
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 2021年12月演奏会
公演日:2021年12月17日(金)
開場:19:00
開演:20:00
会場:フィルハーモニー
メゾ・ソプラノ:オッカ・フォン・デル・ダメラウ
ベルリン放送女声合唱団
ベルリン大聖堂児童合唱団
指揮:ズービン・メータ
マーラー:交響曲第3番
途中休憩なし
座席 左側Dブロック1列2番
85歳のメータは足を引きずりながら登場。ロス時代、エキゾチックでスポーティーなマチネーアイドルだった彼の面影はなく、自分の席から遠目に見る彼は老人であった。しかしながら決して背の大きい人ではない、と言うかむしろ背の小さい(実際私より小さいはずだ)指揮者なのだけどこの人のオーラは強烈で、むしろ大男に見えるからさすがだと思う。
その足下も危ない老人が、ゆっくりと歩み、指揮用のイスのよじ登り、以前使っていたものよりも多分長いと思われるタクトを振りかざすとホルンが吠える。充実の冒頭はベルリン・フィルの威力を感じた。対向配置でステージ下手奥のコントラバスが8人もいる大編成は指定通り?コンマスは樫本大進。
全体として遅めのテンポ設定は意図によるものか、それとも身体的なものかよく分からなかったけど、リズムはやや重め。大音量を出す場面ではタクトを握りしめ拳で一撃でもなく、かつてのように、たたみ込むときはフェンシングのようにタクトを使い、その先からもの凄い集中力を発信するでもなく、大きな流れで音楽を両手を大きく広げ開放をしていた。それに反応するベルリン・フィルがこの老人に食らいついてゆく。
もともとマーラーの交響曲は「オケ・コン」のような要素が強いと言うか、シューマンやワーグナー、ブルックナーのように音色を積み重ねオケをガンガン鳴らすのではなく、80人以上はいようかという大編成でも、それをフルに鳴らすことはあまりない曲なのだけど、それだけにこの名手の集団は個性が引き立つし、それを包み込む弦の弱音から強奏まで変わらない透明感は凄い。
1楽章の行進曲はリズムが今ひとつ弾まないのだけど、ゆったりしたテンポと鉄壁の合奏力と重量感でスケール感は凄い。
1楽章が終了して合唱団やソリストはここで登場。結果的に取れた十分なインターバルの後に2,3楽章もテンポ遅め、でも充実していた。ベルリン・フィルはイスラエル・フィルのようにメータとの一体感とまでは行かないけど、弦の音色も様々工夫してあって、その変わり様はカメレオンのようだったし、ロマンティックな樫本大進のソロも繊細だった。3楽章のポストホルンはこれがまた巧い、客席の上手側のどこかからか響いてくる。
続けて演奏される4楽章以下は暗く不気味になりすぎず、フォン・デル・ダメラウ、これは凄い歌手なのではないかと。声量や声質ももちろんだけど素晴らしく巧い。「おお、人間よ! 注意して聴け!」も深みがあって良かった。第5楽章、子供も天使も爽快な歌唱。2016年のイスラエル・フィルはテンポが速めの印象だったけど、今日の演奏は遅い。ここまでで1時間15分以上はかかっていたのではないか?。
そして6楽章。1時間以上演奏を続けてクタクタのはずなのに弦も管も安定したピッチで透明感を失わない凄さ。さすがにこれはベルリン・フィル。そしてそのベルリン・フィルの透明な弦をガンガン歌わせてもうゴージャスそのもの。同じベルリン・フィルでもハイティンクのように活き活きとオケに響かせながら様々演出してゆくのとも違い、アバドのように思いっきり歌いながら盛り上げてゆくのとも違い、エキゾチックな神秘の中、温かく歌わせながらベルリン・フィルの感度が感じる演奏だった。
メータの指揮が、かつてのような快刀乱麻を思わせるバトン裁きではないけど、ビシバシ思いが伝わるのはさすがだと思う。2016年の録音では19分足らずで終わる快速(とは言え実は結構身の詰まった)演奏だけど今回は22,3分はかけていた。曲が進み、イスに腰掛けた老巨匠が足を踏みならすほどの強烈な最後の試練の後に、ラストの救済のファンファーレの中、の怒濤のような肯定の透明でありながら分厚い拡がりの響きの強力な弦はこのコンビを聴く喜び。ホールいっぱいに拡がる凱歌の中を木霊するティンパニ、そして澄み渡る最後の和音が終わったときにはホール全体が放心状態で、恐らくは10秒、15秒くらいは沈黙だった。その後に今度はステージからではなく客席からの大音響、怒濤のブラボーに聴衆全員立ち上がっての拍手。
あんなにもの凄いオーラをビシバシ放ち続けたメータは再び足下の危うい疲れた老人に戻り、慎重に、慎重に椅子から降りる。
メータという人は、この美しい強烈なオーラがこの人の所以なのだと思う。以前、スマホを覗きながら通りを歩いていて、なんだか後ろから何か来るなと思って立ち止まり振り返ると、そこにズービン・メータその人が僅か1,2mくらいの所に立っていたと言うことがあった。その時初めて超一流の人のオーラというものを感じたのだけど、今回それを再体験した。
ザックリ記録したけど、実はもっと様々な事が起こっていた。演奏上の工夫により気づかせるのが、例えばバーンスタインのようにややあざとく感じなくもないと言うことがなかった。専門家なら「あそこの処理はこう」「あの部分はこう」という事も言えたと思うけど、自分にはそれを書く知識がないのが残念、それくらいたくさんいろいろと聴けたし、それをもっといろいろとかけたのだろうと思う。
ずっと思い出に残しておくしかないのが残念だと思う。