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ベートーヴェン「第9への道」第11回 ピアノ・ソナタ第31番変イ長調 Op.110

c0021859_6191845.gif 「第9」の2年前、1822年の作品。ここまでくるともう後期の深遠さが段違いになってくる。
 第3楽章の宇宙観はもう吸い込まれてゆくしかないのだけど、この楽章こそ「第9」へのゴールが近い事を予感させるわけです。
 PTNAの解説をすっかり引用すると以下の通り。

 第3楽章 序奏 4分の4拍子/フーガ 変イ長調 8分の6拍子、前楽章の終結和音がドミナントの役割を果たし、変ロ短調で開始されるAdagioの序奏は、レティタティーヴォにつづいて変イ短調の「嘆きの歌Klagender Gesang」となる。
 極めて声楽的な序奏に対し、主部のフーガは古い声楽様式ではなく、きわめて器楽的な様式による自由な3声フーガである。
 中間部(第114小節~)で「嘆きの歌」がト短調で回帰し、これを挟んだ後半はト長調となって主題の反行形によってフーガが築かれる。間もなくト短調へ転じ、そこから徐々に対位法的な様式から離れ、主調の変イ長調へ戻ってフーガ主題の動機展開へと発展して楽曲を閉じる。


 この手の解説には私は明るくないのだけれども、つまり、器楽レチタティーヴォ、フーガ、緩徐楽章とフィナーレの融合、器楽的要素と声楽的要素の融合と言う3つの特徴が聴かれるわけで、これこそ。。。。。以下略。
 これももう本当に確固としたものを感じながら、それでいて澄んだ世界観が真冬の星空のようなオピッツのピアノで。

by yurikamome122 | 2015-12-12 12:33 | 今日の1曲

ベートーヴェン「第9への道」第10回 歌曲「婚礼の歌」WoO.105

c0021859_6103985.gif ベートーヴェンはいよいよロンドン行きに向けて動き始める。弟子で秘書だったフェルディナント・リースに宛て、次に冬のロンドン行きとその際に新しい交響曲を持参する旨の連絡をしている。
 そして最後のピアノ協奏曲と「ミサソレムニス」にも筆を進めていた。
そんな時に作曲されたのがこの「婚礼の歌」。テノールで導入されて後に合唱が輝かしく華々しく。
 「第9」4楽章の原型がここに現れたというわけ。
 youtubeを探したけどなかった。多くの場合結婚式にはベートーヴェンだと「第9」をやるようだ。
 ウォルフガング・マトコヴィッツ指揮でヘルマン・プライのバリトンとベルリン・ハインリヒ・シュッツ合唱団。

by yurikamome122 | 2015-12-11 23:59 | 今日の1曲

ベートーヴェン「第9への道」第9回 オピッツでベートーヴェン、ピアノ・ソナタ第 29 番 変ロ長調 Op.106

c0021859_6191845.gif 「第9」は第4楽章で前3楽章の回想が置かれていて、それらを否定して新たな「平等、博愛」という価値観を分かち合おうと言っているわけで、その手法が見られる作品がこれ。
 ベートーヴェンは昨日のピアノソナタ第28番を発表した翌年の1817年頃からあまり体調が思わしくなくなってきた。保養地に行って様々な治療を試みるけどあまり効果はなかった。
 そんな時にロンドンのフィルハーモニー協会からの招待には気をよくして、夢だったロンドン進出がかなうことに期待をしたけど、その条件としてもちろん多額の報酬はあってのことだけど、2曲の大交響曲を作らなければならなかったが、なかなか手を付けなかった。それだけ体調が悪かったのかも知れない。結果、ロンドン行きは今回は見合わせることになった。
 そんな時にロンドンのブロードウッド社から新型のピアノを贈られ、創作意欲をかき立てた。作りかけだったこの第29ピアノソナタ「ハンマークラヴィーア」を完成させる。
 この曲は前半3楽章はそれまで彼が使っていたドイツのシュトライヒャー社製のピアノで作曲を進めたが、残りの4楽章はこのロンドンのブロードウッド社のもので作曲された。この2つのピアノは出る音域が違っていた。と言うわけで当時この曲を全4楽章通して演奏できるピアノがこの当時はなかったし、そしてなによりこの曲を演奏できるピアニストも作曲者ベートーヴェン以外はこの地上にいなかったあたりはWikiに書いてある。
 ところでこのピアノソナタはもう明らかにベートーヴェン後期の世界に入っているわけで、深みも世界も違う。特にながーい第3楽章の美しさは聴いていて困ったものだと思うくらい素晴らしいと思う。澄んだ夜空の星の輝きのようなオピッツのピアノ!!。
 そして第4楽章、このフーガの深遠な世界の前に前楽章の暗示的回想が置かれている。
 この楽章でもオピッツは澄んだ美しい響きを冷たい澄んだ夜空に輝く鋭さで演奏していて、やがてその美しさと拡がりにすっかり飲み込まれてしまうと言う演奏。
 ところで、この頃に諦めてはいないロンドンへの手みやげの(と言うか約束の)2曲の交響曲に着手。一つはニ短調の交響曲、もう一つは声楽入りの交響曲、後に「第9」となる2曲のスケッチが現れる。

by yurikamome122 | 2015-12-10 09:31 | 今日の1曲

ベートーヴェン「第9への道」第8回 オピッツでピアノ・ソナタ第28番イ長調Op.101

c0021859_6191845.gif ベートーヴェンは1813年頃からスランプだったと言われている。そう言われるくらい作品が少なかったわけだ。中期から後期への橋渡しの時期にあたっていて、彼自身の人生にも失恋、弟カールの問題、そしてウィーンのインフレによるベートーヴェンの経済状態の悪化に、更にパトロンであった人たちが彼から手を引いたり亡くなったりしてそれに追い打ちをかけると言う事態になった。彼は金策にかけずり回った。
 また前年にゲーテに会見し、お互いに才能を認め合い、内心その創作に敬意を表しながらもそこは妥協をしない一流の芸術家同士、様々なことが言われているけども、実は結構この二人はその後も交流したりしていたようだ。
 そして、スペインのヴィットリアでイギリスのウエリントン将軍がフランス軍を破ったというニュースが飛び込んで、このあたりから親交のあったメトロノームの発明者のメルツェルからこの出来事をテーマにした作品を依頼される。戦争交響曲「ヴィットリアの戦い」がこれ。これをひっさげてイギリスに進出しようという目論見だった。スランプではあったけど頼まれ仕事はそれなりにこなし続けたわけですな。
 初演はご存じの通り第7交響曲と第8交響曲とともに1813年12月8日に行われてこれは彼としては予想をしない大成功だった。
 翌月に再演をして彼は結構な収入を得て経済的にも一息つき、そうなると廻りも放っておかず、うまくいかなかったオペラ「レオノーレ」を今なら成功するといろいろな劇場から吹き込まれ、実際に大成功だった。
 ナポレオンの台頭とともに幕を開けた充実した彼の中期はナポレオンの敗北という出来事のそのあたりからベートーヴェンの新たな心境へと進んでいくわけでした。
 彼は、この後にしばらくは大作から遠ざかることになる。スランプはまだまだ続いていた。
 1816年、4月にはヤイッテレスの詩による連作歌曲集『はるかな恋人に』作品98を発表する。この曲では第1曲の旋律が終曲である第6曲の後半に回想的に再現され、そして夏に保養の出掛けたバーデンバーデンから帰ったあと、ピアノ・ソナタ第28番イ長調作品101を発表、ベートーヴェンの中期とは明らかに一線を画した深遠な後期への入り口に立ったこの作品、この曲も終楽章主部に入る前に第1楽章冒頭主題が再現的に回想されている。第9への道がここに新たな芽を出したわけですな。
 そしてこのソナタの終楽章展開部に見られるフーガ技法こそ晩年様式の明確なあらわれといわれ、彼はスランプを脱してゆくわけでした。
 このピアノソナタ、弟子のシンドラーに「第1楽章は理性と感情の争い、第2楽章は恋人の会話」と語ったらしいけど、この手の話はあまり信用できない。
貴族の令嬢で大変なピアノの名手、ツェルニーなどと並んでベートーベンの代理演奏をするほどの腕前だったベートーヴェンの愛弟子の一人ドロテアに贈くられた。
 彼女はエルトマン男爵と結婚。しかし夫婦仲が悪く、そのうえ愛児にも死なれ心身ともに疲れ果て実家に戻ってしまったらしい。
 ピアノソナタ28番は後期の精神性の表れと共に、傷ついた彼女を慰めるための曲でもあったのかもしれない。
 演奏はケンプで長らく聴いてきたけど、やはりオピッツで聴いてみたい。

by yurikamome122 | 2015-12-09 15:40 | 今日の1曲

ベートーヴェン「第9への道」第7回 ゲーテによる3つの歌曲Op.83より第3曲「彩られたリボン」

c0021859_4403248.gif この曲も出だしが思いっきり「喜びの歌」。
 これは合唱幻想曲から2年後1810年の作品。「エリーゼのために」WoO.59を、テレーゼ・マルファッティのために作曲し、彼女に贈る。そしてこの年彼はテレーゼからの婚約を解消される。
 が、ゲーテの信奉者でベートーヴェンの音楽に心酔するベッティーナ・ブレンターノが突然ベートーヴェンの家を訪ねる。ゲーテと親交のある銀行家ブレンターノの義理の妹で、銀行家ブレンターノはベートーヴェンの「不滅の恋人」とされるアントニーエ・ブレンターノの夫であった。この時アントニーエは4人の子持ちだった。
 そんな別れと出会いのあった年に作曲されたのがこれ、ゲーテの若い頃の3つの詩に曲を付けた「ゲーテによる3つの歌曲 Op.83」で、1曲目がまるでユーミンのように切ない想い出や哀しみを感じることに感謝するかのような「悲しみの喜び」、2曲目が恋人への想いを抱き感じることの興奮を歌にしたような「あこがれ」、そして3曲目が恋心を1本のリボンに託すその率直な気持ちを歌った「彩られたリボン」。
 その3曲目の出だしががそのものズバリ。参考までにyoutubeを張っておくので各自試されたし。


by yurikamome122 | 2015-12-08 11:45 | 今日の1曲

ベートーヴェン「第9への道」第6回 「合唱幻想曲」を征爾さん指揮のBSOとR・ゼルキンで

c0021859_22103312.jpg 「第9」のあのメロディーは先に紹介したように1794年、24歳の時にベートーヴェンが初めて扱って、この同じメロディーが出てくることで有名な合唱幻想曲でもう4曲目と言うことになる。
 合唱幻想曲は1808年、38歳の時ベートーヴェン自身(結局様々な理由で実らなかったけども)婚約もし、創作に精力的に活躍していた頃。あの「運命」「田園」と同じ年の作品と言うことになるわけで、詩の内容もあのコミックオペラのメロディーが劇的に登場して最後を盛り上げる曲なわけです。
 初演は1808年12月22日、「田園」や「運命」などと一緒に初演された。と言うより半月くらいで急ぎ作曲して取って付けた。だからかどうかわからないけど、この曲はベートーヴェンらしい構成力が散漫だと言うことが言われるらしい。彼はモーツァルトではなかった。
 急ぎ作曲したこの曲、その急ぎすぎは初演の失敗の原因はそこにもあるようだ。
 はさておき、以前にも一度アップをしたけどその時のプログラムをもう一度ここに載せてみる。

公演日:1808年12月22日(木)
開演:18:30
会場:アン・デア・ウィーン劇場

交響曲第5番ヘ長調「田園」
  (初演時は「運命」と「田園」の番号が反対だった)
アリア "ああ、不実なる人よ"(作品65)
ミサ曲ハ長調より、グロリア
ピアノ協奏曲第4番

~~休憩~~

交響曲第6番ハ短調(現在の第5番)
ミサ曲ハ長調より、サンクトゥスとベネディクトゥス
合唱幻想曲

 こんな凄い曲の初演目白押し。
 「田園」でコンサートを開始して天国のような第5楽章のあと歌曲をはさみ、神の栄光を讃える、そして静かな三連符の同じ音で始まる第4ピアノ協奏曲のリリシズムで前半の終わり。
 休憩を挟みその第4ピアノ協奏曲のあの三連符の静かなピアノの出だしが今度は大オーケストラの強奏で、誰かが言った運命が戸を叩く。
 そして意志の力による輝かしい勝利に神への感謝を捧げて、合唱幻想曲。

  快く優しく愛らしき響き
  我らが生のハーモニー
  美の感性を揺り動かして
  花を咲かせる、永遠の花を
  平和と歓喜、親しげにすべり出す

 芸術賛歌でコンサートを締めくくるという、なかなか面白いコンサートではあったのだけど、中味濃すぎ、しかも長い(恐らくは4時間以上はかかってであろうプログラム)、そして寒い、そのうえ取って付けて急遽作曲した「合唱幻想曲」をベートーヴェン自身が演奏を間違えて最後まで修復不可能のままコンサート終了という、結果はもちろん大失敗。

 でも、この流れここでの合唱幻想曲は明らかにこのコンサートの「田園」に対するところの「運命」交響曲の第5楽章的位置づけに思えたりもするけど如何なものだろう。
 前半の「田園」も曲の始まりからゆったりとした「田舎に到着したときの晴れやかな気分」で音楽の流れは決まる。そして「小川のほとりの情景」への流れは「運命」第1楽章で掴み、そして第2楽章でそれをうけて、第3楽章は「田園」も「運命」もスケルツォ。第4楽章は嵐が来て晴れてゆく「田園」に運命の勝利する「運命」。そして「田園」の第5楽章、「喜ばしく感謝に満ちた気分」はこの初演時に演奏された「運命」では神への賛美をはさみ「合唱幻想曲」ではあのコミックオペラのメロディーで高らかに芸術賛歌を歌い上げる。
 ドンピシャでしょう。
 つまりは後半だけで一つの交響曲であったわけですな。

 ところで、交響曲に合唱を入れるというのはこれらの初演の2年前、ゲオルク・フォーグラーという中部ドイツ出身の司祭でオルガニストがBayrische nationale Sinfonie(バイエルン全国民の交響曲と言う訳でいいのかな?)という交響曲に合唱を取り込んで既にお試し済み。ベートーヴェンが「第9」で初めてやったわけではない。
 ちなみに、このフォーグラー神父、携帯オルガンの即興演奏で欧州からアジア、アフリカを旅をしてドイツに戻り、ウェーバーやマイヤーベアなどを育てた。

 演奏は、小澤征爾さんとR・ゼルキンの演奏を聴いてみたけど、オケの巧さはさすが、多少指がもつれ気味のゼルキン翁はそれでも深い芸はつい引き込まれてしまう。
 あたたかく、そして深みのあるこのピアノ、この曲が本当に言い曲だったんだって言う気になってくる。
 そして征爾さん指揮のオーケストラ、征爾さんの響き、あの頃よく親しんだ響き、これが大好きだったのに。

by yurikamome122 | 2015-12-07 23:59 | 今日の1曲

ベートーヴェン「第9への道」第5回 ベートーヴェン作曲、歌劇「レオノーレ」第3幕最終場面

c0021859_533287.gif 歌劇「レオノーレ」というのは「フィデリオ」の第1稿のこと。
 ベートーヴェンが35才、ア・デア・ウィーン劇場に住んでいる時に作ったけどナポレオンがウィーンに攻めてきたためドイツ語のわかる聴衆が誰もいなくなり、フランス人の前での初演だったため言葉もわからず大失敗となってしまった。現在の第3稿になるまで以降10年近くも試行錯誤を繰り返すハメになる。
 これも今となっては「喜びの歌」と日本で言われている、昨日の歌曲「友情の喜び」同様あの例の歌曲「相愛」でも扱ったパリのコミック・オペラのあのメロディを再び扱う。
 歌詞は以下の通り。

 Tyrannenstrenge sei mir fern.
   暴君の厳格さは私の欲するところではない。
 Es sucht der Bruder seine Brüder,
   兄弟が兄弟を求めて、
 Und kann er helfen, hilft er gern.
   救うために喜んで来たのだ。

 Wer ein holdes Weib errungen,
   やさしき妻をもつ者は、
 stimm in unsern Jubel ein!
   われらの歓呼に声を合わせよ。

 合唱で歌われる最後の2行はどこかで聞いたことがある。
 筋はいたって面白くない。
 拘留された政治犯の夫を救い出そうと妻が男の姿(なんで男装という発想になるのかよくわからないけど)になって刑務所に職員として潜り込む。そうこうしているうちに公明正大な偉い人がラッパとともにやってきて、役人の不正が暴かれ夫は釈放されるというもの。
 実は夫も妻もオロオロするだけでなにもやっていない。解決したのはラッパとともにやってきた公明正大な偉い人。
 まるで「水戸黄門」のように悪い小役人が御上に裁かれる。「お天道様はいつも見ている」的しょうもない内容。
 だけどこのオペラ、フランス革命などをまさについさっき通り過ぎた激動のヨーロッパらしく、これほど直截な政治的な事柄を扱ったオペラというのはひょっとして初めてなのではないだろうか。モーツァルトの「フィガロ」でさえ体制批判と言われた時代がそう遠くではないあの時代に、政治犯の夫を助け出すというのは結構大胆な筋だと思う。
 現代日本で時代劇が根強く生き残っているので案外ちょんまげ時代劇風の演出は日本でうけるのかも知れない。
 でも、実はベートーヴェンが讃えているのは「お天道様」ではなくってこの夫婦なのではないのだろうか。
 必ずしもそうではなかったとはいえ、ベートーヴェンにとってはあまり良いとは言えなかった家庭に育った彼は案外「自由」「平等」「博愛」とともに、もっと強く「あたたかな幸福な家庭」に憧れてた気がしないでもない。
 演奏は、1814年版の最終稿「フィデリオ」でもいいのだけど、このフィナーレは実は第1稿から大きく書き換えられているので、さんざん渋って書き換えさせられた第3稿「フィデリオ」ではなくて初演版の「レオノーレ」をブロムシュテット指揮、ドレスデン国立歌劇場の面々で。
 ただ実際はここで演奏されている「レオノーレ」が初演版かどうかは疑わしいかも知れない。いろいろな人の手の入った楽譜で可能性があるのはガーディナーが言っている。
 でも、若きブロムシュテットのスマートで洗練された溌剌とした演奏が、伝統を感じるドレスデンの歌劇場を率いて颯爽とやっているのは聴いていて楽しい。
 そして、ブロムシュテット唯一のオペラの録音。彼は体質的にオペラが合わないらしいのはドレスデンでブロムシュテットの同僚だった若杉弘さんが言っていた。

by yurikamome122 | 2015-12-06 23:59 | 今日の1曲

ベートーヴェン「第9への道」第4回 ベートーヴェン作曲、歌曲「友情の喜び」 Op. 88

c0021859_4403248.gif EU国歌であるあの「第9」のメロディーは、なにも「第9」の専売特許ではなく、先の「相愛」WoO.118を皮切りにベートーヴェンの作品で度々登場することになる。
 「オリーヴ山のキリスト」やオペラ、クロイツェル・ソナタなんかをガンガン創り、だんだん作曲家として華々しくなってきた1803年頃、あのアン・デア・ウィーン劇場内の2階の一部屋に住み始めたベートーヴェンは、パリのピアノ制作者セバスチャン・エラールからピアノが届けられた。
 そのころの歌曲で「友情の喜び」というのがあって、それがベートーヴェンがボン時代に親しんだというあの第1回で取り上げた例の歌曲「相愛」WoO.118でも扱ったパリのコミック・オペラのメロディを再び扱う。
 どうも「みんなで」とか「博愛」とかそう言ったものにこのメロディーというのはもうベートーヴェンの中では定番になっていたようだ。

 これが更に進むのは明日のネタなので今日は触れない。
 ワルター・オルベルツのピアノ伴奏でペーター・シュライアーの歌しか持っていないのです。

by yurikamome122 | 2015-12-05 17:00 | 今日の1曲

ベートーヴェン「第9への道」第3回 ベートーヴェン作曲、ピアノ・ソナタ第 17 番 ニ短調 Op.31/2

c0021859_6383784.gif ベートーヴェンが「第9」を作曲するまでの彼の中で様々なあの曲の萌芽を辿る試み第3回。
 この作品も第2交響曲と同じ1802年の作品。このピアノ・ソナタは第1楽章にペダルを踏んだまま弾くレチタティーヴォの部分がある。これが「第9」の器楽レチタティーヴォの先駆けとなっていると言うことらしい。演奏はオピッツで聴いてみる。
 曲の始まりでペダルを踏んだままで何かを探るような不気味な響きで和音が響く、もうここであの「第9」の4楽章の冒頭を連想してしまう。
 そして再現部の冒頭にペダルを踏んだまま弾くレチタティーヴォがあるというわけ。
 オピッツの澄んだタッチの力強い響きが胸の奥に響く。
 そういえば、ピアノ・ソナタでは第8番「悲愴」で2楽章にはここでも「第9」の第3楽章の芽が聴かれる。

by yurikamome122 | 2015-12-04 23:59 | 今日の1曲

ベートーヴェン「第9への道」第2回 クレンペラー指揮でベートーヴェン作曲、交響曲第2番ニ長調Op.36

 この第2交響曲は1802年、ベートーヴェン32才の作品。その頃彼はウィーンにあってだんだん作曲家として認められつつあって私生活も華やかさを増して来つつあり、上げ潮基調のなか突然耳の発作に見舞われる。そして例のハイリゲンシュタットの遺書を書く。
 この曲の第1楽章には序奏の部分にニ短調の主和音がアルペジオで下降する部分は「第9」の予感がここにも見えると言うことらしいのはWikiに書いてある。
 そして主部に入っても「第9」1楽章の主題が出てくるというわけ。
 で、またやはりWikiによれば交響曲に始めて導入したスケルツォ楽章のトリオが「第9」のスケルツォ楽章のトリオに酷似とのこと。
 クレンペラー指揮のニュー・フィルハーモニア管弦楽団とティーレマン指揮のVPOのyoutubeをはめ込んでおくので各自お聴きになりお試しあれ。
 この映像には在りし日の大指揮者、オットー・クレンペラーが若きベートーベンのこの曲をとてつもない巨大スケールで驚くほど雄大に演奏している。
 クレンペラーの指揮のジェスチャーがなんだかもうナントモなのは晩年のベーム以上かも知れないけれども、ともかく凄い。オーケストラの面々も心なしか幸せそうに見える。



 こちらがティーレマン。

by yurikamome122 | 2015-12-03 21:56 | 今日の1曲