ベートーヴェン「第9への道」第8回 オピッツでピアノ・ソナタ第28番イ長調Op.101
ベートーヴェンは1813年頃からスランプだったと言われている。そう言われるくらい作品が少なかったわけだ。中期から後期への橋渡しの時期にあたっていて、彼自身の人生にも失恋、弟カールの問題、そしてウィーンのインフレによるベートーヴェンの経済状態の悪化に、更にパトロンであった人たちが彼から手を引いたり亡くなったりしてそれに追い打ちをかけると言う事態になった。彼は金策にかけずり回った。また前年にゲーテに会見し、お互いに才能を認め合い、内心その創作に敬意を表しながらもそこは妥協をしない一流の芸術家同士、様々なことが言われているけども、実は結構この二人はその後も交流したりしていたようだ。
そして、スペインのヴィットリアでイギリスのウエリントン将軍がフランス軍を破ったというニュースが飛び込んで、このあたりから親交のあったメトロノームの発明者のメルツェルからこの出来事をテーマにした作品を依頼される。戦争交響曲「ヴィットリアの戦い」がこれ。これをひっさげてイギリスに進出しようという目論見だった。スランプではあったけど頼まれ仕事はそれなりにこなし続けたわけですな。
初演はご存じの通り第7交響曲と第8交響曲とともに1813年12月8日に行われてこれは彼としては予想をしない大成功だった。
翌月に再演をして彼は結構な収入を得て経済的にも一息つき、そうなると廻りも放っておかず、うまくいかなかったオペラ「レオノーレ」を今なら成功するといろいろな劇場から吹き込まれ、実際に大成功だった。
ナポレオンの台頭とともに幕を開けた充実した彼の中期はナポレオンの敗北という出来事のそのあたりからベートーヴェンの新たな心境へと進んでいくわけでした。
彼は、この後にしばらくは大作から遠ざかることになる。スランプはまだまだ続いていた。
1816年、4月にはヤイッテレスの詩による連作歌曲集『はるかな恋人に』作品98を発表する。この曲では第1曲の旋律が終曲である第6曲の後半に回想的に再現され、そして夏に保養の出掛けたバーデンバーデンから帰ったあと、ピアノ・ソナタ第28番イ長調作品101を発表、ベートーヴェンの中期とは明らかに一線を画した深遠な後期への入り口に立ったこの作品、この曲も終楽章主部に入る前に第1楽章冒頭主題が再現的に回想されている。第9への道がここに新たな芽を出したわけですな。
そしてこのソナタの終楽章展開部に見られるフーガ技法こそ晩年様式の明確なあらわれといわれ、彼はスランプを脱してゆくわけでした。
このピアノソナタ、弟子のシンドラーに「第1楽章は理性と感情の争い、第2楽章は恋人の会話」と語ったらしいけど、この手の話はあまり信用できない。
貴族の令嬢で大変なピアノの名手、ツェルニーなどと並んでベートーベンの代理演奏をするほどの腕前だったベートーヴェンの愛弟子の一人ドロテアに贈くられた。
彼女はエルトマン男爵と結婚。しかし夫婦仲が悪く、そのうえ愛児にも死なれ心身ともに疲れ果て実家に戻ってしまったらしい。
ピアノソナタ28番は後期の精神性の表れと共に、傷ついた彼女を慰めるための曲でもあったのかもしれない。
演奏はケンプで長らく聴いてきたけど、やはりオピッツで聴いてみたい。
by yurikamome122 | 2015-12-09 15:40 | 今日の1曲 | Trackback | Comments(0)

