ハーゲン作曲、「Shining Brow」。フランク・ロイド・ライトの誕生日に、
「あなたが本当にそうだと信じることは、常に起こります。
そして、信念がそれを起こさせるのです。」
フランク・ロイド・ライト
そんなことを言う人が傍にいるというのは、人生刺激的で楽しくなる。
昨日、6月8日は、極東の島国の我が国の建築に大きな足跡を残し、未だにその影響が強く残っているフランク・ロイド・ライトの誕生日。
日本人の建築家に大きな影響を与えたと言えば、近代建築の五原則(ピロティ、屋上庭園、自由な平面、水平連続窓、自由な立面)を提唱しモダニズムの旗手だったル・コルビジェあたり、ちなみに、コルビジェがこの五原則を具現化した「サヴォア邸」からもう80年以上経っているにもかかわらず、未だに建築はその枠の中から発展をしていないのです。
ところで、神奈川県立音楽堂や東京文化会館でおなじみの前川国男はコルビジェの弟子になるのだけど、そんな洗練された都会的なコルビジェに対し、もう一人日本の建築界に大きな足跡を残したのは、力強く田舎風のプレーリー・スタイルを確立したフランク・ロイド・ライト。
そのライトに関して、個人的にはそう関心があるわけでもないけども、いやが上にも多少なりとも知識があるのは、学生時代に卒業のため単位を修得しなければならないという全く不幸な理由により、西洋建築史の講義をしてくれた先生が、今日ご健在で、日本建築学会の名誉会員になられた谷川正巳というライト研究の大家だったせいなのです。
その谷川先生の著作の中で、入学時に出版されて2年目だった「タリアセンへの道」と言うのがあって、学校の生協でいっぱい並んで売っていた。
この本の内容はライトの伝記ではなくライト建築の見学記なのだけど、これはなかなか楽しめる本だった、と言うことは置いといて、リスト、ワーグナーばりのロマンチストであったろうライトが、独立後、不倫、駆け落ちの末「タリアセン」になんとか落ち着き、スキャンダルで地に落ちたライトが、そこで再起を図った。
そのタリアセンでライトの不在の時に使用人が、不倫の末結ばれた婦人と子供たち、そして弟子まで惨殺し、そして放火した。
そして史実では、失意のライトに仕事を依頼したのが我が国で、来日し、帝国ホテルの建設に携わる。今の明治村に残っているファサードのそれで今も息吹を感じることができる。
その帝国ホテルも、今の新国立競技場同様、経済的理由から様々な経緯をたどるのだけど、ライトの存在感は我が国に大きな足跡を残し、世界の建築界で、ほとんどがマーラーの夫人だったアルマの不倫相手だったワルター・グロピウスの主宰したバウハウスの存在が大きい中、我が国だけは、辺境の地のせいかこのライトとコルビジェの影響の方が大きい。
そんなライトの独立からタリアセン、そしてそこでの悲劇と再起への誓いまでを描いたのがアメリカの作曲家のダロン・エィリック・ハーゲンの「Shining Brow」という作品。
ミュージカルのように聴きやすい音楽に満ちているのに、全編英語でいたわれていて、対訳もなしというのは英語が堪能ではない自分としては残念な限り。
とはいえ、何事も経験、聴き通すことにしよう。
ジョアン・ファレッタ指揮、バッファロー・フィルほかで。
http://ml.naxos.jp/work/263817
by yurikamome122 | 2015-06-09 10:34 | 今日の1曲 | Trackback(1) | Comments(0)

