石丸寛を覚えています?。ブラームスの交響曲第4番の演奏から

c0021859_16554492.jpg 石丸寛なんて言う指揮者、知っている人はどれくらいいるのだろう。ここ数年話題に上ったのを聞いたことがない気がする。
 その人の指揮したブラームスの交響曲第4番は、聴く度になんだかわからないけど、私自身の理性に反して胸の奥からこみ上げる物が、そして目の前がにじんでくる演奏。

 ブラームスの第4交響曲は、この曲を作曲された頃はあまり用いられない教会音楽の音階や終楽章で、シャコンヌというバロックの手法を用い、晩年の達観した枯淡の境地をにじませる音楽であるとか(この時期、メンデルスゾーンのバッハ再発見に端を発するバッハ回帰の嵐が吹き荒れていたときと言うのは注意する必要があるかもしれない。ブラームス自身、クララ・シューマンから送られたバッハ全集の第1巻から熱心に研究し、現在ウィーン楽友協会の資料室に残っている彼が用いたバッハ全集の楽譜には相当量の書き込みがされているのはその様子がうかがえる)、作曲されたその時期に友人知人を立て続けに失った、その寂しさの中で作曲されたので、その境地が現れているとか、大体よく語られるこの曲のプロフィールなのだと思う。
 でも本当にそうなのだろうか?。どうもこのステレオタイプの解説は、わかったようで実は全然わからない。だいいちこの曲のあとに作曲されたヴァイオリン・ソナタなどは年齢相応の達観は感じるにしても結構情熱的だったりするじゃないか。
 そう思ってブラームスの交響曲の足跡をたどってみると、長い年月をかけて作曲された第1交響曲、その翌年に一気に書き上げた第2交響曲、でも、第3交響曲まではそれから6,7年のブランクを空けて数ヶ月で一気に書き上げた第3交響曲に、その直後に着手されて翌々年の52才で発表された第4交響曲は勿論最後の交響曲なのだけども、まだ精力的に活動をしていた初老のブラームスにはその後10年以上の時間が残されていた。
 そして、時系列で言うと第4交響曲のプロフィールとしてよく言われる親しい人を立て続けに失ったのは、実はあの伸びやかな第3交響曲の前になる。(ちなみにこの第3交響曲の作曲はライン河に面した美しい保養地、ヴィスバーデンで行われ、ブラームスはヘルミーネ・シュピースという23才年下のコントラアルトの歌手の魅力に惹かれ、彼女もまんざらでもなく、ブラームスも結婚相手として意識するほどまで発展した。そんな気分があってかあの伸びやかさにヒロイズム)

 ところで、この頃は大変羨ましいことに「絶対音楽」と「標題音楽」というとてもロマン的で魅力的な論争がドイツ、オーストリアの楽壇では盛んで、ブラームスは絶対音楽派の旗手、ワーグナーが表題音楽派の旗印として対立していたというのは割と有名な話で、とはいえ、ブラームスが30歳の時、ウィーンのジングアカデミーの指揮者に呼ばれた頃、そのウィーンでは、ワーグナーが恐らくは「トリスタンとイゾルデ」が様々なトラブルから上演がキャンセルになった代わりに「ニュルンベルクのマイスタージンガー」、「ワルキューレ」、「ラインの黄金」、「ジークフリート」のそれぞれ名シーンを併せて上演するコンサートのために来訪中で、そのパート譜を作る作業に喜々として参加している。結構ワーグナーを好意的に意識していた時期がブラームスにもあったわけだ。そして徐々に批判的になって行きつつもワーグナーの新作は上演の度に見に行っていたようだ。
 この二人の関係に興味津々なのは、ワーグナーがプロテスタントのコラールを使用しドイツの愛国心にあふれた「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を発表した翌年にブラームスはルター訳のドイツ語聖書からテキストを得た「ドイツ・レクイエム」を、ワーグナーが「ニーベルングの指環」を数十年かけて完成、上演すれば、同年にやはり20年以上かけた交響曲第1番をブラームスは発表している。キリスト教的救済をテーマにした「パルシファル」をワーグナーが上演すれば、その翌年にブラームスはヒロイックな交響曲第3番を発表。そしてその年にワーグナーが死去してブラームスは交響曲第4番。
 なんて言うのも先のプロフィールに加えても良さそうなくらいよく符合しているのだけどどうだろう。と言うのは、ワーグナーの死去に際して、ブラームスが追悼のために月桂冠を贈っている。それに対してワーグナーが大指揮者ハンス・フォン・ビューローから寝取った奥さんのコジマが対応に戸惑ったと言う話もある。
 この曲のプロフィールにといえば、 イケベエこと池辺晋一郎がバッハやモーツァルトを、勿論シューマンもだけど激しく意識するブラームスが作った4つの交響曲の調性が、それぞれハ長調‐ニ長調‐ヘ長調‐ホ短調、C-D-F-Eであるのがモーツァルトの最後の第41交響曲「ジュピター」の第4楽章のジュピター音型で、シューマンの4つの交響曲もそれぞれの1度下の音でB-C-Es-Dであると言うのは偶然ではないに違いないということを言っている。とすれば、ブラームス自身この交響曲を最後だと思って作っていたのだろうか。

 そんなわけで、同時代に活躍したワーグナーやマーラーのように大言壮語で天地を語でもなく、ブルックナーのように宗教に軸足を置くでもなく(ブラームス自身、プロテスタントでありつつ「自分は無宗教」などと言っていたようだ)あくまで人間目線での音楽だった。
 詰まるところ、恐らくはこの曲に対してよく言われるようなエピソードは、多少なりとも作品に影響しているかもしれないけども、たぶん作曲の直接の動機としてはあまり的を射ていない気がしないでもない。
 先に紹介したこの頃定期的に出版されていたバッハ全集で、この曲をまさに作曲していたときに、終楽章のパッサカリアで使った動機の元ネタであるバッハのカンタータ1 5 0 番 「 主よ 、 われ汝を求む 」が掲載された号が出版された時期と重なっているのは興味深くもある。
 というわけで、むしろこの曲は、まさにこの曲を作曲したその当時のブラームスの作曲技法の粋を集めたブラームスの知性の結集で、ブラームスが自分のその時持っていた作曲技法を最大限に発揮するため、いや発揮した結果この曲になったという方が当たっている気がしなくもない。

 というわけで、この曲を理解しようと思うなら、ここで必要なのはたぶん楽曲分析なのかもしれない。
 数あるこの曲に関する言及で、多くが語られているので、しかも文章だけでここに記するのは恐らくは意味を持つとも思えないのだけども、個人的にこの曲の核心と信じて疑わない第4楽章のみを若干言及させてもらうと、以下のようになる。

 先ずは全体的な構成として、この曲の第1楽章から「第1楽章・急-第2楽章・緩-第3楽章(スケルツォ)急-第4楽章・急」という楽章構成のこの曲で、実は第4楽章の構成が「急(提示部、テーマの提示から第11変奏までが第1楽章に相当)-緩(木管楽器で穏やかに奏でられる寂寥感味満ちた部分、第4楽章の中ではやはり提示部となり第12変奏から第15変奏までが第2楽章に相当)-急(スケルツォに相当する、静かなところから突然強烈にパッサカリアのテーマが出てくるので再現部かと勘違いしやすいけども第4楽章の中では展開部に当たる第16変奏から第23変奏)-急(第4楽章の中では再現部に当たる第24変奏から第30変奏)-終結部と言うように交響曲の中に第4楽章だけで交響曲の内容を含む「入れ子」になっている。
 この楽章は私なんぞがどうこう言うのは大変僭越なのだけども、どこをとっても素晴らしく緻密。
 でも圧巻は展開部の途中テンポの速い静かな、弱音で弦と木管の刻みで曲が進んだ直後、フォルテの指示がある展開部の終結の第23変奏以降、運命の怒濤の中で冷酷に鳴り響くホルンのパッサカリアのテーマの絶望的な響き、そして第24変奏の再現部に入りティンパニの強打と弦楽器、金管楽器によるパッサカリアのテーマのどうにもならない絶望的な、圧倒的な運命の鉄拳。そして第25変奏以降の運命がガラガラと音を立てて崩れていきそうな弦のトレモロ、そして第27変奏の全盛期を回想するかのような優しい響きには第1楽章のあのため息が盛り込まれている。
 そして更に様々変奏をしながら、今日は終結に向かい短調のまま曲を閉じる。

 そんなふうに、感情移入をできるだけ避けて、この曲を音や響きの綾、流れ、変幻自在な表情の手練手管を味わい、どっぷり浸かってみようとこの曲を感じていながら、でもこの曲から感じる強烈な加齢臭と情熱を漲らせた怒りすら感じるような無念さを感じずにはいられない演奏が自分の中ではこの曲のオンリー・ワンの演奏になっている。それがこの石丸寛指揮、九州交響楽団の演奏。
 専門家ではない私には、結構表情が恣意的な味付けがないでは無い気がするこの演奏が、それが全然気に障らないというか、そんなことよりもこの曲を聴いていてもう1楽章の途中から胸が詰まり泣けてくるのはナンなのだろう。
 先に挙げた肝心要の第4楽章のあの部分などはカラヤンがベルリン・フィルと最後に入れたDGの正規版が凄まじさでもパートの音色でも自分には一番しっくりくるのだけど、それでも、ゴールドブレンド・コンサートで日本中のアマオケばかり振っていた(失礼)いまいちスターとは言い難い日本人の指揮者の指揮者が九州のオケを振ったこの演奏は感銘深いのです。
 既に癌に蝕まれて満身創痍の状態で指揮台に上がった演奏会などという話はいくらでもついてくるのだけど、そんなことよりも、ブラームスがその時の作曲技法を全身全霊でつぎ込んだこの曲に、恐らくはブラームスと同じくらいの覚悟でこの曲に立ち向かった演奏なのかも知れない。
 プロの音楽家や評論家ならもっといろいろ書けるのだろうけど、この演奏を聴いて、多々この曲が素晴らしいとしか言えない自分が悔しい、そう思いつつも、この演奏の録音でこの曲が今部屋に満ちて、それを聴いて胸を詰まらせる事ができることに感謝をしないと。

by yurikamome122 | 2015-09-10 16:56 | 今日の1曲