02 17:45 | 今日の1曲