12月10日、とうとう身近に武漢発の新型コロナ感染者が出た。私の住んでいる地区では人口10万人あたりの新規感染者発生数が200人を超え、一番厳しい「RED」レベルに設定され、また残念ながら、学校の一部の職員に感染者が出た。従って一部は学級閉鎖に追い込まれ、それはクリスマス休暇(日本で言う冬休み)の始まる今週末以前に解除されることはなく、またそのクリスマス休暇も延長される公算だ。また、閉鎖された学級の生徒は自宅から外に出てはいけないらしい。依然ロックダウンは続いていて、さらに今月に入り制限を強化しているにもかかわらず感染者は増えているという現状からして、メルケル首相の危機迫る表情は現状をさらに緊張を高めている。
現在はスーパーマーケットなどの小売店の営業は平常通り続けられているが、それも制限する必要性まで議論をされている、というか、議論の余地なく制限すべきという強硬論が増えてきた。
クリスマスというのはこちらの家庭においては何より特別な季節であるらしく、日本の正月のように国民こぞって祝う時期という印象だったが、そうでもなく、いやそれ以上、大人もこぞって子供になり家族や親類と無邪気に時を過ごし、年に一度の大切な思い出作りをする。だからそれこそ街のあちらこちらにクリスマスツリーを販売しているところがあり、飾り付けのためのイルミネーションもスーパーの今週の目玉商品になり得るわけだ。連邦議会の議員が大真面目に「私の母に今年のクリスマスは皆が集まることは出来ないとはいえない」という反対意見を述べても失笑を買うどころか翌日の新聞記事に切なる庶民の声として紹介されている。メルケル首相も焦りを隠さず「もうクリスマスまで2週間しかありません。それまでに沈静化させなければ、自宅で家族が集まってクリスマスをしたとき、おばあちゃんがコロナウイルスにかかって亡くなると凄く悲しい。そうはしたくない。だから皆さん、人に会わないでください」と堅く握った拳を激しく振りながら、「夜のマーケットでグリューワインを飲まないでください」と胸の前で手を合わせて懇願するように疲れで落ちくぼんだ目で絶叫していた。今年のクリスマスが本当に風前の灯火と化している。しかし、メルケル首相はどうしてもそれを回避したいようだ。クリスマスをみんなで祝いたいので今、どうかこらえてくれと言っている。そうしないと悲しいことになると。失礼を承知であえて、この老婆が、拳を握りしめ、力の限り訴えているその姿は圧倒的だった。この握った拳は、絶叫は誰のため?。
こちらでは病院はいよいよ医療崩壊も現実となりつつある。残念なことだと思う。これが人災でないことを願いたい。
残された者の苦しみと、それを経て慰めと解放をドラマティックに歌い上げるブラームスのドイツ・レクイエム、冬空の寒さ・辛さに加え、武漢発のコロナウイルスの災禍に耐えながら、当たり前に楽しみにしていた例年のこの時期がなくなった現実の、幸福から取り残された割り切れない心情と理性の葛藤、慰め、そして静かな救済・解放。この武漢発の新型コロナ禍から早く救済・解放されますように。
この曲を聴くとき、合唱のコントロールとリリカルなメロディーに曲全体のコントラストを鮮やかにするベースの動きは大切だと思う。そのベースには峻厳と聳え立つような、また決して動じないような確固とした響きがほしいと思う。合奏には色彩感よりも隈取りと立体感で緻密で精密な響きの綾のエッジを効かせリリカルな世界観を示してほしい。
今のところのお気に入りは雄大なスケールのヘルムート・コッホ指揮の旧東ドイツ時代のベルリン放送交響楽団、合唱団の演奏。
武骨だけど気高く、そして音色は単色的、楷書的でありながら響きのニュアンスが精細・絶妙で、響きと旋律の一体感が音楽をより印象的にさせる。
そして、とても大切な合唱は何の変哲もなく平凡にきこえるくらい自然に、そして実はしかし精緻に処理されている。なぜ話題にならないのか不思議ではあるけど、でも自分だけでこっそり楽しみたいので話題になってほしくない演奏。
ベルリンのイエス・キリスト教会での豊かに広がる録音も魅力的。
youtubeでアップされていたのでご紹介、1曲目と4曲目と5曲目を

にほんブログ村
# by yurikamome122 | 2020-12-11 03:47 | 今日の1曲 | Trackback | Comments(0)














